38  義理母!

「皆さま、おそろいでしたか」


 内務府ないむふおさが何用だろうか。皆が注視する中、ブグンは立て板に水のように申し立てた。

「タショール妃、イメール妃を月の日女ひめが茶話会に、お招きしたいと申されていたのです。通達が遅れたのは、このブグンの不徳の致すところ。どうか、広き御心でお許しあれ。茶時間さじかんには昼御座ひるのおましにおいでくだされ。帝も同席なされます」


「帝が同席なされると?」

 二人の妃は色めきたった。


「時間が! 支度を! では、のちほど――」

 二人の妃も、その侍女も後宮の奥へと足早に戻って行った。


「茶話会の予定なんて、ありましたか」

 ユスがブグンに聞く。

「本日、月の日女ひめらが登城する御予定なんて、ございましたか」


「急に思い立って」

「ええ。こちらも急に思い立ちまして」

 どちらの男も食えない。




 さて、帝の公務の間の短い休憩。それを、茶時間さじかんと人は呼ぶ。

 たいてい、午前の仕事がずれ込んで、帝は、まともに昼食をとれない。

 そのための茶時間さじかんである。帝は一服しながらも、いつもは、ブグンの読み上げる陳情の書類を聞いているのだが。

 今日は、その時間が二人の妃と養子との歓談の場にあてられたのだ。


 タショール妃とイメール妃は短い時間で、めかし込んで来た。

 夏の薄物を、ふわりとまとったさまが涼しげだ。

 タショール妃は、大ぶりな、まろみを帯びた翡翠ひすいのブローチを胸元に。それも肌の白さに映えている。イメール妃といえば、その細い首に小さな水晶をつないだ何連もの首飾りをつけていた。そのきらめきが、顔色を明るくすることを知っている。

 

 このようにうつくしい妃を帝は、ただ後宮という鳥カゴに囲っているのだ。

 そもそも、後宮は帝の父帝の、し好で作ったものだ。現帝シャタルが望んだ形ではない。とはいえ。


 中庭に面した部屋は簡素だった。

 壁際のコンソールテーブルに青磁の壺が飾られているのみだ。


 指紋ひとつついていない黒檀のつやつやした長テーブルの上座に帝はついていて、二人の妃は、帝の左側にタショール妃、右側にイメール妃が座るのだった。父親の官位そのままに。

 真白月ましろつきは長テーブルの下座、帝の正面に案内された。

 

「息災なようだな」

 一言、帝は言ったきり、ゆっくりと茶を口に含んだ。

 いつもなら、ほうじ茶だが、ブグンが気を利かせて女性好みの花茶はなちゃに替えていた。

 添えられた米菓子は、米をついてもち状にし、甘みを抑えたあんをまとわせたものだ。

 帝の好物だ。


「はい。おかげさまで変わりなく過ごしております」

 タショール妃は答えて、しまったと思った。聞きようによっては、いやみったらしかったかもしれない。いよいよ眉間にしわがよる。


「夏摘みの花茶はなちゃですのね。香りが高い」

 イメール妃が茶器を口元まで押しいただいて、茶の、ふくいくとした花の香りを愉しむ。

「今の時期なら、薄荷茶はっかちゃも気分転換になるのではないかしら。あとで、お届けいたしますわ」


「……」

 真白月は口をはさまず、大人3人を観察していた。

 さすがに麦わら帽子だけ、はずした。


「――では、われは公務に戻る。ゆっくりしていきなさい」

 ほんの10分ほどで、帝は席を立った。


 あとには女3人が残された。

 部屋の続き部屋には、ユスと布留音ふるねが所在なげに待機している。キィキィは身分が使用人なので、後宮に残った。女官長との臨時の打ち合わせをすると言っていた。帰りに合流する。


「――」

 先に、ため息をついたのはイメール妃だ。

「本当にお変わりなく。帝におかれましては。忙しそうにしておられるわりに肌ツヤよろしくありませんでしたこと?」


「そうでしたか?」

 タショール妃は、ぼんやりとしか見えていない(近視)ので、あいまいにぼかす。


「ねぇ、あなた。帝にどうやって取り入ったの?」

 イメール妃は真白月ましろつきに届くように、声のかさをあげてきた。


 言われた言葉がわからなくて真白月ましろつきは、頭の中の辞書をくる。

りつく……?)


「見ためで取り入ったわけではなさそうね」

 さらに、イメール妃は追い打ちをかけてきた。


「〈サラ〉は希少な少数民族だからではないかしら」

 タショール妃は、都の貴人の女子にしては外部への関心も持っているようだ。


「〈白黒遊び〉で、わ、たしが勝ったから、でしょうか」

 ようやく、真白月ましろつきが答えた。


「白黒遊び。あぁ、盤遊戯ばんゆうぎね」

 タショール妃は、きょうだいで遊んだのを思い出した。


「帝を負かすほどの腕前で気を引いたってことなのね」

 ふむ、とイメール妃は考えたようだ。

「では、その技。わたくしたちに教えなさい」


「え?」

 タショール妃が小首をかしげた。


「そうすれば、帝が後宮を訪れるのではなくて?」

 イメール妃には確信があるようだ。


「そ、そうかしら」

 タショール妃の疑心暗鬼をイメール妃は、ものともしない。

「今まで、お色気作戦で誘いまくって撃沈したの。路線を変えなければダメだと思うの」

 貴人の女子にしては、発言が暴走しつつある。


「そう、よね」

 タショール妃も心当たりがあった。


 帝は、あきらかに後宮を避けている。

 タショール妃とイメール妃は、それぞれの大臣家の期待を背負って、シャタル帝のきさきとなった。拮抗きっこうする両家を考えた時、双方からきさきを娶るのは賢明な策だった。

 そうして、大臣家の娘のどちらかが懐妊すれば、序列はおのずとつくはずだった。

 しかし、懐妊しなかった。

 だんだんと、懐妊に至る、もろもろから帝が逃げ出した。

 その経緯を、タショール妃もイメール妃も打ち明けない。 

 跡継ぎがいなければ、金杭アルタンガダスの土台がゆらぐとわかっていても、帝は、もう、かたくなだった。固くするのは、そこじゃないだろ、と双方の妃は思っている。


「一回、お世継ぎ懐妊計画はあきらめたかに見せて、帝を油断させ、とにかく後宮に連れ込むのね」


 真白月ましろつきには刺激の強い語句が、立て続けに並ぶ。15歳過ぎたら、わかるようになるだろうか、これ。


「月の日女ひめ。あなた、後宮に来なさい」

「え」

「え、じゃない」

 イメール妃は、ずんずん決めてくる。

「あなたが帝の子なら、わたくしたちは、あなたの母よ。母。親孝行していただくわ」


「きっと、月の日女ひめが後宮にいれば、帝は来ざるを得なくなるはずね」

 タショール妃も同意だ。


「ねぇ、日女ひめ。あなたも、かわいい弟か妹が、ほしいでしょ」

「そうね。わたしたちは家族になるのよ」


 いきなり、あくの強い母が二人も! 真白月ましろつきにできたのだった。






※〈昼御前〉 帝が食事をとる部屋

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