報告会

 すいはまた紗貴の部屋にお呼ばれしてティータイムを楽しんでいた。

「牧はとっても早起きでね、日が出る前に家を出るんだよ。それで一時間もランニングしてるの」

「牧は割と健康志向だからね」

 今日は騅が薪を一日観察して知った良い所を紗貴にアピールする為にお喋りをしている。

 騅は懸命に語り、紗貴は微笑ましくその姿を見ながら紅茶の香りと味を楽しんでいる。

「牧はね、友達もたくさんいるんだよ。数彰はチェロの演奏を聴かせてくれて、それにお昼ご飯の時も授業終わった後も友達と一緒にいたんだよ。楽しそうにお喋りしてた」

「牧は人気があるのよ。なんだかんだ人当たりがいいし、困ってるとすぐに助けてくれるから」

 紗貴は騅に相槌を打ってからクッキーを一枚摘まんだ。騅が来るからチョコチップを練り込んだクッキーは口の中でさくりと砕けると程好い甘さが口に香る。

「それとね、それとね、牧は八十キロの錘も持ち上げるんだよ。筋トレして体を鍛えてるのは、家族を守りたいからって言ってた。その家族には紗貴も含まれてるし、わたしもね、護ってくれるんだって」

「ふふ、それは良かったね。ちなみに牧は最大で百キロでもバーベル持ち上げられるのよ」

 一頻り話し切って、途端に騅は頬を膨らませた。

 むー、と唸って紗貴を威嚇する。

「なんか紗貴、みんな知ってるって感じで聞いてる!」

 牧の事を教えてあげようと思ってきたのに、紗貴が当たり前のように聞いてちっとも驚かないのが騅はとても不満だった。

「ごめんね。でも牧の事はみんな知ってるから」

 紗貴は秋風のように涼やかにさらりと言ってのけた。

 折角話した事が今更な情報だったと言われて騅の不機嫌はさらに積もる。

 可愛らしく憤慨する騅に、紗貴はくすりと笑いを零した。

「これでも小さい頃からずっと牧を見てるのよ。それにね、恋する人のことは自然と目に入ってくるものなの、女の子ってね」

 紗貴は人差し指で騅の鼻先をくにくにと押した。騅は丸っこい目で猫のように紗貴の人差し指を見詰める。

「牧の事が好きなら、結婚してあげようよ」

 随分と跳躍した騅の申し出に紗貴は笑い声を上げた。

「恋じゃ結婚には足りないよ。愛がないとね。それと学生の身で結婚なんて大変なのよ。せめて卒業してちゃんとしたとこに就職して将来の目途を立ててくれないと。それから人間っていうのは順序を大事にするの。お付き合いが先じゃなくちゃ」

 紗貴は一つずつ丁寧に、今、牧と結婚出来ない理由を騅に教えてあげた。

 それでも騅は不満そうに体を揺する。その目は凄く真剣な鋭さで紗貴に雄弁にねだっている。

「そんな目をしてもダメだよ。前も言ったでしょ? 牧にはちゃんと強くなってもらわなくちゃ」

 紗貴はクッキーを摘まみ上げて騅の口の中へと押し込んだ。

 騅は口の中に無理矢理入って来た甘さについ頬を緩ませてしまう。

 騅が奥歯でクッキーを擦り潰す音を紗貴は目を細めて聴き入る。

「牧は強いもん」

「そうね」

 拗ねたような騅の言い分に紗貴は即座に同意した。

「でもなんでか恋に関してだけはそうじゃないのよ」

 紗貴はそれで不思議でならなくて、そして不満でならなくて、丸っこい目を吊り上げた。

 騅がしゅんと俯いた。

「なんで騅ちゃんが落ち込むの?」

 騅の態度が可笑しくて、紗貴はその頭を撫でながらもにやけてしまっていた。

「だって……」

「だって?」

 紗貴は騅が落ち込むのに理由なんてないだろうと思っていたのに、そうでもないらしい。単純に身近な人が落ち込みそうな事を言われて、同調して悲しくなったのだと当たりを付けていたのだけれど。

 騅が何を言うのか紗貴は待った。

 窓の外で枯れ葉が砂利に擦れる音がやけに大きく響く。

 重苦しい沈黙は騅が息を飲む音で区切られた。

「だって、約束したもん。牧がご飯くれるなら、牧を幸せにしてあげるって」

「なるほど?」

 騅が執拗に牧と紗貴をくっ付けたがる理由を、紗貴は初めて知った。

 姉としてそれに付き合ってあげるのは吝かではない。ただ結論に至る為に必要な事だけは最初から決まっているだけで、そこまでに騅に振り回されるのは少し楽しみにも思えた。

「優しいね、あなたは」

 もしかしたら、自分の決めた正しさで牧を突き放す自分よりも遥かに牧を大切に思っているのかもしれないと、紗貴は羨ましくも思った。

 それでも譲れない辺り、自分は理系を拗らせているな、とも。

「じゃあ、牧と結婚してあげて」

「ふふ、だーめ」

 それでも正しい答えを出していないのに丸を上げる事は出来ないのが紗貴という人間だ。

 そもそもその答えを紗貴に提示しなきゃいけないのは牧であるのだから、騅がお願いするのは前提からして間違っている。

「意固地」

「うん。一年前から知ってる。ごめんね」

 騅の苦情に、紗貴は軽く謝った。

 そうすると騅はしょんぼりと眦を下げるから、紗貴は困り果ててしまう。

 別に無関係な彼女を哀しませたい訳じゃないのに、と紗貴は頬杖を付いて、今度はどうやって誤魔化そうかと頭を悩ませた。

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