お誘い

 その日、学食で牧と一緒に昼食を摂っている友人の中に数彰もいた。

「牧の良い所を知りたいなら、やっぱうちの演奏は聴くべきじゃないかな」

 ラーメンを啜りながら語る数彰にすいはほんほんと熱心に聞き入っていた。

「いや、なんで騅がさも当たり前のように学食にいるのさ」

 メンチカツを齧っていた牧が隣に座る騅に迷惑そうに顔を顰めた。

 騅はその顔をひょいを見上げて、その癖に全く無視して数彰に向き直った。

「それは何処で聴けるの?」

「明日の土曜日に牧も練習に来るから連れてきてもらえばいいよ」

「おい、なんで数彰はさも当たり前のように誘ってんだよ。練習に部外者入れるなよ」

 子守りを押し付けられて不平を漏らす牧の顔に、騅と数彰の視線が一緒に突き刺さった。

 二人共ちっとも怖くは無いが、真っ直ぐな視線を重ねて向けれられて牧はたじろいでしまう。

「牧、さっきから文句ばっかり言う。そういうの、良くないと思うよ」

「……お前、最近たまに紗貴みたいなこと言うよな」

 余計な所を似やがってと牧は仏頂面だ。

「そうだ、そうだ、スイちゃんの言う通りだぞー。可愛い子と一緒にいられてなにが不満なんだうらやましいぞ爆発しろリア充ー」

「うっさい! 外野は黙ってろ!」

「うわ、友達に向かってこの発言。スイちゃんどう思う?」

「牧、文句ばっかり言ってちゃ駄目だってば」

「騅使って人をからかって遊ぶんじゃねーよ」

 囃し立てる友人Aに牧は疲れた頭を抱える。

 素直な騅は言葉面だけを受け取っていいように誘導されるのも厄介だ。

「てか、牧の知り合いなら部外者って言うほどでもないじゃん」

 ラーメンのスープを飲み干して丼をトンと音を立ててトレーに降ろした数彰がしれっと問題ないと言ってきた。

 牧は齧りかけで皿に乗っかっているメンチカツを箸でつつく。

「ライブに呼べばチケットもさばけるのにやけに練習に拘るな」

 牧が言葉で詰めると数彰はぎくりと肩を跳ねさせた。そしてコップの水を飲みながら窓の外へと視線を逃げさせる。

 騅がつられて窓の外を見るけれど静かに秋の日射しが照らす道があるだけだった。

「おい、数彰。どういう魂胆か正直に白状しなよ」

「……いやー、スイちゃんの話をふうちゃんにしたら、ぜったい連れて来てって懇願されてさー」

「おっまえ、ほんとに口が軽いな!?」

 牧はバンドの練習に立ち会うのは滅多にないから、バンド内でそんな噂が立っているなんて全く知らなかった。

 余計な話をしやがってと牧はジト目で数彰を睨む。

「いやー、そんな隠すような話でもないでしょ。牧が大学に女の子連れてたってだけで雑談として面白いし」

「人のいないとこで面白がるなっつの」

 仏頂面になる牧に対して数彰はごめんごめんと口では謝るけれどけらけらと笑っていた。

「だいたい、俺が歌う訳でもなし、全曲歌詞付でもオリジナルでもなし、大して俺の功績でもないだろ」

「いやいやいやいや。スイちゃんだって牧が書いた歌詞が歌われてるの、興味あるでしょ?」

「うんっ」

 牧に反論しても無駄だと知っている数彰は姑息にも騅を味方に付けようと話題を振った。

 勢いのある騅の頷きに牧は頭が痛くなる。

「あー、アトマがどんなイタいポエム書いてるのか、確かに興味あるわ。笑えそう」

「お前には一億払ってもライブチケット一枚たりとも渡さねぇ」

「ひっど!?」

「どっちがだよ!」

 牧と友人Aの言い争いに苦笑して、数彰は騅に顔を寄せた。

「もし牧がどうしても連れて行ってくれないって言うなら、オレが連れて行ってあげるけどどうする?」

 そんな風に言われても騅はどうすればいいのか分からない。だから隣の牧の顔をじっと見上げた。

 不貞腐れてメンチカツを齧る牧が騅の視線に気付いて目を合わせる。

「……行きたいの?」

「うん」

 牧は苦虫を噛み潰したような顔をしながら奥歯でメンチカツを擦り潰して飲み込んだ。

「ああもう、仕方ないな」

 牧は投げやりに了承して白米を掻き込んだ。

 騅は一瞬だけきょとんと目を丸くして、でも牧が連れて行ってくれるのだと分かるとふにゃんと顔を綻ばせた。

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