第2話 ファースト オーダー2


ゆめちゃんと出会った翌日、ぼくは早速、友達に同じ敷地内にある系列高校の生徒会長について聞いてみる。その友達には同じ付属高の高等部に通うお姉ちゃんがいたので、そう言った情報に詳しいはずだ。

その子は間々宮あかねといって、1年生の時から6年間ずっと同じクラスだった。家も近所で子供の頃からよく遊ぶ幼馴染だ。

あかねは子鹿のようなクリッとした瞳のなかなかかわいい子だ。運動がすごく得意でポニーテールがトレードマーク。逆に勉強は苦手で漢字テストで誰も見たことのないオリジナルの文字を生み出して見事に赤点を叩き出した伝説を持っている。

得意の体育でドッチボールになれば、いつも最後はぼくとあかねの頂上決戦が行われた。勝負は大体ぼくが勝ったけれど、本当はワザとあかねがボールに当たっていることをぼくは知っていた。きっと男のぼくを立ててくれいるんだろう。あかねはそういう子だった。

本当のあかねはクラスの他の男子なんかよりずっと運動ができるのだけれど、目立つ事が苦手だった。だからあかねはいつも周りに気を使って、自分が前に出過ぎないように注意していた。

本当はぼくより駆け足だって早いのに……。

小さな頃、あかねと公園で遊んでいたら、突然、茂みから真っ黒な塊が飛び出してきた事があった。それは大きなヒキガエルだった。ぼくとあかねは飛びあがって逃げ出したけれど、あかねはクラスで一番足が速いぼくをあっさりと抜き去って、ものすごい速さで公園から逃げ出していった。

あかねはホントにカエルが大嫌いだったので、とっさに本気で走ったんだ。

ぼくは遠ざかるあかねの背中を見つめながら、あのスピードなら高学年にだって勝てるんじゃ……、と思った。

けれどあかねが本気で走ったのはその時だけ。体育の時間になれば、また2位か3位くらいを本気を出している風を装って走っていた。

たまに……、あかねってみんなが思ってるよりずっとすごいやつなんだって言いたくなるけれど、本人はそんな事、ちっとも望んでないのも知っているから、結局、ぼくは何も言わない。あかねがリレーの後半で失速して2番になったり、ドッチボールでかわせそうなボールにわざと当たったりするのを、ぼくはただ見ている。あかねが本当は誰より駆け足が早いのは、ぼくとあかねだけの秘密だ。

また、あかねは毎年決まってぼくにバレンタインのチョコをくれるので、ぼくも親愛のしるしにホワイトデーには頭を悩ませてお返しをしていた。

このまま2人がゆっくり大人になっていったら……、もしかしたらぼくらは付き合ったりするのかもしれない(実際、童貞卒業を決意した時、最初に思い浮かんだ相手はあかねだった)。けれど今のぼくには時間が無い。とにかく早く大人にならなきゃいけなかったから、今のあかねではダメだった。

あかねはいいやつだし、かわいい子だけれど、残念ながら胸はほとんどない。それはそうだ。ぼくらはまだ小学生なんだから。

そして今更言うまでもないけれど、最高の童貞卒業には、立派なおっぱいが必要不可欠だった。

おっぱい万歳! 早くこの手におっぱいを!!

それに……、本当は男と女が付き合うって事が、いまいちピンとこなかった。

付き合うってどういう事だろう?

仲良しと何が違うんだろう……。

まぁ……、とにかく、そんな訳で、あかねはぼくの童貞を捧げる相手の条件からは外れていた。

だからこの間のバレンタインのお返しは、本命ではないという意味を込めてマシュマロにした。クッキーを返すとオッケーサインなのだとひなの先生が教えてくれたからだ。

友達の場合はマシュマロ。恋人にはクッキーを返すというこが、このイベントのしきたりらしい。これであかねには好きだけど付き合えないというぼくの気持ちは伝わったはずだ。

それにしても、大人の世界は色々と複雑だった。教科書に載っていないルールが多過ぎる。最近、ぼくの周りにはバレンタインだとか、ダブル不倫からの離婚だとか、難しいイベントがよく起こる。人生にも攻略サイトがあればいいのに。

そんな事を考えながら、ぼくは放課後を待って間々宮あかねに高等部の生徒会長について聞いてみた。するとあかねは興奮した様子で教えてくれた。

「その人なら有名人だよ! 名前は西野ひらめっていうの。17歳でわたしのお姉ちゃんと同じうちの高校の2年生ね。背が高くてハーフみたいなキレイな顔で、さらに運動も勉強もすごくできるんだよ。しかも2年生なのに特例で生徒会長に抜擢されるほど先生や生徒の信頼が厚いんだって。それからね! 生徒会の他に軽音部にも入っていて、『トライ アット ストーン』っていうバンドのボーカルをやってるんだよ! この前、お姉ちゃんにライブの動画を見せてもらったけど、凄くかっこよかったんだから! 」

ぼくは思わず息を呑んだ。運動も勉強もできるという点は互角……。しかしさらに生徒会長でバンドのボーカル!? ライバルは予想よりかなりハイスペックだった。

コレに戦いを挑むって、結構、無理ゲーじゃない?

それにあかねがヤケにハイテンションなのも引っかかる……。

ぼくはなんとかアラを探そうとして聞き返した。

「西野ひらめ? なんかサザエさんに出てきそうな変な名前じゃない? 」

するとあかねは頬っぺたを膨らませていった。

「あれだけイケメンで、なんでもできたら名前なんて関係ないよ。すい君は知らないだろうけど、西野先輩はうちのクラスの女子もみんなファンなんだよ! 」

「ふーん……」

ぼくは段々と不安になってきた。

ゆめちゃんだけでなく、ぼくの親友のはずのあかねまでもが、キラキラした瞳で西野ひらめの事を語っているのが気に食わなかった。

なんだかあかねにフラれた気分だった。

「それで、その生徒会長には付き合ってる人いるの? 」

「それがいないらしいの! すごくモテるのに不思議でしょ? 」

「そっか……、それならきっと裏で遊んでるんだよ」

「すい君、性格悪い! 西野先輩はそんなチャラチャラした人じゃないんだから。きっと理想がすごく高いんだよ。すい君みたいにいつもおっぱいの事を考えている人とは違うんだから! 」

「な、な、何をおっしゃりますか!? お、おっぱいなんて、ぜ、ぜ、全然、全く、さほど興味ないし! 」

「うそばっかり! すい君、授業中に、いっつもひなの先生の胸ばっかり見てるじゃない。わたし、ちゃんと知ってるんだからね」

バ、バレてた……。さすがあかね、恐るべし……。

ぼくが何も言い返せずに口を尖らせて黙っていると、あかねがハッとしたような顔で言った。

「あれ? でもすい君、なんで急に西野先輩に興味持ったの? 」

「いや……、ちょっとさ……、噂を聞いたから。どんな人なのかなって気になって……。こういうのは情報通のあかねならきっと何か知ってるかなって思ってさ」

「へっへー、噂話ならわたしに任せてよ! 」

あかねは得意げに平べったい胸を張った。

あぁ……、やっぱりゆめちゃんの胸じゃないとダメだ……、とぼくは思ったけど、もちろん口には出さなかった。

それからぼくらは話のついでに噂の生徒会長を実際に見てみようかという話になった。

時間はちょうど放課後だったので、ぼくらは校門近くにあるバス停のベンチで生徒会長を待つことにする。

ベンチから見上げた5月の空は薄いグレーに覆われていて、太陽は見えなかった。

僕らが通う学校は最寄りの駅からかなり離れていたので、多くの生徒が学校のスクールバスに乗って通学している。あかねの情報では西野ひらめはこの時間のバスに乗ることが多いそうだ。

そんな事まで知っているとは……、女子の情報網は恐ろしい。小学生と言ってもあかねもしっかり女子なんだ。

ボンヤリした薄曇りの空を眺めて、ぼくとあかねはどうでもいい事を話し、西野ひらめが現れるのを待った。あかねは楽しそうにカリスマ生徒会長の事を教えてくれた。

しばらくすると彼が現れた。

高校の校舎から背の高い男が颯爽と歩いてくる。遠目からでもその人が特別なのが分かった。体型はすごく背が高くてスラッとした細身。髪型は短髪で切れ長の目に高く通った鼻筋。歩いているだけで他の人とは違うオーラのようなものが出ていた。100m前からイケメンだとわかるタイプだ。彼が歩いているとそれだけで辺りがドラマのワンシーンみたいに見えた。

「うわぁ、西野先輩だぁ……」

あかねが噛み締めるみたいに言った。

すると突然!

僕らの座るベンチ裏の草陰から、中等部の制服を着た3人組の女の子達が飛び出してきた。

ええっ……、草陰から人が3人も!? と、ぼくが思った瞬間、あかねも小さな声で呟いた。

「ええっ……、いつからそこに!? 」

その3人組は1人がのっぽでガリガリの子。もう1人は背が低くて顔がまん丸のハードポッチャリ。そのポッチャリの背中に隠れるようにして、ガリとポチャの中間くらいの背丈で地味な感じのお下げ髪の子がいた。絵に描いたようなパッとしない中学女子3人組だった。

3人組の女の子達はベンチに座る僕らには全く目もくれずに、颯爽と近づいてくる生徒会長に声をかけた。

「に、西野先輩! あ、あの……この子、先輩のファンなんです! 良かったら……、この手紙読んでください! 」

3人組の1人、背の高いガリガリが耳までま真っ赤になりながら西野ひらめに言った。

隣に座るあかねは目を輝かせ、ぼくの袖を引っ張って合図した。

こ、これは……、リア充の放課後に発生するという青春学園モノ定番の告白イベントや!

背の高い子とぽっちゃりした女の子に隠れていたお下げ髪の女の子が、おずおずと前に出てきた。お下げ髪の子はうつむいたまま、両手をピンと伸ばして西野ひらめに無言で手紙を差し出した。

「……」

「……」

西野ひらめは一瞬、顎に手を当て考えている。

キラキラした西野ひらめの前にパッとしない女子3人組が並ぶと、いかにも王子様とモブキャラといった感じだ。

少し間を置いて、王子様は爽やかに言った。

「ありがとう。でも俺は今、誰かと付き合うつもりはないんだ」

「えっ!? 先輩、そんな……」

お下げ髪の子が一気に涙ぐむ。

横にいるポチャがお下げ髪の手を握って励ました。

「本当に申し訳ない。代わりといってはなんだけれど、よかったら来週末にトラストのライブがあるから、それを見に来てくれないかい? 今度のライブでは新曲をやるからぜひ君達に聞いてほしいだ」

そういって西野ひらめは制服のポケットからチケットを取り出すと、3人それぞれに渡した。渡す時、生徒会長は女の子達へ均等に視線を送り、白い歯をキラリとみせて笑った。

おおっ……、これが告白の現場か。

ぼくはボカンと口を開けて、初めて見るレアイベントを見守った。隣のあかねまで何故か赤くなってぼくの手をギュッと握っていた。

西野ひらめの笑顔は確かにチャーミングだったけど、若干、……白々しかった。

そして計ったようにタイミングよくバスが来た。

女の子達はチケットを受け取ると「キャーキャー」と歓声をあげながら走り去っていく。

西野ひらめはその様子を満足げに見送り、颯爽とバスに乗った。

通りすがる生徒達が遠巻きにこちらを見てヒソヒソと何か話していた。

全ては僕らの座るベンチの前で行われた。告白イベントはぼくの目の前、約2メートルで発生して今、終了した。ぼくはその間、ポカンと口を開けてテレビドラマでも見ているような気分で一連のくだりを目撃した。彼らは最初から最後までぼく達の事をチラリとも見なかった。恐らく彼らにとってぼくらは道端の石ころみたいな存在なんだろう。

あかねはぼくの手を離すと、真っ赤な顔で呟いた。

「人が告白するとこ、初めて見た……」

「うん、ふられるところもね……」

「西野先輩、かっこよかったね」

「うん、異次元の爽やかさだったね」

ぼくらはよくわからない感情のまま、言葉少なに教室に戻った。

……。

教室に戻ると、そこには担任の赤坂ひなの先生がいた。

「あれ、2人ともまだ下校してなかったの? 」

「先生、大変なの! 今、バス停で……」

あかねは早速、今しがた発生した求愛イベントをひなの先生に話している。

ぼくらの担任のひなの先生は31歳でかなりの美人だ。ぱっと見は25歳くらいに見えて、品がある佇まいと女子アナ風のルックスなので男子と男性教師と生徒の父親……、つまり男に抜群の人気がある。何年か前に離婚していて子供はいない。ちなみにひなの先生はぼくの童貞を捧げる最終候補に残った逸材だった。あと少し年齢が若ければ当選確実だった。

今日のひなの先生は、水色のピタっとしたノースリーブを着ていて、服の上からでも胸の大きなふくらみがはっきりわかった。今日もひなの先生のおっぱいは絶好調だった。

柔らかそうやなぁ……。

ぼくがひなの先生を見てニヤニヤしている間も、2人の女子トークは進んでいる。

「……そんなことがあったんだ! 先生も見たかったなぁ」

「ひなの先生も西野先輩のファンなの? 」

「うん、大ファン! だって音楽やってる時の彼ってホントに素敵なんだもん。間々宮さんは? 」

「えっ!? ……わたしは、まあまあ、……かな」

「あれ、そうなの? 」といってあかねの顔を覗き込んだひなの先生は「うん、うん」と頷いた。

「そうだった、間々宮さんは守本君ひとすじだもんね」

「ちょ、ちょっと先生!? 何言ってるの! わたし達はそういうのじゃないから! 」

あかねは慌てて否定する。あかねの頭の動きにあわせて、高めに結んだポニーテールが気持ちよく揺れた。

「はいはい。先生はなんでもお見通しですよ。もう2人の担任になって3年も経つんだからね。で……、守本君の方はどうなのよ? 」とひなの先生は余計な話をぼくに振った。

「あかねとは仲良しの幼馴染ですよ」

「幼馴染かぁ、最初はそう思っていてもいつのまにか……、なんてね!ああ、羨ましいな、そういうの! 」

「それよりさ、ひなの先生もあの生徒会長の事が好きなんですか? 」

「だって西野君って、かっこいいじゃない。誠実そうなのに、結構、女慣れしてるっていうか、アレはモテるわよ。わたしもあと5歳若ければなぁ、彼に告白しちゃうかも! 」

「5歳若くても教師が生徒に手を出しちゃダメなんだよ」とあかねが突っ込む。

「残念! 」と冗談っぽく言ってひなの先生は笑った。ひなの先生が笑うと大きなおっぱいも揺れた。

さ、最高すぎる……!

ぼくの担任がひなの先生で本当によかった。

ぼくはまた、ぼくの人生を設計した神様だかゲームマスターだかに感謝した。

それにしても、まさかひなの先生まで西野ひらめのファンだとは……。

それってなんだかショックだ。ゆめちゃんだけじゃなく、ぼくの周りにいる女子はことごとく西野ひらめの事が好きなようだ。アイツはホントに要注意だ。ぼくは敵の実力を再確認して、気を引き締めた。どうやらこのゲームのラスボスはヤツらしい……。

……。……。

……。

家に帰ると、珍しく早く帰宅していたお父さんが、大汗をかいて何やら段ボールと格闘していた。

あっ、そう言えば……。

思い出した。ゆめちゃん達と住む物件が決まったんだった。来週には引越し予定のはず。

ぼくも早く準備をしなきゃ……。

ぼくらが住む予定の新しい家は葛西の南側、海寄りにあった。小高い丘の上にぽつんと一軒だけ建っている不思議な雰囲気の家だ。その物件は一階建ての平べったい家で、コンクリート打ちっ放しの外装に、海側全面が窓になっているスタイリッシュな作りだった。丘の上のお洒落な一戸建てなんてすごく値が張りそうだけれど、なんでも前まで住んでいた夫婦が突然失踪してしまって、その経緯がちょっと曰く付きらしいので、格安で借りられたのそうだ。お父さんは詳しく教えてくれなかったけれど、いわゆる事故物件というやつだ。

それを聞いた時、一瞬、幽霊でも出たら嫌だなと思ったけれど、ぼくはすぐに思い直した。

だって……、あのゆめちゃんと一緒に住めるならどんなところだってかまわないじゃないかぁ! いや、むしろ幽霊が出たりしちゃったらゆめちゃん怖がるぞぅぅ、そしたらぼくとゆめちゃんの距離が一気に縮まっちゃって……、ムフ! ムフフ!!

ぼくはまだ遭遇していない心霊イベントにさえ感謝していた。

……。……。……。

……。……。

……。

翌週には新しい家で新しい家族の暮らしがスタートした。

夢の暮らしのはじまりや! ゆめちゃんだけにな! ムヒヒョョョ!

引越し当日、ぼくは自分の荷物はほったらかして、急いで夢ちゃんの部屋へ向かった。

「ゆめちゃん、何か手伝うことある? 」

ゆめちゃんは段ボールに囲まれて荷ほどきしていた。ゆったりしたパーカーにショートパンツ姿のゆめちゃんは、抜群にかわいかった。

生足が綺麗やぁ。部屋着のゆめちゃんもいいなぁ……。

ぼくが緩みきった表情で声を掛けると、ゆめちゃんはにっこり笑って言った。

「あっ、すい君、ありがと。それじゃあ、そのダンボールを開けて、そこの棚に並べて」

ぼくの思惑通りの事をゆめちゃんが言った。

よし! 計算通りだ。これでゆめちゃんの趣味やプライベート情報が自然に手に入る! 戦いは事前準備で決まるんやでぇ!

ぼくはルンルンで作業に取り掛かった。

しかし……、1つめのダンボールを開けたぼくの手が止まる。

「……ゆめちゃん、こ、これは?」

箱の中には懐中電灯のような形の見たことのないものが入っていた。それも数本……。

「ああ、ライトセイバーね。それ限定の高いやつだから慎重にね! 」

「ら、らいとせいばぁ? 」

「ジェダイの使う武器だよ。それはアナキンから受け継いでレイちゃんが使ってたモデル」

「……ほう」

あ、あれかな……、ガンダムが背中に二本刺してるやつ??

ぼくが固まっていると怪訝な表情でゆめちゃんが言った。

「あれ? すい君、もしかしてスターウォーズ観たことないの? 」

「あっ! あのSF映画? 」

ぼくの言葉を聞いてゆめちゃんは突然作業の手を止めた。それから真剣な眼差しで数秒間、ぼくを見つめた。

ゆめちゃんの強い視線に心臓がドキドキして思わずほっぺたが赤くなる。

「すい君……、スターウォーズはSFじゃないよ、スペースオペラ! 」

「……ほう」

ゆめちゃんはどうやらオタクのようだった。

「男の子なのに観てないのかぁ、しょうがないなぁ。今観るなら劇場公開順……、ううん……、それとも時代順にプリクェル……、いや、やっぱりエピソード7からがいいかぁ……。じゃあ片付け終わったら、この部屋で一緒に観る? 」

「えっ……、う、うん! 観る!! 」

ぼくはゆめちゃんが少しくらいオタクでも気にしないことにした。

なぜならこの部屋にはソファーがなく、尚且つモニターと平行にベッドがセッティングされていたからだ。

つ、つまり、ゆめちゃんと一緒に映画を観るということは……、ゆめちゃんと一緒に並んでベッドに座ることに他ならない。

ゆめちゃんとベッドインや! こんなにも早くこの日がくるなんて!! やっばりぼくの人生の難易度はイージーモードなんだ!

ぼくはウキウキして荷物を解いていった。

段ボール箱の中には掃除機に脚をつけたようなロボットや、バッテンの形をした飛行機など、スターウォーズグッズが満載だった。

よく見ればベッドに置いてあるボロ布をまとったクマのぬいぐるみみたいなものも、スターウォーズに出てくる宇宙人だった。ゆめちゃんは荷ほどきしながら、たまにそのぬいぐるみに「ヤッチャ! 」と声を掛けていた。

もちろんぼくは全力でスルーした。

ぼくはバッテンの形をした飛行機をゆめちゃんの指示通り(ベッドの上にこんな物がぶら下がってたら落ち着かないんじゃないかと心配しなから)天井に吊すと、今度は壁に貼るポスターにとりかかった。

「ゆめちゃん、このポスターはどこに貼ぁぁ……」

ポスターの中身を見て、またぼくの手と時間は止まった。

そこには薄暗い湖から長い首をもたげている恐竜のようなものが描かれている。ポスターの下に大きな文字で「Iwant to believe」と書かれていた。

「あっ、それは机の前に貼って」

「ゆ、ゆめちゃん、この怪しげな動物の写真は……?」

「それは有名なネッシーの写真だよ。それも結構レアモノなんだぁ」

ポスターを見つめて固まっているぼくを見て、ゆめちゃんは恥ずかしそうに付け加えた。

「……実はね、わたし、UMAも好きなんだ……」

「UMA? 」

「うん、未確認生物。ネッシーとかビッグフットとかチュパカブラとか伝説上の動物」

「……ほう」

「子供の時にね。お父さんに恐竜展に連れて行って貰ってね。怖かったんだけど、なんだかドキドキして興奮しちゃって。それからネス湖にまだ恐竜の生き残りがいるかもしれないって事を知って、あれこれ調べるようになって……。で、いつのまにかUMAにすっかりハマっちゃったの。わたしはやっぱりネッシーはいると思うな! 」

「……ほう、ほう」

そう言ったゆめちゃんは隣にあったポケモンのぬいぐるみを抱きしめた。そのポケモンはラプラスだった。たしかにラプラスはネッシー型のデザインだけど、コンテンツのカテゴリーが全然違うし……。

けど……、ぬいぐるみを抱きしめるゆめちゃんは壮絶にかわいかったので、ぼくは細かい事は気にしない事にした。かわいいってことは大抵のことをプラスに変えてくれる最強の才能なのだ。たとえ夢ちゃんがかなりディープなオタクだったとしても、ぼくにはそれくらい受け入れられる器のデカさがあるさ!

それに……、ゆめちゃんには恐竜展に連れていってくれたお父さんはもういない。

ぼくと一緒だ。ぼくも前のお母さんに連れて行って貰った映画は忘れられない思い出だった。

親が離婚するってそう言う事だ……。

結局、それからゆめちゃんの部屋をあらかた片付け終わったところに、タイミング悪くお父さんと新しいお母さんがやってきて、4人で外食に出掛ける事になってしまった。

ぼくとゆめちゃんのベッドインまであと少しだったのに……。

けれど、テンションガタ落ちのぼくにビックニュースが舞い込んだ。なんと、お父さんと新しいお母さんが新婚旅行に出かけるのだ。しかも海外へ1ヶ月も!

つまり1ヶ月間、ぼくとゆめちゃんは1つ屋根の下で2人っきり!

ぼくのテンションは再浮上した。爆上がりだ。

そしてぼくは、この1ヶ月の間に必ず童貞を捨てると心に決めた。

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