55  追いはぎ捕りが追いはぎに

 どこぞと、どこぞの国境くにざかいの街道を騎馬が2頭、ゆっくり進んでいた。おおきい馬は、二人乗り。墨染めの衣の尼さま、そのうしろに、少女だ。もう一騎は、長剣をたずさえた騎士だ。

 真白月ましろつき布留音ふるね、尼さまの一行だった。


 金杭アルタンガダスより日の沈む方角の国、海に面したダブソスを、3人は目指している。そこへは、いくつかの小国をまたいで行くが、どこも金杭アルタンガダスの属国となり、民の多くは、もう祖父の代の戦など忘れかけている。


「ダブソスまでは街道を一直線です」

 布留音ふるねは地図も開かなかった。

 そも、ダブソスへ公主が降嫁する際、開通した公主街道だ。直進性にこだわり、両側に側溝を従えた路面の幅は、大人が5人両手を広げた長さ5ヒロか。凸凹でこぼこをていねいに黒褐色土でならした上に、砂利が混ざった褐色土で踏み固めてある。


 今日も早朝から一行は、無理のない行程で移動していた。

 鞍楽クララを早駆けさせれば、ダブソスには、あっという間に着くだろうが、背に乗った尼君が馬酔いする。布留音ふるねが乗った馬は訓練されているとはいえ、フツウの地上馬である。追いつけまい。 


 早めに行動し、早めに休む、いやしろの地パワースポットには寄る。模範的な巡礼の旅をすることにした。

 たまたま、巡礼の尼さまと楽師兄妹が旅の道連れになったという3人の初期設定は今のところ、守られている。

 真白月ましろつきは定番となった麦わら帽子に、薄桃色(ひかえめラメ入り)のハーフマスクに作務衣さむえのような衣。アルトリコーダーを入れた細長い布袋を、その背に、ななめがけして、尼さまと鞍楽クララに騎乗した。

 布留音ふるねは灰色のフード付き長衣。乗っている馬は、赤金斧ゼフスフ公ドルジが手配してくれた。 

 鞍楽クララは、お針子集団〈銀の針ムング・ズー〉謹製のマントを着込み、4本の脚の下しか見えない。頭部は馬らしき被り物を装着している。

 尼さまは、墨染めの衣の尼さまのまま。


「タワシがダブソスを向けば、尾はミヤコ

 鞍楽クララが、また、しょうもないことを口にした。

「ほーっ、ほっほ」

 それでも尼さまは笑うから、飼葉を得た馬のごとく、鞍楽クララという何かは、駄洒落が止まらなくなっていた。


 鞍楽クララは、手綱によって動いてはいない。手綱は、乗った者が振り落とされないための道具だ。いざとなれば、鞍楽クララは、騎乗者の半身を埋めるような操縦席コクピット化もできる。今のところ、したことはない。

 その鞍楽クララ、移動の際は馬型、その実態は戦闘型コンピューター、しかして、その心根は乳母型コンピューターなのである。 


「はァ、こんきィ、こんきィ」(あぁ、根気のいることだー、いることだー)

 道中唄どうちゅううたのお囃子はやし鞍楽クララは口ずさんだ。最近のマイブームだ。彼? は、〈システム〉と直結しており、動画配信が視聴したい放題だった。


「ほーっ、ほっほ」

 尼さまの笑い声が、晴れた空に響く。



 しばらく行ったところで、真白月ましろつきが、前方を見つめて眉をしかめた。

「また標的にされたっぽい」

 彼女の危険予知センサーは鋭い。

 前方の悪意を見逃さなかった。治安がよいはずの街道沿いでも旅の者を狙うごろつきは、どこにでもいた。

 前方の道幅いっぱいに見るからに、かったるそうに歩いてくる、黒光りした肌の男たちの集団があった。


「7人ですか」

 すかさず、布留音ふるねが人数を把握する。


 ひょろ長いの、ガタイのよいの、いろいろな体型の男たちが、真白月ましろつきたちの前に立ちはだかった。全員に共通するのはチンピラ臭だ。


「漫画だったら、アシスタント助手が書いてるモブ群衆だね」

 真白月ましろつきは、地下迷宮の複合現実ミクスト・リアリティシステムで学んだ、この地上の世界では誰も理解できないウンチクを掲げた。

 みな忘れかけているが、真白月ましろつきの祖は、星空の彼方からやって来た者たちである。その未知なる科学力と役にたつのか、たたないのかわからないウンチクを宿しているのが、真白月ましろつきという少女(自称14歳)なのだ。


 モブ男どもは、にやにやと笑いながら真白月ましろつきたちを取り囲んだ。

「ずいぶん立派なお馬さまだなぁ。ちょっと、貸してもらおうか」

 この場合の、「貸して」は戻ってこない。

 モブ男たちの中央にいる男は、大振りな刀のさやを自分の肩に、これ見よがしに乗せていた。

「ケガしたくなかったら、金目のものを置いて行きな!」

 〈システム〉で真白月ましろつきが学習したとおりの、追いはぎ口上だ。


「こりゃ、上玉じゃないか!」

 男のひとりが、馬に乗った布留音ふるねを下からなめあげるように見上げた。どうやら、布留音ふるねを女とカンちがいしたらしい。

ばばあと、ちんこまい(小さい)のは、いらねぇな!」

 別の男が、尼さまと真白月を指さして笑った。


「追いはぎ家業って、朝活アサカツだっけ⁉」

 真白月ましろつきの疑問に答えてくれる、親切な者はいないようだ。代わりに鞍楽クララが、ひとり芝居をしてみせた。


「『どうして追いはぎをするの?』、『そこに無防備な旅人がいるからサ』。『こんな朝から⁉』、『そんなこた知ったこっちゃない。オレがと決めたら、追いはぎタ~イム時間!』」


「ほーっ、ほっほ」

 また、ひときわ高く尼さまが笑った。


「……」

 モブ男たちは、出鼻をくじかれたように固まった。

 それに、すでに、しゃべれなくなっている者もいた。


 あっという間に、灰色の長衣をなびかせ、男にしてはうつくしい、女にしては低い声の銀の髪、星灰せいはいの瞳の布留音ふるねが、モブ男の足と利き腕を狙って致命傷でない傷を負わせ、かしらであると思われる男に長剣を突きつけていた。

「一歩でも動いてみろ。その喉元、かっ切る」


 鞍楽クララのひづめに蹴られて、ひっくり返っている者もいた。

 モブ男のひとりは馬上から、ひらりと舞いあがった真白月ましろつきに、顔面蹴りをくらったところだった。

「この土地の名物の食べ物うまいもんを、出してもらおうか!」

 真白月ましろつきは叫んだ。


 弦月げんげつの城を出てから、10日余り。言いがかりをつけてくるチンピラから、抜刀してくる本格派まで、賊に襲われた。

 それぞれの小国の端などは、やはり警邏けいらの目も行き届かぬ。尼さま連れと言えども、だまくらかそうとか、金品を奪おうとか罰当たりな者はいたのだ。


 襲われる理由は、真白月側にあった。でも、それは、「いじめられる側にも原因があるんじゃないの」というぐらい理不尽だと思う。

 尼さまの笑い声がカン高くて、存在を気づかれやすい。

 布留音ふるねの美貌が過ぎて、無理やりでもワンチャンくださいのやからが近づく。

 なんだか、その馬、でかくありませんか、だの。

 とにかく、目立ちすぎた。

 真白月ましろつきのハーフマスクには言及する者はいないのが、釈然としないが。


 それから、〈システム〉でつちかわれた、真白月ましろつきの能力は高い。

 剣術と体術を人相手に実行する機会だった。そして、手加減を学んだ。

 今までの練習相手が鞍楽クララだったから、それは全力対戦だった。日女ひめに甘々なはずの鞍楽クララは、戦闘においては忖度そんたくしなかったのだ。

 思えば従騎士団じゅうきしだんの御前試合で、大臣の子息を大ケガさせなくてよかった。


「さぁ! このあたりで、いちばんうまい店に連れてってもらおうか!」

 真白月は、仁王立ちで言い放った。


ゆるしてくださぁぁぁい。ゆるしてぇぇぇ」

 追いはぎの中でも下っ端と思われる者が、脚を布留音ふるねにやられて立ち上がれない上に、尼さまに巡礼者の杖で、しこたま叩かれそうになっていた。

 悟りを開いたと思えぬ形相で、尼さまは、地面をはいずる下っ端を追いかけていた。

 さっき、「ばばあと、ちんこまい小さいのはいらねぇな!」と言った男にちがいなかった。


「尼さま、そのくらいで勘弁してあげてください」

 布留音ふるねが困り顔でいさめたときには、ほとんどの賊は逃げ出していた。

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