52  使節団結成

 そのころ、金杭アルタンガダス帝の御前会議では、拾月じゅうがつに出立するダブソス使節団の随行員が選考されていた。

 まず、第参従騎士団隊長だいさんじゅうきしだんたいちょう。その所属の従騎士ということで、ユス・トゥルフール大尉の名も自然とあがった。

 帝の名代みょうだいは無難に、武官でなく文官がよかろうとされた。ダブソス側を刺激する意図はない、あくまで友好の使節団である。

 結果、押し付け合いか、出世の糸口と見たか、出自は属国の国主の第四子という壮年の次官が立候補した。幼少時から金杭アルタンガダスに身を寄せてきた、いわゆる人質出身者だ。


 選ばれた随行員としても、これ、楽しいのか、難儀なのか、とまどう案件にはちがいなかった。志願するのは、よほど都の帝宮仕えに行き詰っているものではないかという、ひそやかな声もあった。

 ダブソスの国主代理ではあるが、実際のところの国主、龍眼公主ルーヌドゥは、御人だとの逸話は、知っている者は知っているし、ダブソスまでは半月ほどの長旅になる。都育ちの宮廷人では、早々にをあげそうだ。

 

 

 それに、三男が志願したいというから、イメール右大臣は驚いた。

息子ホランよ。何か悩み事でもあるのかい」


 三男のホランは、幼いころから兄ふたりとちがって物静かに書物を読むことを好んだ。性格もおだやかで、ひかえめ。子供のころから駄々をこねたこともない。そのような三男は文官に向くだろうとは父も考えて、神祁寮しんぎりょうに入ることをすすめた。

素直に親に従う、よい子。しかし、返せば自主性がないと物足りなく思う部分ではあった。 


「いえ。若いうちに、別の国を見ることもよいかと思いまして」

 ホランは、いつものごとくおだやかに返答し、話したくない部分は、うまくかくした。


 同性の男子の気持ちに応えたくなったとは言いにくい。



 そも、イメールは神祁寮しんぎりょうの学生である。

 将来、神官になろうとまでは、まだ思っていない。勉学しか自分には取り柄がないし、文官の道を模索しようとしている。いや、自分で探さずとも、父が用意してくれる。自分はイメール右大臣家の末息子である。兄たちも出世の道を邁進まいしんしている。


 しかし、つい、このあいだのこと。

 辺境の地にいた鋼鉄鍋ボルドゴゥ公の一子、ナラントゥヤが神祁寮しんぎりょう預かりとなった。

 経緯はわからぬがトゥルフール神誼伯しんぎはくと、その息子、ユス・トゥルフールつながりで話がついたものらしい。


 そのナラントゥヤという公子、田舎貴族にありがちな都人へのへつらいもない。彼の父親は妾腹といえど、現帝の兄。自分は現帝の甥御ぞ、という、えらぶりもない。あの月の日女ひめのお披露目の席で、臆さずまっすぐに帝に自分の意見を述べる公子を、ホランはまぶしいと思った。


 公子は、神祁寮しんぎりょうでの朝夕の食堂で顔を合わせると、まこと、にこやかな笑顔を向けてきた。それは自分にだけではない。またたく間に公子は、神祁寮の中で居場所を作った。もちろん、トゥルフール神祁伯しんぎはくが目をかけている息子、その息子ユス・トゥルフール大尉が目をかけている男子というだけでも、誰も公子に対して邪険な態度がとれるはずはないのだ。だが、なるほど、これでは誰もが目をかけるようになるという人柄だった。


 はっきりと、ホランは公子のことを、(かわいい)と思ってしまった。

 自分に、そんな気持ちが芽生えるなど思っても見なかった。(でも、かわいい)

 その公子に、ひたと見つめられて「お願いがあります」と、就寝前のかわや掃除当番でいっしょになり、声をかけられた。


「何でしょうか」

 それまでにも、親しい会話はできていたと思う。

 立場的にも、帝の甥御と右大臣の息子、神祁寮しんぎりょうにいる学生の中では双方、ダントツの名家の息子である。自然に、公子のお世話役はホラン・イメールという流れだった。

 

 その公子が言い出したことは、ホランの想像の範疇はんちゅうを超えていた。

「ダブソスの使節団にイメールさまが志願していただけませんか」


「何……」

 ホランは言葉につまってしまった。


「ダブソスの使節団に同行したいと、イメールさまが志願していただけませんか」

 公子は、年上のホランのことを姓呼かばねよびしている。


「何で」

 ホランは、つくづく自分の頭は血の巡りが悪いと思う。同じことを、さっきから公子に言わせている。


「ぼくは同行できないからです」

 公子は真剣なまなざしだった。

「ぼくは、ここにいないといけませんから」


 ホランは、はっとした。何もわからないなりに、これは事情があると察した。それはと聞きたい気持ちが首をもたげた。いや、自分は他人に、そんなに興味があっただろうか。


「ユス先生が、ダブソスに同行することが決まっています」

 公子が、ユス先生と呼ぶのは、彼が長年、公子の家庭教師だったからだ。都に帰ればユス・トゥルフールは考古学者というだけでなく、従騎士団じゅうきしだんの武官で、神祁伯しんぎはくの息子である。


「先生は大陸の各地に明るいですから、適任です。本当は、ついていきたいけど、ぼくは無理なんです」

 公子はホランを、ひたと見つめたままだ。

「——父のことがあってもなくても、ぼくは都に留まる義務がある。属国の貴公子と同じ扱いですから」

 それは人質であるということを、やんわりと表現したものだ。


「でも、何でわたしが?」

 ああ、いい加減、自分の頭の悪さがイヤになる。ホランは、公子の考えているところが知りたかった。


「イメールさまが親切で優秀な方であるのは、この短い期間でもわかりました。いちばん頼みやすく、なおかつ、あなたの父親のイメール右大臣は有力者だから、あなたが頼めば、まちがいなく使節団の席は用意されるでしょう。『そんな遠い場所に、うちの大事なぼくちゃんをやるなんて、とんでもないわ!』とか言う母親がついていなければですが」


 ホランは吹き出した。

「そんな母親は、いないよ。兄たちにくらべて、わたしは意気地いくじがないと言われているぐらいだ」


「ユス先生がいるから、安心は保証できます」


「公子は、トゥルフール大尉を信頼しているんですね」

「えぇ、とても」

 そう言って笑顔になった公子を見て、ホランは、ユス・トゥルフールがうらやましくなった。


(その笑顔、わたしがこの件を引き受ければ、わたしにも向けられるだろうか)


 動機が不純なのは、重々承知だ。

 でも、自分が断れば公子は消沈するだろう。そんな顔は見たくなかった。


「うん。少し考えさせて」

 ホランは慎重に断りを入れた。しかし、(明日、父上に話しに行こう)、すでにかわやを出るときには、そう決心していたのだ。

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