54  龍眼公主のデザートたち

 ダブソスの王城の龍眼公女ルーヌドゥの寝台は、どんなに激しく揺らしても、きしまない作りになっている。

 しかし、さすがの鋼鉄鍋ボルドゴゥ公といえど、このダブソスにかくまわれる身となってから消耗が激しかった。


「甥っ子の中では、シドゥルグ、おまえがだ」

 昔から、かわいがってくれる叔母であったが。

 叔母といっても美魔女だ。小国の国家予算規模で美容に金をかけた結果だ。


(現帝もドルジも、きっと食われたな。この叔母に)


 そこそこの時点で、それには気がついていたが。


「現帝のオトコとしての誇りを、ぽっきり折ったのは龍眼公主ルーヌドゥさまですね」

「……折るなどと。あれは最初から問題にならなかった」

 龍眼公主ルーヌドゥ、その人は鋼鉄鍋ボルドゴゥ公との三戦め、馬乗りになっていた。


金杭アルタンガダスの……、直系が絶えたら……、どうするんです」

 

 鋼鉄鍋ボルドゴゥ公の説得など聞きもしない女だとは、この10年でわかった。ならば、毒を食らわば皿までと思った。


「……代わりは、いくらでもいる」

 女は長い爪を下になった男の敏感な部分に這わせた。それでもって、鋼鉄鍋ボルドゴゥ公は微力ながら元気を取り戻した。


「……わたしか。おまえか。おまえの子、ナラントゥヤでも」


(ドルジは入れてもらえてもないぞ)

 鋼鉄鍋ボルドゴゥ公は、自分の留守を守る異母弟ドルジのことを思った。

 反目し合ったわけではない。策として鋼鉄鍋ボルドゴゥ公だけが、龍眼公主ルーヌドゥにつくことにした。異母弟ドルジは考えていることが、すぐ顔に出る性質たちだから、何から何まで腹の内を明かすわけにいかない。


「男子しか帝になれぬと、そんなことを言うておるから絶えるのじゃ。絶えてしまえばよい。金杭アルタンガダスなぞ」

 女の動きが激しくなって、(その前に、わたしがっ、絶え……)、鋼鉄鍋ボルドゴゥ公は、ちいさくうめいた。

 


 

 そして夜明け前に、ダブソスの女主人おんなしゅじんの寝室を鋼鉄鍋ボルドゴゥ公は退出し、自室へ戻る。

 心地よい疲れどころではない。

 何から何までしぼり取られる感じだ。

 龍眼公主ルーヌドゥの計略にのったことを後悔はしていない。

 だが、こんな毎日が続けば確実に早死にする気がしてきた。


(現帝が子をなさぬままならば、帝位はどこへ転がり込むか。叔母上は、そんな昔から画策していたんだな)


 王城の一角の館に、鋼鉄鍋ボルドゴゥ公はダブソスの客人として迎え入れられている。

 連れて来た兵士とともに逗留している。 


鋼鉄鍋ボルドゴゥ公」

 兵士長が待っていた。


「起きていたのか」

 兵士長は、巡察団が起ち上げられた初期メンバーだ。


「いささか……。鋼鉄鍋ボルドゴゥ公さまには、お考えあってのことでしょうが。兵士たちに示しがつかないかと」

 兵士長は最近、白髪が目立ちはじめた。

かたは龍紋を持ってお生まれになられた方。さすれば、金杭アルタンガダスのお世継ぎは彼の方であるべきだと。鋼鉄鍋公ボルドゴゥさまが、天命に重きを置き、彼の方を掲げんとするお心は澄んだものとお見受けしますが、——ダブソスの閣僚は、鋼鉄鍋ボルドゴゥ公さまのことを龍眼公主ルーヌドゥさまの愛人と、ひそやかに呼んでおります」


「うむ、まぁ」

 反論はできないと、鋼鉄鍋ボルドゴゥ公は言葉を濁した。


龍眼公主ルーヌドゥさまの前夫であらせられるダブソス公、表向きの発表は前日の落馬による死ですが、その実は腹上死であったとも」


「そうか」

 この兵士長は、間諜のたばねでもある。

「わたしは、わたしのあるじを失いたくないのですが」


「そうだな」


「それから、金杭アルタンガダスからダブソスへ使節団が出発したそうです」

「ほぅ」


「おそらくは、鋼鉄鍋ボルドゴゥ公さまの潜伏先をダブソスと見定めてのこと」

「はっきりと謀反の証拠もなしに、わたしを引っ立てるわけにはいくまい?」

「だからこその使節団なのかと」

「使節団の面子は、いかに」

「シャタル帝名代みょうだいとして、 フフー・チューラン。第さん従騎士団とともに参らせまする」

「その名は覚えがある。たしか属国から留学というで、人質に送られてきたドホの第4王子だったな」

「庶子ということもあって、もとより故国に居場所はなかったのでしょう。金杭アルタンガダスになじみ、温厚なお人柄とか」

「話せばわかりそうな男か」

「それは、話してみないことには何とも」

「話してみよう」


 前向きなのが鋼鉄鍋ボルドゴゥ公の、よきところである。


 


 さて、金杭アルタンガダスからの使節団についての報告は龍眼公主ルーヌドゥにも、すでになされていた。


 外海に通じる湾に、明け方の光が満たされはじめた。

 高い塔からは海が見える。

 ダブソスの実質の主人たる龍眼公主ルーヌドゥは、まず、朝の風向きと天候を、この塔からたしかめるのが日課だ。

 そばの小机には濃度高め、苦い薬草を果汁の甘さでゆるめた、朝のお決まりの気合いの飲料ドリンクが、銀の盆の上の小さめの玻璃はりの杯につがれていた。


 近習の女官は、密偵からの書状を読み上げた。

「随行メンバーの護衛は第さん従騎士団。従騎士団の中でも、対外用の攻撃に特化した隊であります」

「ほぅ。おだやかではない。喧嘩けんかを吹っかけてくる気かの」

「野外活動に慣れた隊であるのかと」


「して、フフー・チューランとは、どんな男だ」


金杭アルタンガダスの属国ドホの庶子の王子にて、浅黒き肌に瑪瑙めのうの瞳。詩を吟じるのが趣味とか」

「文官だな」


「あとは、じかに、イヴは御報告申し上げると」

「報告を楽しみに待とう」


 龍眼公主ルーヌドゥは笑みを浮かべた。

 世の中を引っ搔き回すのが、何よりの好物なのだ。この女は。

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