吸言鬼ちゃん、契約する

「なるほど。それで紗貴ちゃんに全部話した訳だ」

 駒が仕事帰りに買って来た弁当をテーブルに並べている間に、牧から昼間のことを報告されていた。

「牧くんは紗貴ちゃんに隠し事出来ないもんねー」

「ちげーよ。こいつが端から端まで全部バラしたんだよ」

 牧に非難されたすいは何も悪びれた様子もなく素直に、うん、と頷いた。

 牧はいろいろと当たり障りない話をでっち上げようとしたのだけど、騅がお腹空いたからの、昨日と同じ会話が発生した訳だ。

 紗貴が荒唐無稽な騅の話をすんなりと信じたのが救いと言えば救いだ。むしろ理系の彼女は騅の生態に大いに興味を抱いたらしく、あれこれと質問攻めにしていた。

 二人の講義の時間が迫ったために切り上げられたが、紗貴は騅に食事を見せてほしいと約束を取り付けていた。

「大変だったのね」

「ほんとにね。講義、結局遅刻したし」

 真面目な弟を微笑ましく思いながら、駒は騅の目の前にも弁当を置いた。

 騅はそれを不思議そうに見詰めている。

「一応騅ちゃんの分も買ってきたんだけど、こういうの食べれない?」

「食べれなくはないけど、食べてもあんまり意味がない?」

 猫みたいに鼻を弁当に寄せていた騅は、駒を見上げて首を傾げて見せた。

「あぁ、そうなんだ。でも食べれるなら食べちゃってよ、もったいないから」

「ん」

 牧が三人分の麦茶をテーブルに並べれば、安登家の夕食は準備が完了した。

 駒と牧が手を合わせるのを見て、騅もそれを真似る。

 それから二人が弁当の蓋を開けて、小気味いい音を立てて割り箸を開くのを、騅はじーっと眺めていた。

「お前、もう他の奴に自分のことぺらぺら喋るなよ」

 牧は割ったばかりの箸で騅の顔を指して釘を刺す。

「自分のことって、名前も言わない方がいいの?」

 生真面目な顔してそんな明後日な返事をする騅の弁当を、駒が代わりに開けて割り箸も用意してあげた。

「名前はいいけど。要は人間のふりしろってことだよ」

「なんで?」

 騅が何も分かっていない純粋な疑問を返してくるから、牧は言葉を詰まらせる。常識で端折っている話が通じないと、改めてどう言えばいいのか分からなくなってしまう。

「人間じゃないって騒ぎになって警察とか来たら牧くんと一緒にいられなくなっちゃうよ」

 ハンバーグを一口飲みこんだ駒が弟に助け舟を出した。

 牧も、そう、そうだと姉の台詞に乗っかった。

「えー……それは困る……おなかすく……」

 騅はへにゃんと眉を下げて困り顔になった。少しは深刻さが伝わったようだ。

「紗貴はベラベラ他人に話したりネットに流したりしないからいいけど、今時はそういうやつ多いんだから、もう絶対に他の奴にはバラすなよ」

 牧は騅に強く言い聞かせて弁当に箸を付けた。

 騅は二人がハンバーグやお米を口に運ぶのを見て、それから自分の目の前にある同じ弁当も見下ろした。右手に持った箸を意味もなく開いては閉じて音を鳴らす。

「牧は紗貴が好きなのね」

「ぐほっ!?」

 騅がいきなり核心を点くものだから、牧は米を喉に詰まらせて噎せる。

 急いでコップを手に取って、麦茶を半分一気に喉に流した。

「なんでお前にそんなのが分かるんだよ!」

「え、だって……昨日食べた歌詞から牧の切ない想いが伝わってきたもん!」

 きらん、と二人の会話を見守っていた駒が目を光らせる。でもまだ口を挟むのには早いと読んで一人黙々と食事を続ける。

 牧は胡乱げな視線を騅に向けた。

「昨日のは俺が書いたもんじゃないぞ」

「えっ!? でも、未言みこと入ってたよ! シャワーズランプ!」

 牧の切り返しに、騅はあわあわと焦り出した。

 駒がそれはもう美味しそうにポテトサラダを奥歯で擦り潰している。

「別に未言を知ってるのは俺だけじゃないし。昨日のは俺が出した原案をメロディに合わせて他のやつが手を加えて書き上げたやつだ」

「そ、それ! その大元の! 大元にあった牧の、切ない恋心が! わたしには分かっちゃったんだよ、すごいから!」

 随分と必死な騅に、牧は少しばかり可哀想な気持ちを抱き始める。

 しかしここで引き下がると騅が最初に言ったことを肯定することになるので、抵抗の意志は緩められない。

「まー、牧くんが紗貴ちゃんを好きなのは見てれば丸分かりだけどねー」

 それなのに、姉からの緩い発言という横槍で、前線は呆気なく崩壊してしまった。

 牧は呻きながら真っ赤になった顔を駒に向ける。

 駒は涼しい顔で麦茶を飲んで、牧の声にならない批難を受け流していた。

「だよね! よし!」

 何がよしなのか分からないが、騅は勢い良く立ち上がり牧に人差し指を突き付けた。

「牧がわたしにご飯をくれるなら、わたしが紗貴ちゃんとくっ付けるように手助けしてあげる! 契約成立ね!」

 騅が自信満々に余りにもバカバカしいことを言ってきたから、牧は呆気に取られて返す言葉も出なかった。

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