2
美しい光景にすっかり魅入っていた俺は
「ぐぇ……っ!」
千佳にみぞおちを蹴り飛ばされてうめき声をあげた。
俺を蹴り飛ばした勢いで龍に追い付こうと考えたのだろう。今の一瞬で千佳の体は再び十メートルほどの高さにまで浮かび上がった。重力が弱まっている環境に見事に適応している。清孝とはえらい差だ。
でも飛行能力のある龍に追いつこうというのは無理な話だ。
目配せすると清孝は黙って手のひらを上にして腕を伸ばした。俺は清孝の手のひらを踏み台代わりに勢いをつけて飛び上がると千佳の足首をつかんだ。
「ちょっと……なにすんの、清史郎!」
「もう追いつけないよ、千佳」
「わかんないでしょ! いいから放して! 放せ、放せってば!」
「やめ、イテッ! 千佳、てめぇ……顔を蹴るなって!」
俺の悲鳴なんてお構いなしで足をばたつかせる千佳をなんとか引きずり下ろす。地球の位置だかなんだかの関係で重力が弱まるのはほんの数分のこと。俺たちの体は徐々にいつもの重さを取り戻していく。
「放せ、清史郎! 龍が逃げちゃう!」
空へと舞い上がっていく龍と、地面へと落ちていく俺たちと。その距離はどんどんと開いていく。
「待って……待って!」
「千佳!」
「いやだ! 龍を捕まえなきゃ……捕まえて願いを叶えてもらわなきゃ!」
龍を捕まえることはもうできない。龍は俺たちの手の届かない、ずっとずっと遠くを飛んでいる。
「願いを叶えてもらって、清史郎を助けるんだから!」
千佳の願いも叶わない。多分、龍を捕まえたとしても。
必死に龍へと伸ばす千佳の手を俺はそっと握りしめた。
いつの間にか俺たち三人の中で一番細くなってしまった肩を引き寄せると千佳が勢いよく振り返った。怒った顔をしていた。唇を噛みしめて、目に涙をいっぱいに溜めていた。
「やだ、やだよ……清史郎……」
千佳は俺の左腕をつかんで、俺の左胸に額を押しつけた。千佳の重さが加わったせいか、重力が元に戻ったせいか。
俺は水の流れも水蛇の流れもない石だらけの
「死んじゃ、やだ……」
左腕に千佳の爪が食い込んだ。浮かび上がった数字を拒絶するかのように、ネコが爪を研ぐみたいに、千佳は俺の左腕を何度も引っ掻いた。
男子と取っ組み合いのケンカをしようが何をしようが絶対に泣かなかった千佳が泣くなんて、天変地異みたいなことが起こる方がよっぽど怖い。
でも最近はそんなことばかりで、俺は黙り込んで空を見上げた。龍が真っ直ぐに目指す空には無数の星と瑠璃色に輝く地球が浮かんでいた。
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