60  この御方をどなたと心得る

 そこから流れるように、第さん従騎士団、警護部隊は国境の街道沿いに向かった。

「胸騒ぎがする……」

 騎乗前のユス・トゥルフールのつぶやきを、エルヘス・タショールは聞き逃さなかった。

「賊って、強そうなんですか⁉」

「タショール、君は後方にイメールと共にいろ」

 あきらかにユス・トゥルフールは少年たちをお荷物扱いした。


「オ、オレ、トゥルフール大尉の役に立ちたいんだ!」

 エルヘスは、くやしがった。ホランは、「賊って3人だろ? 第さん従騎士団の面子がこれだけいたら、負けるはずないよ! ひとまず、ぼくらは、ひかえていようよ」と、なだめた。けれど、前のめりになっているエルヘスの馬は、ホランの馬を、どんどん置いて行こうとする。騎乗においては、ホランよりエルヘスが上手うわてだ。ホランは神祁寮しんぎりょうの学生だから、日常で馬に乗っていない。 


(はぁ、もう)

 ホランは、できる限り騎馬の速度をあげ、エルヘスから離れないようにした。


 賊に襲われた男の話を総合すると、くまなく街道沿いを捜索すれば、賊をあぶりだせそうだった。

 馬上のウヘル・テグは、さっきから顔をしかめている。

「国境の警備が手薄なことが露見してしまいましたな。お恥ずかしい」


「いえ、たちどころに解決してしまいましょう。金杭アルタンガダスの第さん従騎士団の実力を御覧あれ」

 チューランは胸を張った。


 そのとき、脇の木立の中から、絹を引き裂くような女の悲鳴が聞こえてきた。

「誰かが襲われてるぞ!」

 トゥルフール大尉は、真っ先に、その方向へ騎馬で駆け込んだ。


「ひーっ、ほっほっほ」

 近づいて行くと、それは女の悲鳴でなく笑い声なのだと気がついた。


 騎馬の速度を落とし、枝をかき分けていくと、焚火の匂いがした。

 こちらに背中を向けていた灰色長衣が振り向いた。もちろん、すでに剣を抜きかけている。

 こちらに身体からだ前面を向けていた、ピンクラメのハーフマスクのちっこいちいさいのが、ぴょんと飛び上がった。

「あっれ~、ユス先生!」


婿むこ1号どの!」

 聞き覚えのある馬の声もした。


(なんとなく、そうじゃないかと思ったんだよ!)

 トゥルフール大尉は脱力するのを止められなかった。


 その間にも、焚火のまわりは従騎士らに囲まれつつあった。


「やつらですっ! あっしらを襲った賊はっ!」

 案内を買って出た男が、つばを飛ばしてわめいた。


「たしかに、ピンクのハーフマスクに尼さまに優男やさおとこに、でかい馬ですね」

 チューランは、焚火のまわりの者たちを把握した。

「君たち、傷害の罪で身柄を拘束させてもらう」


「何を言っているのか、わからぬが」

 灰色長衣の優男やさおとこが、ゆらりと立ち上がった。


「そいつっ! 使えますぜっ! たたっ切ってやってくださいよ!」

 案内役の男が、まだ叫んでいる。


「全員! 剣を収めよ!」

 トゥルフール大尉の言葉に従騎士は、みな止まった。


「あらあらあら」

 尼さまが頬に両手をあてて、困った声をあげた。

「どうしましょう。こんなにいらっしゃるなんて。いやしろパワースポットの湧水で、お茶を淹れたんだけど、とても足りないわー」


「お茶しに来たわけじゃないみたい」

 真白月ましろつきは、ぐるりを見渡した。そして思い当たった。

「これ、もしかして、ふぉーくだんす円形になって踊るの集い?」


「ちがうやろ」

 でかい馬の辺りから、声がした。


「どうした? トゥルフール大尉、なぜ、捕らえぬ?」

 チューランが追いついてきて、事態を飲み込めずにいる。


「あっ、日女ひめ

「あ~、日女ひめ

 エルヘスとホランが追いついて、見覚えのある、ラメ入り薄桃色ハーフマスクの小柄な者を見て、驚いていた。


「この者たちは賊ではありません」

 トゥルフール大尉は言い切った。


「わたしたちが賊ですって!」

 尼さまは憤慨した。

「どこの誰がそんなことを!」


 皆の視線が、案内役の男に向かった。

「あっ! そいつこそ、たちに因縁つけて来たやつじゃん!」 

 真白月ましろつきの暴露に、「あわわわ」、男は逃げ出した。


「その男、捕らえてください!」

 ウヘル・テグが言うまでもない。


まきの若いのが賊に襲われたというのはウソだったのか。それは、とんでもないまちがいを犯すところだった。ところで、日女ひめとは?」

 チューランが話しかけているのに、真白月ましろつきもエルヘスもホランも興奮してしまって丸無視した。


「エルヘスくんに、ホランくんだったっけ? どうして、ここにいるの?」

「使節団に立候補したんだよ。ダブソスまで行くんだ」

「えっ、もダブソスに行くよ!」

「わー、奇遇だねぇ」

「ここで会えるなんて!」

「あ、ニキにナグヤ!」

「いいじゃん! いっしょに行こ!」

 いつのまにか、エルヘスとホラン、真白月ましろつきの輪に、スレンダー美女の尓支にき奈久矢なぐやのふたりが混じっていた。

 いい男を探して、まきまでついてきたにちがいない。


「その女子、どっから出てきた!」

 チューランが叫んだ。

「それから! この者たちは賊でないとしたら何ですか!」


「あっ。はじめまして」

 その声に、やっと真白月ましろつきがチューランを振り向いた。

「見ての通り、ただのお節介焼きの旅の楽師です」

 真白月ましろつきは〈システム〉で学習していたから、初対面の人に対して礼儀正しかった。

「これ以上、婿むこをふやしてもいかんので名乗れないけれども、身元保証人は、たしかです。はい! この花押かおうが目に入りますか? この、おそれおおくも現金杭アルタンガダス帝の溺愛する日女ひめなるぞ」

 ば、ばーんと、赤金斧ゼフスフ公ドルジのところから拝借してきた、シャタル帝の書状を、真白月ましろつきは両手で持って広げて見せた。


「自分で、溺愛できあい、言うんかイ!」

 でかい馬辺りから、叫び声がした。人前で、しゃべってはいけないという設定を忘れて、ツッコんでいる。


「これは、たしかに、シャタル帝の、花押かおう……」

 文官であるチューランは見知っている帝の筆運びに、おののいた。

 現帝が〈サラ〉の部族の女子を養子を迎えたのは知っている。その御姿はチューランのような一介の文官では、拝見することは叶わなかった。

「しかし、なぜ、その日女ひめがここに」


 真白月は、にぃと笑った。

「おしのびってやつじゃ。パパの威光が差すところばかりでなく、その陰にあるものを見るためじゃ」

 かなり適当に言い切った。

「それと、そこな女子も〈サラ〉の巫女だからして、お目こぼしプリーズ」

 さらに、尓支にき奈久矢なぐやを巻き込んだ。

「彼女らは、おしのび旅における、のようなものじゃ」

 真白月は〈システム〉で鑑賞した、高貴な爺がお供を連れて諸国漫遊する映像にたとえた。


 そのたとえはさっぱり、チューランには響かなかったが、どうやら、日女ひめとスレンダー美女ふたりは、帝の密命を帯びていると考えた。

(もしかしたら、裏使節団ということか)

 チューランは時々、賢過ぎて、まったくちがった答えを出す。

「わかりました」


「わぁ、助かった。お咎めなし」

 エルヘスとホランは胸をなでおろした。

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