44  シャタル、ぱぱと呼ばれる

 真白月ましろつき担架たんかで宮中の医務府いむふに運ばれた。

 結果、「はしゃぎ過ぎ」という医務府長いむふちょうの診断が降りる。


 軽く一週間、医務府いむふの休養室暮らしを決定された。

 すみやかに、その隣りに布留音との待機場所が設けられる。

 そして、甘やかされている。


(ミカンの薄皮までむくのは、どうかと思うぞ)

 真白月ましろつきの枕もとから離れない布留音ふるねに、ユスは言ってやりたかった。


「この蜜柑みかんは、イメール家からのお見舞いです」

 布留音ふるねがむいた1個分の蜜柑みかんの房から、さわやかな果汁の香りが部屋に漂った。


「おいしい!」

 真白月ましろつきさじ(フォーク)に刺して、たいらげていく。

「イメールって、誰だっけ?」

日女ひめと手合わせしてくれた若者ですよ」

「あ。あの人か」

 真白月ましろつきは、すらりとした姿の青年を思い出した。

「最初にどついたら、すごく、びっくりしてたね~」


「そりゃ、そうだろ!」

 脇からユスは言ってしまった。

「あ、ユス先生。トゥヤはどうしてるの?」

「学舎で勉強がはじまった。落ち着いたら連れてくるよ」


 そうだ。トゥヤは学舎の学生となったのだ。すると、もう、月鏡サラトリの離宮ではなく、神祇寮しんぎりょうへと帰るのか。


「――わ、たしも、どっか、居候先いそうろうさきを探さないと」


「何を言っておる。おまえのことは後宮が引き受けると申し出て来たぞ」

 シャタルが休養室の入り口に立っていた。


「帝のお越しでございます」

 うしろにブグンが控えていた。


「どうだ。具合は」

 帝の側に籐で編まれた椅子と丸テーブルが、召使いの手によって運び込まれてくる。

 瞬く間に、丸テーブルに軽食の用意がなされた。

 こういうときは使役コンピュータでなく、人力というところが、この世界の文明だ。

 帝は今日の茶時間さじかんを、お見舞いに当てたのだろう。


日女ひめのもあるぞ」

 今日の茶の供は、笹の葉に包んで蒸したちまきのようだ。


「おありがたい」

 真白月ましろつきは早速、相伴しょうばんに預かる。


(そうか。この人のところへいれば、食いっぱぐれないんだよなぁ)

 真白月ましろつきはシャタルを、じっと見た。

(この人。性格はどうかなって思うけど、けいざいりょくはある。……なんてったっけかな。こういう人のこと)


「……ぱ、ぱ」

 小さく、つぶやいてみた。


「ん?」

 シャタルはちまきの笹の葉をむいていた手を、一瞬止めた。


「ぱぱ」


 〈ぱぱ〉とは古代語だった。いくつかの古代語は、この大陸で現在も意味が通じる。〈ぱぱ〉は、その中の言葉の一つだ。〈父親〉を示す最高鋒の敬称だ。


「い、今、われのことを、何と」

 ちまきのモチ米のかけらが、ひざに落ちるのにも気がつかぬほど、シャタルは、ぼうぅっとした。

「ぱぱ」

 真白月は、シャタルをみつめて、もう一度、繰り返した。

 

「――なんだか、胸が、ぎゅっとしたぞ。なんだ。この感情は」

 シャタルの胸が波打つ。

「それは父性の目覚めというものかも知れませんな」

 ブグンが解説した。

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