46  日女、夜逃げする

 夜陰やいんに乗じて都を去る。それ一択。

 鞍楽クララ布留音ふるね真白月ましろつき、彼らは以心伝心いしんでんしんであった。


 鞍楽クララにかかれば、どこへでも一足飛びだ。


「新月の晩だ。いつの間にか玖月くがつだね」

 鞍楽クララに二人、騎乗した。布留音ふるねに抱えられるような形で真白月ましろつきは夜の空を仰いだ。いつもなら月に、その光をさえぎられる、かすかな星どもまでが空に広がっていた。


「心残りはないのですか、日女ひめ

 真白月ましろつきの耳に、布留音ふるねの吐息がかかる。

「あぁ。ブグンが用意してくれただろう献立は、明日は何だったかな!」

「そこかい!」

 鞍楽クララにツッコまれた。


「トゥヤは神祇伯しんぎはくとユス先生が守ってくれるから! 大丈夫でしょ?」

 少し涼しくなった夜風に、真白月ましろつきの伸びた髪がなびく。彼女は薄桃色のハーフマスクだけはつけてきた。お気に入りなのだ。


「でも、布留音ふるねのたまとぼうは! わたしが守らないと!」

「……やめてくださぃ」

 神官騎士は消え入りそうな声で懇願した。言うなれば、この神官騎士は月の日女ひめ以上の乙女だ。


 彼らは内門、中門、外門と正規のルートを抜けていく。

 金杭アルタンガダスの紋章のマントをつけたを、門番たちも留め置けるはずなく。

 ただ、途中から、もうひとつ、馬のひづめの音が追いかけてきていた。


「誰かついてくる。ウっとおシ」

 鞍楽クララが舌打ちした。(できるなら)

「モちょっと先に行ったラ、ケ散らス」

 そろそろ郊外で民家もない。


「若い走りダ。一人」

 鞍楽クララは止まった。


「……あぁっ、もうっ。馬、つぶれちまうっ」

 聞き覚えのある、軽い調子の声がした。

「神官騎士殿っ。すんごい馬ですね。やっぱし」


 エルヘス・タショールだった。

「――今夜、従騎士団舎じゅうきしだんしゃ夜番よるばんで。そしたら、その馬が駆けてくのが見えて。夜の遠乗りなんて、オツなもの~。ついて来たいに決まってるじゃないですか~」


「いや。遠乗りじゃないし」

 真白月ましろつきが答える。


「あれ? 日女ひめも、いっしょー」

 エルメスは、やっと気がついたようだ。

「わわわ。もしかして、駆け落ちってやつ⁉」

「ちがいますから!」

 布留音ふるね、全力否定の側で、

「人呼んで、『布留音ふるねのたまとぼうを守る会』です」

 真白月ましろつきが高らかに宣言した。


日女ひめ! 連呼すナ! 気に入りスぎっ!」

 鞍楽クララが、エルメスの前だということを忘れて叫んでしまった。


「……

 エルヘス・タショールという男子は、意外と肝が据わっていた。

「いいなぁ。しゃべれるんだ」

 それか、変わり者だ。


「見なかったことに。聞かなかったことにして、お戻りください」

 布留音ふるねが頼む。

「あぁ! でも、このまま、月の日女ひめを行かせてしまったら、かえって、わたしは父にも帝にも怒られてしまう気しかしない」

 エルヘス、帰る気なし。

「せめて、どこに行かれるのか教えていただきたい」


「実家です」

 真白月ましろつきが即答する。


「そうですか。求婚者としては、実家の方々に御挨拶しておきたかったなー」

「その話はなしになったはずだが? わたしが勝ったろう?」

 布留音ふるねは手合わせの件を持ち出した。エルヘスは、へらっと笑う。

「あのときも言いました。あれはフェアじゃない」


「ケンカはやめて? 今度の手合わせがあれば、エルヘス君を応援するから」

 真白月ましろつきが仲裁に入る。

「いや。マジ、あの応援だけはカンベンしてください」

「軽いエルヘス君が、ここだけ真顔で!」


「もう、都へは戻らないつもりですか」

「後宮に入らないでいいのなら、考える」

 真白月ましろつきの心配は自分が後宮に入ったら、布留音ふるねが、すっぱり切って、ついてくることだ。月鏡サラトリの離宮の湖を泳いできた男だ。絶対にやる。

「じゃあ、その旨は、わたしが関係部署に伝えておきますよ。――わたしの姉も後宮に入っているから、わかるけど。たしかに自由はないしね」

「あ。タショール妃」

「えぇ。もうしばらく、会ってないな。後宮は、そんなところですからね」



「デハ。さらだじゃ」

 最後は鞍楽クララが終わらせた。

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