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さすがは野球部のエース。清孝は慌てたようすもなくキャッチ。千佳は全然、反応できてない。俺を見上げてきょとんとしているだけ。顔面にぶつかる寸前、清孝が腕を伸ばして千佳の分も無事にキャッチした。
清孝に差し出された物を受け取ってようやく状況を飲み込んだらしい。
「投げるな、馬鹿ー! ……って、竹ざる?」
千佳が拳と竹ざるを振り上げて怒鳴った。
俺も人のこと言えないけど千佳も結構、どんくさい。鼻で笑って土手を駆け下りた。
「もうそろそろ龍が卵から孵化する。卵から
青色の水切りざる片手に調査結果を報告する俺をじっと見つめ、清孝と千佳は自身が持つざるに目を落とした。
「……で?」
「なんで、ざる?」
千佳が持っているのは竹ざる、清孝が持っているのはステンレスざるだ。清孝は図体がでかいから業務用の大きなやつを用意した。
「まぁ、すぐにわかるって」
眉をひそめる二人ににやりと笑って俺は水のない
「すぐにもったいぶる。そういうところだと思うぞ、清史郎がモテないの」
「……うるさい」
意地の悪い笑みを浮かべているだろう千佳の声に渋い顔になる。理由はさておきモテないのは事実だから反論できない。それがまた余計に腹が立つ。
「大体、龍が卵から孵るまでざる片手にぼんやりしてんの? 孵化してすぐに草むらに隠れちゃったりどっか行っちゃったりしたら探すの大変じゃん。もっと早い時間に……なんなら何日も前から来て龍の卵を探した方がよかったんじゃない?」
たたみかける千佳に俺はチッチッと人差し指を振ってみせた。一見すると正論だ。
でも――。
「まず一つ。龍は幼生のあいだ、水の中でしか生きられない。よって草むらに隠れたりどこかに行ってしまう心配をする必要はない」
この件に関してなら胸を張って反論可能だ。
「ちなみに幼生っていうのはカエルで言うところのオタマジャクシな。龍の場合は二時間ほどで脱皮して幼体――子龍の姿になる。成体になるにはそこから数年かかるらしい」
「清史郎センセー、理科のお勉強は苦手でーす」
「千佳が得意なお勉強なんてないだろ」
「うぐ、清史郎のくせに……!」
睨み付けてくる千佳を澄まし顔で受け流す。
俺がモテないように千佳が勉強できないのも事実だから反論できないのだ。さぞや腹が立っていることだろう。
心の中でにんまりと笑って話を続けた。
「もう一つ、龍の卵は石だ。この水のない川に転がってるただの石」
俺は足元に転がっている石を蹴飛ばした。千佳と清孝もつられて足元に目を落とした。
たまの洪水で雑草たちは生えるのを諦めてしまっている。露出した地面には大小さまざまな石が転がっていた。数千、数万……気が遠くなるような数だ。
「この石のどれか一つから龍の卵を見つけ出すなんて不可能だろ」
胸を張った俺が予想していた反応は〝なるほど〟〝そういうことか〟だ。
ところが――。
「無理っていうかなんていうか……それ以前にただの石だろ、これ」
「川原の綺麗な石を見て古代のお宝とか龍の卵とか言っても生暖かい目で許してもらえんのは小学生までだよ、清史郎くーん!」
清孝は大真面目な顔で、千佳はゲラゲラと腹を抱えて全力で否定してきた。一ミリも信じていない。
「うちら、もう高校生だよ? 高校三年生! さすがにそれはちょっと、ねぇ」
「調べてわからなかったなら素直にわからなかったと言えばいいものを」
「ただの石ころが龍の卵だなんてそーんな見え透いた嘘ついちゃって!」
「そういうところだぞ、清史郎」
「そういうところだよ、清史郎!」
どうやら否定されているのは俺の調査力と人格のようだ。
「……ほほう、そういうことを言うのか。お前らは」
口元に手を当ててプークスクスと漫画みたいに笑う千佳と、千佳の真似をして口元に手を当てながらにこりともしない清孝に俺は笑みを引きつらせた。この幼なじみたちは本当に人の神経を逆撫でるのがうまい。
売られた喧嘩だ、買うしかあるまい。重要な情報は伏せておこう。
心の準備もできないまま、おぞましい光景に凍り付くがいい!
……なんて、心の中では魔王のように邪悪な笑みを浮かべ、表面上はムッとした表情のまま水のない川を指さした。
「確かに一見するとただの石だ。でも、ただの石に龍の〝モト〟が入り込んで石の中で大きくなるんだよ」
そして龍の幼生のエサもまた、この蛇尾川の石に入り込み、石の中で大きくなる。
卵が常に水に浸かっていると植物でいう根腐れのような状態を起こしてしまう。でも龍の〝モト〟も龍の幼生のエサの〝モト〟も水の中を泳いで移動することしかできない。
普段は水無川だけど定期的に洪水を引き起こすこの蛇尾川中流域は、龍にとっても龍の幼生のエサにとっても貴重な環境なのだ。
「わかった、わかった。ただの石ころが龍の卵ってのはわかったよ」
わかったと言ってるけど、にやにやと笑ってひらひらとおざなりに手を振ってる人間が本当に信じたとは思えない。さっさと話を進めたいだけだ。
俺は千佳をジトリと睨み付けた。でも千佳は完全に無視。
「龍は幼体になるまで水の中でしか生きられないんでしょ。でもさ……」
「川に水なんてないし雨が降りそうな気配もないな」
千佳は足元を、清孝は空を見ながら言った。
よく晴れた空には立派な入道雲が浮かんでいる。空の上の方は濃い青色に、下の方は白くなり始めていた。日が暮れ始めているのだ。
これから空の青色はもっと濃くなり、星が出て、夜になる。
と、――。
足下の石が光った。ぬらりとした黒い光だ。ぐるりとあたりを見回すとあちこちで黒い光がうごめいていた。
「始まった……!」
バラバラの方向を見ていた千佳と清孝が一斉に俺の方へ、続いて俺の視線の先へと目を向けた。
「何?」
千佳の間の抜けたお気楽声が――。
「何……なになになになに!?」
金切り声に――。
「なになに、なにあれぇー!?」
そしてすぐに悲鳴に変わった。
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