45  後宮に入りなさい

「お手柄だわ! 月の日女ひめ

「さすが、長女ね!」


 医務府いむふ休養室がかしましい。

 タショール妃とイメール妃が、お出ましになっているからだ。


 帝の心の表れはブグンによって、すぐさま後宮の女官長に伝えられたのだ。ブグンとて、金杭アルタンガダスに跡継ぎの御子が、いまだないことをうれう一人であったから。


「つなげましょう。このたすきを」

「帝に父性が芽生えたなら、ご懐妊まで、あと一歩よぅ」

 タショール妃とイメール妃は両手を取り合った。


「ところで、月の日女ひめ。体の具合は、もういいのかしら」

 イメール妃が真白月に向き直った。

「はい。今、ちょっと、悪くなりかけているかもしれませんけど、おおむね良好です」

 二人の妃がしゃべっているのを聞いていると、真白月ましろつきの言語理解中枢が追いつかなくなってくるのだ。

 布留音ふるねは妃たちが入室すると、隣りの休養室=自分と鞍楽クララの待機場所へ退出してしまった。


「じゃ、後宮にいらっしゃい」

「それは、おありがたい提案なのですが」

 真白月は、さえぎる。

「後宮って女子の館ですよね。布留音ふるねが入れないですよね」

「あぁ。あの神官騎士か」

 タショール妃は目を細めて、ぼんやりと姿かたちを思い出した。彼女は近眼だ。


「うつくしいけど、男だったわね。はい。ダメ。後宮に入れるのは女だけ」

 イメール妃が言い切る。

「それでは困るんです。布留音ふるねは、わ、たしの神官騎士なので」


「あら、そう。では、古来よりの男が後宮で暮らすための方法をとればいいわ」

 イメール妃が、こちらの色違いもいいんじゃない? ぐらいの言い方で。


「それは?」

「玉と棒を切除すればいいの」

「たまとぼう」

「あるわよね。その神官騎士。ほんとは女でしたー、とかのオチ、ない?」

「たしかめたこと、ないです」

「早急に、たしかめたほうがいいわ。女だったら問題なし」

「女ではないと思います。1回、ふんどし姿、見たことあるし」


「じゃ、切りましょうか」



 二人の妃が退出したと同時に、鞍楽クララ真白月ましろつきのいる部屋へ走り込んできた。

 が屋内にいることを、医務府いむふは黙認した。3日たつと慣れた。


「あ、鞍楽クララ。た――」

 寝台から真白月ましろつきは起き上がった。

「それ以上、ひひぃん!(言うナ!)」

 実は戦闘コンピューターである鞍楽クララは超高性能な耳を持っている。真白月ましろつきの部屋で話されていることなど、すべて、その耳に入っているのだ。

「あ。聞こえてた? たま」

「ひひひぃぃん!(言うなぁぁァ!)」


 介護士が入って来たが、まったく鞍楽クララに気を留めず仕事をしていく。

 宮中に仕える者たちは、『見ざる、言わざる、聞かざる』が徹底している。

 特に医務府いむふともなれば。機密事項は多い。


「――日女ひめのためなら」

 介護士と入れ替わりに布留音ふるねが、ふらつきながら入ってきた。どうやら、もう、鞍楽クララから聞いているらしい。


「うわ。思いつめテるひひん。日女ひめ、絶対、止めとかナいと。暴走ボウソウハントウするアル。神官騎士殿」


布留音ふるね! 早まるなっ! わ、たし、絶対、後宮には入らないから!」

「本当ですか」

布留音ふるねのたまとぼ」

「ひひぃん! (言うナァ!)」



「逃げよ?」

 真白月ましろつきの口からこぼれたのは、それだった。

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