「なめんな、龍!」


 女子高校生とは思えないドスの利いた声で叫んで千佳はバシャバシャと竹ざるで水面を叩いた。驚いた水蛇たちが水しぶきを上げて飛び跳ねた。龍らしき影も驚いたらしく慌ててUターンする。

 今度は俺の方に首を向けた。


「はいはい、こっちも抜かせませんよー」


「へらへら笑いながらやんな、清史郎!」


 水色の水切りざるでバシャバシャと水面を叩くと影は再びUターンした。千佳のドスの利いた一喝はざるをすり抜ける水蛇同様、右から左へ聞き流す。

 俺と千佳に威嚇され、川の端をすり抜けるのはあきらめたらしい。龍らしき影は俺たちから五メートルほど距離を取るとぐるぐると同じところを泳ぎ始めた。こちらの様子をうかがっているようだ。


 立ち往生していた影が不意に頭を真っ直ぐ、川の中央に立つ清孝へと向けた。相手は覚悟を決めたらしい。それを察して清孝は低く腰を落とし、短く息を吐き出した。


 影はゆっくりと体をくねらせている。力を蓄えているかのように。

 清孝もじっと龍らしき影を睨みつけている。


 無言の睨み合いはしばらく続き――。


「ふえっくしょい、ちくしょー! べらぼうめぇ!」


「……っ」


 千佳のくしゃみを合図に龍らしき影が猛然と清孝に迫った。

 S字に曲げていた体を一気に伸ばすことで生まれるスピード。水蛇たちの流れを利用することでその勢いはさらに増す。

 素早く俺たち三人の足下をすり抜けるつもりかと警戒したが――。


「っ……ぐっ!」


 龍らしき影は清孝にパワー勝負を仕掛けてきた。清孝の腹のあたり――業務用のステンレスざるの中で大きな水しぶきがあがった。


「清孝!」


 勢いに押されたのか、清孝が片膝をついた。


「……っ!」


 伸ばした左足でぐっと川底を踏みしめ、業務用ざるの底を腹に固定して、逃がすまいと清孝は歯を食いしばって踏ん張っている。相手も自らざるの中に飛び込んでくるだけのことはある。清孝に押し止められて諦めるどころか力で押し切る気満々だ。尻尾で水面を叩き、ざるの中で激しく体をくねらせる。


 水面を叩く尻尾を――尻尾の先に涙滴型るいてきがたに生える金色の毛を見て確信した。


「龍だ!」


「龍!?」


 千佳は怒鳴るように俺の言葉を繰り返した。かと思うと目の色を変えた。


「絶対に捕まえてやる!」


 キッと清孝の手元を睨みつけて千佳は叫んだ。

 獲物はステンレスざるの中にいる。あとはとっ捕まえて水からあげるだけなのだが、大きな体で激しく暴れるものだから簡単にはいかない。一番体格が良くて力もある清孝は今の体勢を維持するので精一杯だ。


「清史郎! 尻尾を押さえて!」


「りょうか……ぶへっ!」


 千佳の指示通りに尻尾に飛びかかった俺は往復ビンタを食らって涙目になった。結構、痛い。でも尻尾を押さえ込むと影の動きは鈍くなった。千佳がそれを見逃すわけがない。勢いよく胴体にしがみつき――。


「やった、捕っ……!」


 歓声を上げようとした、瞬間――。


「へ……?」


 ふわりと体が浮かび上がった。

 まるで重力がなくなったみたいに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る