41  お手合わせ願います

 金杭アルタンガダス従騎士団じゅうきしだんは武の核であり、騎馬部隊と歩兵部隊に分かれている。騎馬部隊は騎士の称号を受けた貴族階級出身者で占められ、歩兵部隊の兵士は従属させた多民族出身者も含まれた。

 抜きんでた才能が認められれば、特例が認められることもあった。文官であったユス・トゥルフールが第さん従騎士団に、大尉という身分で半身突っ込んでいるのは、そのせいだ。



「日曜日の部下主催の親善対抗試合に、帝が、お運びになるというぞっ! どういうことだっ!」

 公休の週末にもかかわらぬ内務府ないむふからの知らせが、従騎士団じゅうきしだんの上に立つ大佐のもとにもたらされた。


「楽しそうな催しじゃな。観に行く」

 そう、帝がのたまわったそうだ。


 実は月鏡サラトリの離宮、岸辺の館には帝に通じる者が仕込まれている。

 そこに滞在する者たちが内密に事を進めていようが、大体のことは筒抜けになる。

 今回は真白月ましろつきが、「明日は朝早いから遊べない」と帝の誘いを断ったことが発端だったが。



「試合は、どのようになっておる!」

「エルヘス・タショールの人選に任せておりました。おそらく、若い者で選手を組んだかと。対する辺境の大将が、12歳の鋼鉄鍋ボルドゴゥ公公子さまですし」

「あとの面子めんつは聞いておるのか」

「〈サラ〉の部族の神官騎士なる者とかで。もともとエルヘス・タショールが、その神官騎士と手合わせがしたいという個人的希望からでありましたし。え?」

「どうした?」

「ユス・トゥルフールとあります」

 中佐が手元の資料を見て、ふるえた。

「ユス・トゥルフール大尉! 彼が辺境組に、なぜ入っている!」

 大佐も声がふるえてしまった。


「そういえば、彼は公子の家庭教師でした……」

「まずい……。若い者が、トゥルフールに勝てるわけがない」

「は、はい」

「たかが若い者の親善試合と言えど、帝の前で従騎士団じゅうきしだんが無様な姿を見せるわけにいかん」

「はい」

「急ぎ、選手を選抜し直せ」

「はいっ」

 中佐は従騎士団じゅうきしだんの寮舎へ走って行った。




 そして、日曜日。夜更けではないが夜明けでもない、とんでもない時間に従騎士団じゅうきしだん訓練場に、その一行は現れた。


「お招きいただきありがとうございます。鋼鉄鍋ボルドゴゥ公、公子、ナラントゥヤと月の日女ひめです」

 夜番よるばん従騎士じゅうきしにトゥヤが申告する。


「コンビ名みたくなったね」

 真白月ましろつきは楽しくなっている。早起きし過ぎて、テンションが変だ。

「あとは、〈サラ〉のたのしい仲間たち、でいいかなー?」と、仲間を振り向いてみた。

「オレは入れるな」

 間髪入れず、ユスが否定する。


(あ。感じワル

 尓支にきが唇をとがらせる。

(ふふ)

 奈久矢なぐやは笑っただけだ。


 二人が間借りしている共同住宅に、布留音ふるねが〈急ぎの伝令〉を走らせたら、『行く』と二つ返事で、ニキとナグヤは参加表明してきた。

 これで辺境チームは6人。もちろん、真白月ましろつきも入っている。


「どうする? 勝ってもいいの?」

 尓支にきは舌なめずりして聞いてきた。

「いいや」

 布留音ふるねが制する。

「手の内を見せるな」

「ふーん。朝飯前のひと運動ってわけかぁ」

尓支にき奈久矢なぐや日女ひめの援護を頼む」

「むむ」


 二人ともが何とも言えぬ顔をしたので、布留音ふるねは確かめる。

「……不安か?」

「いや……。日女ひめ、未知数過ぎて」

「実戦はしたことがないということなので、補佐してやってくれ」

「もちろんです。こんなことなら、里の〈ほーむすてぃ〉で日女ひめにも素振りをさせておくのでした」

 奈久矢なぐやが準備運動に入る。


 彼女らの得意とするのは棒術だ。しかし、今日は剣を使う。

「親善試合ですから真剣ではないのでしょう?」

ダミー練習用を使うと聞いた」

「重さがない分、楽でしょうけど勝手がちがってきますね」


 辺境チームは、すでに訓練場に入っている。

 

「学舎の剣術指南は従騎士隊じゅうきしたいの隊長補佐が行うから」

 ユスは名ばかりの従騎士じゅうきしだとは言うが、そのあたりは詳しい。

「学舎と従騎士団じゅうきしだんは常に連携をとっている。特に属国の子弟は囲い込むんだ」

 トゥヤが、そうされると示唆している。

 順当に行けば、トゥヤは帝近くに配置されるのだろう。それか、父親と同じく辺境に飛ばされるかだ。

「さてと。従騎士じゅうきしチームは何人、出してくるかな? 団体戦だと7人てとこだが。こっちは、誰が先鋒せんぽうに出る?」

 ユスは布留音ふるねに采配を任せている。

 

「ナラントゥヤさまに先鋒せんぽうをお願いいたします」

 大将だが年少のトゥヤを一番手にする。

「わたしは、あのタショールの若君にあたりますよ。約束ですから。次鋒じほうで、お願いします。日女ひめは、そのあと」

日女ひめねぇ」

 ユスは不安しかない。

 

尓支にき奈久矢なぐやをつけます」

「3人がかりか。相手に同情するよ」

「あとは――、ユス先生、お願いします」

「人使い、荒い……」

「疲れたら、交代するよー」

 尓支にきが気軽に声をかけてきた。

「ただし手加減できないけどー」

「コワっ」

 


「ナグヤさん、ニキさん。素振り、見てくださーい」

 真白雪ましろつきが、訓練場の端で呼ぶ。

 今日は、男子のSSサイズの生成りの訓練着を用意してもらったいた。そして、目元だけかくす薄桃色のハーフマスクをつけている。

 キィキィのお手製なる、それを真白月は、いたく気に入っている。

 今日も都合がつけば、キィキィは観に来たいと言っていた。後宮に入れる年間パスを持っているので、訓練場も入れるかもしれないと言っていた。

 そのことは、さして重要ではない。


 真白月ましろつきダミー練習用の棒剣を握りしめる。男子児童用だという。

「サイズ的には、そうなるか」

 いたしかたない。


「ハンデもらったほうがよくない?」

 尓支にきは長めの棒剣を手に取った。

「相手より長いの持った方が突けるよ」

「突く」

「そう。突いて」

 木刀を持った右手を前に出す。尓支にきの手の長さを生かした攻撃になる。

「これで、一本とれる。日女ひめだと正面からじゃ、一本はむずかしい?」

「だよね。鞍楽クララに聞いてくる」

鞍楽クララ? に聞くの?」

 尓支にき奈久矢なぐやには、鞍楽クララは馬とだけ紹介している。

「そうだよ」



「おはようございます。トゥルフール大尉。はっやいなぁ、みんな」

 見た顔が近づいてきた。

 エルヘス・タショールだ。

「こんな早起きなんですか。〈サラ〉の部族って」


「日が昇り切ったら暑すぎるだろ」

 まだ朱夏しゅかの名残がある。


「それが、帝が試合見学にいらっしゃるとか」

「……うわ、それでか。なんか、従騎士団そっちが落ち着かない感じだと思ったら」

 訓練場に併設された長屋に、人が出たり入ったりするのが見えていた。


「わたしの個人的なお楽しみだったはずなんですが、なんだか大事おおごとになってしまって。申し訳ないけど、わたしとイメールの若君以外、大尉クラスが出ます」

「いっ。何、考えてんだよ」

 ユスが目をむいた。

「上から言われて……。仕方なくですよ?」

「こっち、ハンデあるんだよ。6人しかいないし、ひとりは日女ひめだし」

「ひっ、日女ひめですか」

「そこは、まぁ、忖度そんたくしてくれ」

日女ひめには、イメール殿に行ってもらおうかな……。うまく言っときます」

「よっしゃ」


「それじゃ、帝がお越しになったら試合開始です」

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