40  所長はカン違いする

「それで、どうして、〈辺境の新参者 VS 金杭アルタンガダス従騎士団じゅうきしだん 親善対抗試合〉みたいになってるの?」

 トゥヤは、わけがわからないという顔で聞いてきた。

 それは、そうだと真白月ましろつきも思う。


 月鏡サラトリの離宮、岸辺の館。

 置き畳の部屋では栗の木の丸い座卓を囲んで、また作戦会議がなされている。

 真白月ましろつき、トゥヤ、布留音ふるねの3人だ。本日、ユスは考古学者としての仕事で、研究所とやらに出向いているということだった。


「ユス先生が考古学者だって、ほとんど忘れてた」

「うん。ぼくもだ。それに従騎士団じゅうきしだんの大尉でもあったんだね」



 先日、布留音ふるねがエルヘス・タショールに啖呵たんかを切ったところに、トゥヤと神祇伯しんぎはくが合流した。キィキィも戻ってきた。


「そりゃ、おもしろい」と神祇伯しんぎはくがのった。

 すると、話が大きくなった。

 従騎士団じゅうしだんの大佐まで了解を取りに行ってしまった。

 もはや、イベントになってしまった。


「どう数えても、辺境チームが人材不足でしょ」

 トゥヤを大将とし、布留音ふるねが副将。ユスが加勢する。

「3人しかいない」


 そこに、遠慮がちに真白月ましろつきが手をあげた。

「わ、たしも、やる」


「へっ」「えっ」

 トゥヤと布留音ふるねから変な声が出た。


「一応、システムで武術は学習した」

 したのだ。真白月ましろつきは。


「仮想体験だよね。仮想現実バーチャル・リアリティ! 実際、戦ったことないよね!」

「だけど。だから。この機会に、実際、やってみたいかなって」

「たしかに護身術くらいは、日女ひめに身に着けていてほしいですね」


「あと、助っ人のあて、あるよ?」

 真白月ましろつきは思いついていた。

「ニキとナグヤ。彼女たち、強いでしょ」




 さて、ユスであるが。

 本日は久方ぶりの本来の仕事だ。

 弦月ハガスサラの城の報告書をまとめてきた。


 古代文明研究所は大学舎の一角にある。だが、何のための建物か知らぬ者さえいる。現帝の道楽と陰で言われている部署だ。


 大陸から集まりつつある資料を保存し、編さんしていくのが、この研究所の役割。研究員は大陸の各地に散っていて、報告にしか、この建屋には寄らない。

 故に、ここには非常勤の職員と所長しかいないのだ。


「ごくろうさん」

 所長が、資料で埋め尽くされた机から顔をあげた。

 また資料に没頭して家には帰らなかったのだろう。無精ひげが伸びたままだ。

「ひっさしぶりだねぇ。トゥルフール君」


「まぁ、そうですよ」

 巡察使団じゅんさつしだんが都へ帰参するときしか、ユスは、ここに来ない。かれこれ2年以上はたっているだろうか。その間の報告は定期的に書面で送っていた。


「今回は弦月ハガスサラの城あたりだったね」

「はい。所長が目がつけていたあたりでしたからね」

「出たか」

「その言い方が適するかはわかりませんが、出ました。詳しくは、この報告書にて」

 ユスは、ここ何か月かのことを記した報告書を、所長の机の上の資料の山のいただきに置いた。


「つきましては、所長に会わせたい人がいるんです」

「そうか」

 所長が、そう大きくもない目を見開いた。

「いつだ。日を空けておく」

「来週の週末はどうですか。日曜日の早朝から従騎士団じゅうきしだん訓練場で親睦試合が行われます」

「スポーツ観戦が趣味なのか」

「行きがかり上、辺境組として駆り出されまして」

「いいところを見せたいわけだな」

「そんな気持ちはありません。長らく、わたしは訓練からは遠ざかっていますし」

謙遜けんそんするな。おまえの腕は見習いの頃から語り草だ。で、どこで知り合った? やはり、巡察で立ち寄ったむらか」

弦月ハガスサラの城で」

「年は、いくつだ」

「14歳と言ってました」

「……ちょ、。未成年じゃないか」

 所長が、うろたえた。

「ですが、これが、けっこうな耳年増でして」


「精神的には大人なので問題ないと? いやいや……」

 所長は、なおも何か言いたげにユスを見たが、ちょうど非常勤の職員が、ぞろぞろと出勤してきたので、話は、そこで断ち切れた。



(――縁遠いと心配していたが、決めるときは早いなぁ。しかし、14歳か。いかんだろ。トゥルフールめ。なんてやつだ。合意があっても犯罪だ)


 所長は完全にカン違いしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る