3
「ところで龍に何をどうしたら願いが叶うわけ?」
慎重に土手を下りながら千佳が尋ねた。
「そんなことも知らずに龍を捕まえるとか息巻いてたのかよ」
馬鹿にし切った調子で鼻でため息をつきながら清孝は土手を一気に駆け下りた。
千佳のことをこれだけ馬鹿にしきっているのだ。さぞや龍について詳しいのだろうと思うことだろう。実は千佳同様、清孝もミジンコほども龍のことなんて知らない。
盛大にため息をついて肩をすくめる土手の上の俺を、千佳と清孝が見上げた。
「そういうのを調べるのは清史郎の仕事だから」
「そうだな、清史郎の仕事だ。お前の数少ない活躍の場だぞ、気張れ」
「勝手に人の仕事にすんなよ。数少ない活躍の場とか言ってんなよ。なんでそんなに偉そうなんだよ、二人そろって」
悪びれたようすもなく真顔で言う千佳と清孝に舌打ちして、俺はカバンから手帳を取り出した。龍について調べた結果をまとめた手帳だ。腹が立つけど確かにこの手の調べ物は昔から俺の仕事なのだ。
千佳と清孝に任せてもロクなことにならない。
小学校のときもそれでえらい目に遭った。
俺たちが住んでいる村と山を挟んで反対側にできた新しい遊園地に歩いて行こうとして遭難しかけたのだ。
地図で見れば山を突っ切って直線距離一キロメートルほど。小学四年生だった俺たちの足でも十分に辿り着けると千佳と清孝は考えた。
でも、舗装されていない山道をお出かけ用のななめ掛けバッグ一つを持っただけの子供が踏破できるわけがない。疲れ切ってお腹もすいて、引き返そうにも方向すらわからなくなってしまった俺たちは見つけた洞穴で一晩過ごす羽目になった。
真っ暗な森と、歩き疲れてぐったりしている俺と清孝を見てか。そのうちに千佳が泣き出した。男子と取っ組み合いのケンカをしようが何をしようが絶対に泣かなかった千佳が、
「私が調べられるだけ調べなかったせいで清史郎と清孝が死んじゃう!」
と、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしてギャーギャー泣き出したのだ。俺と清孝はぎょっとして、すぐさま行動に移った。
口下手な清孝は千佳をなだめ、慰めるという似つかわしくもなければ慣れてもいないことをする羽目になり。俺は俺で千佳が持ってきていた地図と星の位置と歩いているときの記憶を頼りに必死に現在地と家がある方向にあたりを付けた。
夜が明け、まだ泣いてる千佳の手を俺が引っ張り、背中を清孝が押して山道を下りた。昼頃に家に辿り着いた俺たちは親たちにこっぴどく叱られることとなったけど、俺も清孝も同じことを考えていた。
親たちに怒鳴られるよりも千佳が泣くなんて天変地異みたいなことが起こる方がよっぽど怖い。
二度とこの手の調べ物を千佳に任せるのはやめよう、と――。
そんなわけで今回も自分の仕事としてしっかり調べてきた俺は手帳を開いて咳ばらいを一つ。
「えーっと、龍の喉のところにある逆鱗に触って、願い事を三回唱える。んで、放した龍が無事に空を昇っていったら願いは叶う……と。つまり生け捕りだ、生け捕り」
「なんだ、焼いて食うんじゃないのか。せっかく焼き肉のタレを持ってきたのに」
清孝のセリフに俺は引きつった笑みを浮かべた。
「焼いて食う気だったのかよ」
百年に一度しか現れない龍を、しかも焼き肉のタレで。
さすがは清孝。清孝のことをクールでかっこいいとか言ってる女子たちに今のセリフを聞かせてやりたい。
「馬鹿ね、清孝」
と、千佳が鼻で笑った。
「鮮度抜群なんだよ? まずは刺身、次に炙って塩でしょ!」
胸を張って言うことがそれなのか、千佳。
「それだ」
清孝もそれだ、じゃないだろ。それだ、じゃ。
ふざけてるとしか思えない二人の真剣そのものなやりとりに盛大にため息をついて、俺は手帳をカバンにしまった。後部座席にカバンを放って代わりに龍を捕らえるために持ってきたとっておきの道具を取り出す。
そして――。
「清孝! こっちは……千佳!」
土手を下り切った二人に向かってとっておきの道具を放り投げた。
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