42  観覧試合

 帝も真白月ましろつきから「朝早い」と聞いていたから、平日にもまして早起きした。

 ほぼ日の出とともに、帝と、その供の者たちは従騎士団じゅうきしだん訓練所に現われた。従騎士団じゅうきしだんの中でも、帝の警護をする近衛このえの白い衣が観覧席を埋めていく。

 帝は真白月ましろつきをみつけると、扇をあげて振ってきた。


「わぁ。来たんだ」

 真白月ましろつきは思い切り引いた顔をしたから、

「そんな迷惑そうに言わない」

 トゥヤに、たしなめられた。


「――練習試合に使用する武器は片手模擬剣、両手模擬剣、または木製の長柄。それぞれ得意とするものを、ひとつとします」

 3人の審判のうち、ひとりが説明をはじめた。

 用意してある模擬剣は片手剣、両手剣とともに、全長95センチ、刃渡り8センチほどだ。長柄は1メートルほどの木棒である。


 そして、主審には選手名を墨書きした紙が、それぞれの大将から差し出された。

 辺境チームの大将はトゥヤ。

 従騎士団じゅうきしの大将はエルヘス・タショールだ。


「では、はじめる」

 審判の合図で、それぞれの一番手が前に進み出る。


 こちらからは、トゥヤが。

 あちらからは、上背のある男が出て来た。


「げ。教練補助指南出してきた」

 ユスがうなった。


「おじさんですね」

 真白月ましろつきは〈おじさんセンサー〉でもって認定した。


「たしかにだよ。12歳の少年に補助指南、当ててくるたぁ、えげつな」

 ユスが、もう人相悪くなっている。


 向かい合った二人は生成りの訓練着の上に胴着と、すね当てをつけている。

 首、目、頭を狙うのは禁止だ。防具は、それぞれに任されている。ただし、装着し過ぎると動けなくなる。だから、たいてい最小限にしか、皆、防具は付けない。実戦とすれば、防具の重さに耐えることも必要になるのだが。


 トゥヤと学舎教練の男との試合は、力の差は歴然としていた。トゥヤの剣は余裕で受け止められてしまう。男は自分からは仕掛けない。トゥヤに打ち込ませて、それを受けるのみ。

「いや、よく続くよ。いたぶってんじゃないか」

 ユスがいらつきはじめる。

 もう10分、それが続いている。そろそろ時間切れで引き分けとなる。

 トゥヤの息が切れて、剣先が甘くなった頃、相手が攻撃に転じた。


 脇を一本。

 肩を一本。

 

 二本先取したほうが勝ちだ。


 トゥヤは砂埃すなぼこりにまみれ、くやしそうに帰って来た。

「すみません。負けてしまいました」


「お疲れ。よくやったよ」

 ユスがねぎらう。

「じゃ、次、オレ、行かせて? 同点に持ち込んどきたい」

「わたしでは負けるとでも?」

 次鋒じほうだったはずの布留音ふるねが、むっとした。


「いや。おまえはエルヘスと手合わせなんだから。見せてやってよ。〈サラ〉の剣さばきを、さ」


 あちらからは、ユスよりは年上と思える男が出て来た。

 あっという間に、ユスが二本先取して帰って来た。

いこう」


 布留音ふるねが立ち上がる。

 それを見て従騎士じゅうきしの中から、エルヘスが立ち上がった。



「よろしくお願いします」

 エルヘスは、にっこり笑った。布留音ふるねは会釈して無言だ。


 試合がはじまる。

 エルヘスは両刃の模擬剣、布留音は片刃の模擬剣を手に取った。


(へぇ。めずらし)

 エルヘスは、布留音ふるねの動きに目をみはった。

 従騎士じゅうきしでは見ない剣さばきだった。

 

 対する布留音ふるねも、金杭アルタンガダス従騎士じゅうきしと剣を交えるのは、はじめてだった。

 双方、力で押すのではない。まるで、舞踏のような動きで、相手の剣をかわしていく。


(これは。本気出さないと負けるかも)

 エルヘスは、ちょっと楽しくなって、うすく笑った。

 それが、布留音ふるねのカンにさわったらしい。打ち込みの速度が増した。応じるように、エルヘスの動きも早くなる。


「わぁ」

 辺りから熱いため息がもれた。


布留音ふるねっ! ナイス剣筋けんすじ~!」

 そのとき、いきなり、真白月ましろつきが叫んだのだ。

「パワ~~~!」


 布留音ふるねがエルヘスを押しはじめた。脇に剣を当てた。一本だ。


「あの声援で、がんばれるのか……」

「愛だね」

 ユスとトゥヤが引き気味だ。


 あわてたのは、従騎士じゅうきしチームだった。


「がっ、がんばれっ。タショール君っ」

「エルヘスっ!」

 無難な応援をはじめる。


「ヘイヘイ! キレてる! キレてる! 仕上がってるよ~!」

 しかし、真白月ましろつきの叫びに負ける。


(どこの国の応援の仕方?)

(たぶん遠い国)

 尓支にき奈久矢なぐやは読唇術でやり取りしている。


「伝家の宝刀~! 抜きます~抜きます~!」

 妙な振り付けまで混じりはじめた。


「うっ」

 エルヘスのはら布留音ふるねの二本めが入った。


 

 お辞儀をしてから、エルヘスは布留音ふるねに握手を求める。

「ありがとうございました」

「こちらこそ」

 布留音ふるねが手を伸ばす。その手を両手で取って、エルヘスは笑う。

日女ひめの応援が……。笑わせ過ぎで、フェアじゃない。は持ち越しでお願いします」

 そうして、エルヘスは従騎士じゅうきしチームのメンバーの元へ戻る。

「面目なーい。負けた! ハラチカラ入んなくなってしまって」


「いや。逆に、あれ聞いて、よく耐えたな」 

「すげぇ精神攻撃だ」

 真白月ましろつきの応援のことだ。


「次、ホランでいいだろ。そろそろ日女ひめの番じゃないか」

 エルメスが振り向いたのは、静かに座っているホラン・イメールだ。

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