39  求婚者参上

 茶話会が終わった。


「えらく話がはずんだものだな」

 ユスは、ふわぁっと大きく伸びをした。長椅子で座ったまま、仮眠していたという。

 二人のきさき真白月ましろつきは、ゆうに1時間は話していたらしい。

「帰るぞ」


「あれ? 布留音ふるねは?」

 続きの間には、布留音がいなかった。

「おまえが、あんまり待たせるから、鞍楽クララを見に行った」

 真白月ましろつきから離れたがらない布留音ふるねを、『だけど、あのは、おまえの管轄だろ』とは、ユスが言ったことだが。座ったままで、うたた寝をはじめたユスを見て、布留音ふるねは、しょうがないと腰をあげたのだ。


「そっか。おありがたい」

 真白月ましろつきは麦わら帽子をかぶり直した。

 

 

 そのまま、宮中の長い廊下を抜けて馬留うまとどめまで行くと、なにやら騒がしい。

 鞍楽クララが人目を集めてしまったのか。急いで、真白月ましろつきとユスは人込みをかき分ける。


「――だから、お願いします。ぜひ」

 布留音ふるねが、男子に追いすがられている。


「エルヘス殿。いかがされましたか?」

 ユスが、布留音ふるねと男子の間に入った。

「ユス・トゥルフール大尉!」

 二人は顔見知りらしい。

「この御仁! なかなかにできる人のようです! 馬も、すばらしいし!」

 男子は興奮している。

「ぜひ、手合わせして欲しいとお願いしていたのです!」


「いえ。わたしは、たまたま、ここに来ただけで、剣術も興味はないと申し上げているのですが」

 布留音ふるねは、そのお願いを辞退したといったところか。


「その言い訳は無理があるだろ。そんな長剣をさげておいて」

 ユスが、布留音ふるねの腰のベルトにさげた長剣を目線で指す。

 その長剣は古式ゆかしい作りのさやに収まっていて、都の者にはめずらしく映るだろう。


従騎士団じゅうきしだんにて手合わせを、ぜひ! この馬もかわいいなぁ。どこ産の馬ですか」

 男子は鞍楽クララにも、すり寄らんばかりだ。


「ひひぃん」

 鞍楽クララは、ベタな馬の鳴きまねをして、ずり下がって男子を遠ざけようとする。


「――ごめんね。鞍楽クララは人見知りをするし、布留音ふるねは、そんなに強くないから」

 鞍楽クララと男子の間に、すっと真白月ましろつきは割って入った。

 それで、事を収めたつもりだった。


 が。


「わ、わたしが強くない、と」

 布留音ふるねの声がふるえていた。青ざめている。

「あれ? ダメ? ダメだった?」

 真白月ましろつきは、うろたえる。


「繊細かよ」

 ユスが、かわいそうなものを見る目になった。

「どうするよ。落ち込んじゃったよ」


「えぇ。ごめんなすって。本当に、そう思ってるわけない。しつこい勧誘を断る、カワウソもほうべんだよ」

「本当ですか……?」

 星灰色せいはいしょくの瞳はうるんでいる。

布留音ふるねは強いよ。まず、脅し方が卑怯だし」

 布留音ふるね赤金斧ゼフスフ公ドルジを襲った時の事とか、トゥヤの部屋へ押し入った時のことを言っている。

「……ほめてない」

 ますます、神官騎士はいじけていく。


(こんな人だったっけ?)

 真白月ましろつきは、とまどった。

布留音ふるねはつよいつよい」

 だんだん棒読みになった。


「……そこの男子」

 布留音ふるねが決心したように、顔をあげた。

「手合わせの件ですが、受けましょう」

 さっきまで、うっとおしがっていた男子へ、かしこまった。


「え? やる気になったの。神官騎士殿」

「えぇ。日女ひめに認めていただきたいので」

「……かっこいいとこを見せたいわけだ」


 そのやりとりを聞いていた男子は、改めて布留音ふるねを見た。

「神官騎士……」

 今度は、薄桃色のハーフマスクの真白月ましろつきを、まじまじと見てきた。

「月の日女ひめっ」

 思い出したらしい。


「お披露目のときと、ずいぶん印象ちがうっ」

「あのときは、盛ったから!」

「しゃべった!」

「わ、たしが、しゃべるだけで、なぜ、みな驚くー」


「エルヘス殿、ちょっと落ち着いてくれ。日女ひめのことは内内密だ」

 ユスが男子を、ぐいと引き寄せた。

「はっ、はい」


 それから男子は、てきぱきと段取りしだした。

「えぇとですね。では、週末にでも従騎士団じゅうきしだん訓練場で、お手合わせ願えますか。使用許可等は、わたしが通しておきます。といいますか、トゥルフール大尉たいい。通してくださいよ」

「あぁ? オレの仕事を増やすのか。こいつらのお守りで手一杯なの。わかるだろ。タショール君」

 ユスはエルヘスの父姓ふしょうで呼んできた。


「ユス先生のトモダチなんですか?」

 真白月ましろつきが、二人のやり取りに混じった。


「友だちはおそおおいです。私は部下です」

 エルヘスが、ぴっと敬礼してみせた。

「いや。それ、便宜上。オレは従騎士団じゅうきしだんには名のみの所属」

「それでも、一応、上司ですよね」

「一応って。大臣家のは礼儀がなってない……」

?」

 また、真白月ましろつきは、わからない言葉が出てきて、らしい男子をみつめた。


 エルヘスは、その視線に笑みで答える。

「エルヘス・タショールです。たしかに左大臣家の四男です」

 そして、父親に言われたことを思い出した。

「あなたが月の日女ひめとしたら、もう、ここで、交際申し込みしておこうかな」



 エルヘス・タショールは考えるより身体からだが動く。

 目の前の女子が月の日女ひめと認知した途端、口が動いていた。


「あ、会ったばっかりぃぃぃ~」

 真白月ましろつきは、いいい~~~という口の形のまま、固まった。


「この間、お披露目会で会ってますよ」

「いや、ごめんなすって。こっちは、まったく視野に入っていない」

 ない、ない、と真白月ましろつきはオーバーアクションで両手を振った。


「どういう展開だよ。落ち着け。タショール君」

 ユスが止めに入る。

「わたしと月の日女ひめが婚姻したりすると、父にとって何かと都合がいいらしいんです」

「政略結婚かよ」


「せいりゃくけっこん。あいといんぼうが渦巻く――」

 真白月ましろつきの目が輝いた。


「お前、システムってやつで、そんなんしか観てないだろ」

 ユスは確信した。


「絶対にダメだ! わたしより強い者でなければ、日女ひめとの婚姻は認めない」

 布留音ふるねが、やがて来る戦いに向けて燃えはじめた。

「エルヘス・タショールよ。日女ひめに交際を申し込むのは、わたしに勝ってからだ!」


「溺愛親父かよ!」

 ユスは頭が痛くなってきた。

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