牧の友人A
昼休みに
「なんだってあんなとこにいるんだよ、無駄に歩くことになったじゃないか」
ただでさえ広い構内を正門まで取って返す事になった牧はぐちぐちと文句を言っている。
騅はだって友達があそこにいるんだもん、と拗ねた気持ちを抱えながら黙って牧の後ろに付いて行く。学食の場所をそもそも知らないんだから文句を言われて堪ったものじゃないけれど、言い返したら牧がもっと不機嫌になりそうで我慢していた。
「学食って美味しいの?」
思考を反らしたら不機嫌も忘れてくれるかなと、騅は話題を変えた。
「ふつう」
「牧って、美味しいもの食べようって気概がないよね」
騅が料理を始めるまではコンビニ弁当かテイクアウトで、手料理なんてほぼしなかったのを考えても、牧の中で食事が占めるウェイトはかなり小さいのが分かる。
「別に食べれたら何でもいいし。どっかの誰かと違ってグルメじゃないんでな」
「いやー、それほどでもー」
「照れるな、嫌味で言ったんだよ」
身を捩って恥ずかしそうに頭を掻く騅を見て、牧は言い方を間違えたと大いに後悔した。見ているだけでこの上なく鬱陶しい。
そんなこんなで学食に到着して、牧は学生が行列を作る券売機に並んだ。
「騅は先に座って席取っといて」
「え、一緒にいちゃダメなの?」
「邪魔だし、けっこう時間かかるし、席なくなるのも困るから」
「はーい」
牧と離れた騅はまだ誰も座っていないテーブルを確保する。自分が一つ座って、隣の椅子には牧から渡された荷物を置く。
騅は居場所を報せようと牧に向かって大きく手を振った。
牧は顔を押さえて騅に手を降ろすように合図を返す。
ちゃんと牧に伝えられた騅は満足そうに鼻息を鳴らした。
「お、アトマが預かってると噂のカワイ子ちゃんじゃん。ちわーす」
「ふあ?」
騅は知らない男子に話し掛けられて丸っこい目を見開いた。食券を買って今度は渡し口に向かう長蛇の列に並んでいる牧へちらちらと視線を送るけど、前に並ぶ友人と話している牧は全く気付いてくれない。
「あ、オレはアトマの友人Aだからそんなに警戒しないで。ここ座っていい?」
トレーを持った彼は騅の目の前の席を指差して同席をお願いしてきた。
「あとま?」
でも騅は聞いた事のない名前の方が気になった。人違いしているのかも、それなら何処か行ってくれるかも、と騅は期待してしまう。
「ああ、安登牧のニックネームでアトマ。オーケー?」
「にっくねーむ」
しかし騅の思惑は直ぐに引っ繰り返されてしまった。この人は間違いなく牧の友人らしい。
ちらりともう一度牧に視線を投げるけれど、牧は前に並ぶ人数を覗き見るのに忙しそうでこちらにちっとも意識を向けてない。
頼りにならない、と騅は頬を膨らませる。
「牧が何て言うか分かんない」
騅には自分じゃ決められないと訴えるのが限界だった。
その言葉を聞くと友人Aなる男子は嬉々としてトレーをテーブルに置いて椅子を引いた。
「アトマだったら嫌そうに許してくれるからダイジョーブ、ダイジョーブ。よっし、席確保っと」
彼は気さくに笑って騅の目の前に遠慮なく座った。
騅は目を合わせるのも気まずくて、彼が持って来た香ばしい匂いを立てる唐揚げ定食に目を向ける。
「え、欲しい?」
「ううん、いらない」
唐揚げばかり見ていたら物欲しそうに思われたらしい。でも紗貴の料理と違って食欲がそそられない。
騅は唐揚げから視線を引き剥がすと、何となく居心地が悪くてそわそわと身を揺する。
前に座る相手が食事を始めずにぼんやりと騅の方を見て来るのも落ち着かない。
「食べないの?」
「どうせならアトマ達待って一緒に食おうかなって」
何でもない事みたいに、暖かいものに食い付くんじゃなくて、暇しながらも友達を待つと言った彼は良い人かもしれない。
まだ出会った人間の数が少ない騅は、また新しいタイプの人間を目の前にしてほんわりと驚きが胸に灯った。
「なに勝手に座ってんだよ、お前」
「連れねーこと言うない。一緒にメシ食おうぜ、アトマー」
騅が牧の友人に呆気に取られていたところに、牧がやって来た。
口では文句を言いながらも牧は彼を追い払おうとはせずに柔らかい空気を纏いながら騅の隣に座った。牧の前には一緒に並んでいた友人が自然に座る。
二人が持って来たのはタレの絡まった豚肉がたっぷりと乗って半熟卵が真ん中に落とされた丼だった。
「どうした、騅? こいつになんか変な絡み方したか?」
「おいおい、信用ないぞ、アトマ」
「逆に信用してるんじゃない。悪い方にさ」
牧の発言をきっかけに、友人達は軽口の応酬を始める。
牧は一旦、友人Aの相手を一緒に並んでいた方の友人に委ねて騅の顔を覗き込む。
「なんかイヤなことあったなら言えよ。あいつも悪気はないだろうけど、あの通り調子いいやつだから、やらかすのはいつもだし」
「あ、ううん、平気。その、牧がいなくて不安だっただけ」
騅を心配して曇る牧の顔が直ぐ目の前に寄って来て、騅は仄かに頬を赤らめながら身を引いた。騅の体重を掛けられて椅子が音を立てて後退る。
「マキがいなくてふあんだっただけ♪」
「あのさ、そういうところだぞ。見ろ、牧の視線が鬼のようだ」
友人Aが甘ったるい声を作った上に手を組んで騅の台詞を真似するから、隣からも白い目を向けられていた。
そして牧の方からは触れたら肌が切れそうな殺気が立ち上っている。
「いや、だって、あんまりにもそれっぽい台詞だからつい」
牧に両の掌を見せて降参の姿勢を取ったから、牧からの実力行使はギリギリ避けられた。
それでやっと各々自分の食事に手を付け始める。
「てかさ、なんで彼女の分は買ってこないわけ? いじめ?」
三つ目の唐揚げを頬張った友人Aがついにツッコミを入れた。
騅は食事も用意せずに丼を掻き込む牧をずっと見ているだけだった。友人三人は雑談を交えて食事をしていたが、関係性が出来てない騅は会話にも加わってなくて、正直言ってこの場に浮いていた。
牧も今更やばいと気付いた。家で騅だけが食べないでいるのが当たり前になっていたから、何も食べないで食卓に座っている不自然さを失念していた。
なんて言い訳しようかと背筋を冷やした牧は丼に口を付けながら騅に流し目を送る。
「大丈夫、わたし、食べ物はいらないから」
しかし騅はさらっと事実を返してしまった。
友人二人から虐待を疑われた視線が牧に突き刺さる。
「こいつ、小食で昼はいつも食わないんだ」
嘘は言っていない。食べ物じゃなくて言葉を食べるんだという真実を話してないだけで。
しかし焦ったために若干声の掠れた牧の言葉は言い訳にも聞こえたようで、友人二人は気遣うような視線を騅に向ける。
その視線の意味が分からなかったらしく、騅はどうすればいいのかと縋るように牧に視線を向けた。騅の視線と一緒に友人達の視線まで牧に集中砲火してくる。
「これ、俺が何言っても疑い晴れないやつじゃね」
「それな」
「友人を疑いたくはないけど、虚偽の発言である可能性を捨てきれない」
牧は二人の態度に友達甲斐が無いとは思わない。逆の立場なら牧だって強く問い質している場面だ。
むしろ友人が悪の道に足を踏み入れないように正すというのは良い友情だと思うくらいだ。自分が不実の非難されているのではなければ、心が温まるとさえ牧は思う。
「え、わたし、なにか食べた方がいいの?」
牧が追い詰められてるのを見て、騅は嫌そうに、でもそれで牧が許されるなら頑張る、とその健気さが周囲にもしっかり伝わる声音で
小柄な騅の不安そうで弱々しい態度に友人二人は音が鳴りそうな勢いで掌を返した。
「いや! ムリしなくていいって、疑ってごめん!」
「ごめんね! そうだね、食べたくないなら食べなくていいんだよ!」
二人は騅に向かって前のめりになるから、騅は驚いて身を竦ませた。
可愛い女の子の言葉なら直ぐ信じる二人に、牧はさっきとは逆に友達甲斐の無さを大いに感じた。
「お前らなぁ……」
次も授業があるし、付き合ってられないと牧はもう放置を決め込んで残りの食事を胃に納めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます