正しいクリスマス期間について
「もうすっかりクリスマスまっしぐらって雰囲気だな」
スーパーの飾りつけが赤と緑と白がメインの賑やかなデザインに様変わりしていた。それは先週からなのだが、久しぶりに買い物に付き合う牧は今日が初見だ。
牧の情報が遅いから、紗貴と
「無言で残念そうな顔されるのも、それはそれで癪なんだけど」
蔑ろにされた牧が不満を述べると、牧の左手に提げられた買い物籠に紗貴がどさりとじゃが芋を一袋入れた。
「二十日頃になれば正月飾りも足されるわよ」
紗貴はそんな台詞を素っ気無く投げてまた商品の並んだ棚へと踵を返す。
続けて牧の右手に提げられた買い物籠に騅が南瓜を丸ごと一つ入れた。
「当日から準備しても飾り付け間に合わないでしょ」
騅も冷たく牧をあしらってまた直ぐに離れていく。
本当に要らない所が似てきていて、牧は不満そうに眉間に皺を寄せた。
「あ、もしかしてクリスマスにはチキンか七面鳥とか、ケーキとか用意した方がいいの? ツリーも準備してないけど」
精肉売り場に差し掛かった所で、騅は牧を振り返って訊ねた。スーパーに入って直ぐの牧の台詞がおねだりだったのかもと思ったらしい。
しかし、二十四日に牧と紗貴はデートをする予定で夜も学生にしては割と背伸びした店の予約をしている。二日連続で豪華な食事というのも牧は気が進まない。
それをそのまま騅に言うと煩そうなので、牧は頭の中で言葉を選ぶ。
「牧、二十四日に私とデートだから二日連続で贅沢させなくていいんじゃない?」
「え、デートなの!? イヴにデートなのね! プロポーズするの!?」
それなのに紗貴があっさりと暴露した。
勢い付いた騅に詰め寄られる牧は余計な事を言ってという批難を込めて先を睨み付ける。
もっともそんなものは、肩を竦めるだけで受け流されたけれども。
「騅、店の中で騒がない。他の人の迷惑になる」
「むー。……プロポーズするの?」
牧に窘められた騅は小声でひっそりと、全く同じ質問を繰り返した。
いつも通りに順番が階段飛ばしな騅の考えに牧の背中に
紗貴も面白がってこちらを見ているから、どう答えても正解にならないので、牧は黙ってこの場をやり過ごす決意を固めた。
「牧が答えない」
「まぁ、黙秘権くらいは認めてあげよっか」
二人は腹いせのつもりなのか、牧の両手に提げた買い物籠にどんどんと商品を加えていった。
特に騅なんかは二リットルのペットボトルを四本も入れてくる。何の嫌がらせだ。
「こんなにジュース買うならいっそ箱買いにしろよ。カート持って来るから」
「カートに乗せたら牧が楽になっちゃうじゃん」
騅は嫌がらせのつもりを隠そうともしなかった。
今も瓶入りのパスタソースを幾つか持ち比べてどれが一番重たいのか確認している。
「いい筋トレじゃない」
紗貴は横で見てくすくすと笑っていて助けてくれない。
「あれ? そう言えばなんで二日連続? デート、二十四の夜なんだよね?」
イタリア直輸入のトマトソースとジェノベーゼソースを左右の手で持ち比べていた騅が、ふと話を蒸し返した。
けれど牧も紗貴も質問の意図が分からなくて、騅を見返す。
「いや、だってクリスマスは二十五だろ」
「うん。だから二十四日の夜にお祝いするんでしょ?」
「え? 二十四日の夜はイブでしょ?」
「うん。うん?」
騅だけ話が噛み合ってなくて、首を傾げた。
「いやだから、二十四はイヴで二十五がクリスマスだろ」
「……えっ」
話が通じないのに牧が少し苛立って声を荒げた。
そんな牧を信じられないと騅が丸っこい目で見返す。
「え、牧ってばちゃんとクリスマスを把握してない……? 紗貴も? いや、紗貴はともかく……文学部って文化も勉強するとこだよね?」
「そこはかとなくバカにされてるのはなぜだ?」
「まぁ、牧が真面目な文学部かって言われると、あれよね。そもそも文学部ってガチ勢少ないよね」
牧はどっちの味方なんだと紗貴を見るが、紗貴はにっこりと笑って黙殺する。
「牧、クリスマスイヴってどういうものか分かってる?」
「はぁ? あれだろ、クリスマスの前夜祭みたいな感じでしょ」
牧の答えに騅はこれ見よがしに溜息を吐いた。
その態度に牧はむっとする。
「なんだよ、違うって言いたいのか?」
「だって違うもの」
騅はトマトソースとジェノベーゼソースの瓶を両方とも牧が左手に提げた買い物籠に入れた。
そして体勢を戻し顔を上げて、牧の顔を上目遣いに見上げる。
「あのね、キリスト教の一日って、日没から始まるの。だからクリスマスは今のカレンダーでいう二十四日の夜に始まって二十五日の夕方に終わるんだよ」
騅は人差し指を牧の鼻先に突き付けて、正しい知識を披露する。
へぇ、と牧の後ろで聞いていた紗貴が感嘆した。
「だから、クリスマスイヴは前夜じゃなくて、クリスマスのそのもののイブニングだし、二十五日の夜はクリスマス終わってるからお祝いする理由なんてなんにもないんだから」
全くもう、こんなことも知らないの、と騅は腰に手を当てた。
「すっかり騅ちゃんの方が物知りになっちゃってるわね、牧」
紗貴が面白がって背中から追撃してくる。
紗貴だって知らなかった癖にと牧は恨めしそうな視線を肩越しに送った。
「もう。こういうの、牧はちゃんと知っててもおかしくないでしょ。本好きなんだから」
騅にそう言われたら、ぐうの音も出ない。
でも普通の日本人は牧や紗貴と同じ感覚で、クリスマスが二十四日の夜から始まるだなんて思ってない。
だから牧の勘違いだって悪くないだろうと開き直ろうとして。
「みんながそう思ってるから間違っててもいいだなんて
騅に先手を打たれて逃げ場を失くした。しかも
「……ちゃんと覚えておきます」
「うん、よろしい」
渋々と牧が降参の意を伝えると、騅は偉そうに頷いた。
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