59  それ見たことある

 ともあれ、チューランの母の最期を看取ってくれた部族へは、ウヘル・テグが書面を書いてくれることになった。

 ダブソスから金杭アルタンガダスへの帰りの道程で墓参りができるかもしれない。早ければ、チューランがダブソスにいる間に、わかったことを知らせてくれるという。


 これで、ドホに立ち寄った甲斐があった。

 ウヘル・テグの告白は気になるが。



「チューランさま、今日のまきの視察でございますが」

 貴賓の舘の朝を過ごすチューランに、副官が話しかけてきた。

 今日は宰相のウヘル・テグの案内で、馬のまきを視察する予定だ。


 このダブソスへの視察団では、途中に立ち寄る属国や街道の様子も視察対象だった。

 金杭アルタンガダスは、属国から搾取さくしゅばかりをしているのではない。

 水害の多い地では河川の堤防を作るための設計師を、地方病があると聞けば、医師を派遣する。また、香木が育つ山や、宝石を産する鉱山など金杭の直轄地として管理している。ドホにおいては、馬だった。草原の覇者であったドホの民は、良馬を育てる達人なのだ。


「副官は貴賓きひんの舘に残り、まきへ行かない随行メンバーへの指示を頼みます。第さん従騎士団からは大佐に任せる。あと、大臣家の子息は残してはいけませんね」

 チューランは副官に指示を出した。

 この視察団にはイメール右大臣とタショール左大臣の子息が、志願して同行している。

 名家の子息に何かあったら、責任問題だ。

 使節団の壮行会で話した限りでは、ふたりとも、よい少年だったが。


「あの年頃は、旅に出ると浮かれるでしょう? この視察団を、よい経験にはしてもらいたいが、羽目をはずされ過ぎても困る。彼らの自由時間は、あなたたちと行動させなさい」

「そうしております。ですが」

 文官は言いにくそうに切り出した。


「何やら御子息さま方に女が、ついてきたようで」

「何?」

 チューランは驚いてしまった。


「視察団の後を追って来たようです。それとなく、聞いてみますと、エルヘス・タショールさまは、『ちょっとワケありなんです』とおっしゃるばかりで。ホラン・イメールさまは、『すいません。ついてきてしまって』と謝られるばかりで」


「……問題ではないか」


「他の随行メンバーにも聞いたところ、女は、最近評判の門前粥屋もんぜんかゆやの女子で、〈お粥小町かゆこまち〉と評判だったとか。長身のスレンダー美女とのことです。妹のほうは、青い果実のようで、わたしはこちらを推しておりますが、随行メンバーの中では、姉推しのほうが多いです」


「……女、ふたりに増えてる。それになんで推してるの」

 チューランには、ウヘル・テグのことも問題なのに、さらにやっかい事の予感しかしなかった。

 しかし、業務は、こなさなければならない。

 支度ができ次第、チューランは選抜した視察メンバーと、郊外のまきへ騎馬で向かった。

 その道中、同行のウヘル・テグは昨夜の告白などなかったのように、おだやかだった。 


 まきまでは一刻ほど。なだらかな丘が続く、その先がまきだ。

 年間を通して、ドホでは放牧している。冬は零下になるが、それがドホの馬の頑強さを作る。加えて、粗食で耐えうる。

まきをご覧になるのは、はじめてですか」

 チューランは、エルヘス・タショールとホラン・イメールに敬語混じりで話しかけた。自分より高位の大臣の子息たちなのだ。多少、へりくだってしまうのは、いたしかたない。

「小さな頃に父に連れられて行った記憶が」

「たぶん、これほどのまきはないです!」

 ホランが先に、エルヘスが後に答えてきた。

 エルヘスのほうが何かと闊達かったつそうだ。


(女子のことは、このあと問い正そう)

 チューランは、そう決めて視察に専念することにした。

 とも、いかなかったのは前方で、ざわざわと騒ぐ声が聞こえたからである。


「山賊が出たってよ!」

「したたか、やられたってよ!」

 そんな声が聞こえてくる。


「お偉い武人さまぁ!」

 壮年の男が、ウヘル・テグの馬に駆け寄ってきた。

「国境の街道のはずれで、賊が出ました。わっちのまきの若いもんが襲われましてん」


「それは聞き捨てならんな。襲われた者どもは無事か」

 ウヘル・テグは馬から降りた。


「へぇ、今、そこの小屋で手当てしております」


「チューランさま、申し訳ありませんが」

 ウヘル・テグの言葉を待たず、チューランは第さん従騎士団を出す気でいた。

「このまま、賊の討伐に向かいましょう。お供します。トゥルフール大尉!」

 急ぎ、チューランは警護のため、ついて来ていたトゥルフール大尉を呼んだ。

「賊の人相を聞いて、みなに周知させてください」


「承知いたしました」

 トゥルフール大尉は小屋へ一足先に駆けて行った。



「あっしが案内します! しっかり賊の顔を見たんで!」

 けがの手当てをされていた、黒光りする肌の男が、包帯布で巻かれた利き手をあげようとして、「あ、つっつ痛々」と声をあげた。


「賊は、どんなやつらだった?」

 トゥルフール大尉の問いに、青年は嬉々として答えた。


「ドぴんくのハーフマスクのちっこい悪魔と、偽尼にせあまと、長剣持った優男やさおとこに、ドでかい馬なんでさ!」


 ユス・トゥルフールは、なんだか既視感あるなと思わないではなかった。

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