37 後宮を素通りでき……
さて、
「すると、月の
はっきり、「月の
「あれ? ばれてる?」
「いや、馬が、少しばかり規格と外れておりますし、その格好は庶民風ですが生地が庶民の手に入る質ではございません」
「さすが
キィキィが、ここぞとほめそやす。
「
そう、
「お願い」
「いっしょに
キィキィは、ちょっと驚いた顔をしたけれど、ふっと表情を和らげた。
「せまいでしょう? 独り用ですよ」
使役用コンピューターが担ぐから、ある程度の重量オーバーは可能だが、機動性重視で小型なのだ。
「わ、わたしが輿に乗って、キィキィさんを歩かせるのは。行きのときも気になっちゃって」
「まぁ、おやさしい。美少女と密着して
「キィキィ殿にも馬を!」
大通りを一直線。宮殿の門を越えてからが長いぐらいだ。
「いささか時間がかかりましょう。よろしいですかな」
前もって、
「りょーかい」
宮殿の外門では、
次に内門を次々抜けていく。塀に囲まれた通路は迷路のようだ。この大陸で、一、二を争う都とならんとしている。それが
本殿に接近した
「わたしはナラントゥヤさまと関係部署に参ります。ユス。おまえは
「そうさせてもらいます」(こいつら、野放しにできないんで)
ユスが心の中で言っている、こいつらとは、もちろん
「
「ハイ。待てます。もちろんです」
「いるだけで、すでに人目を集めている気もするが……」
ユスが何度見ても
「
「先に帝に御挨拶しておこう」
「りょーかい!」
それは、目を引く一行ではあった。
宮中で、実は知らぬ者はいないユス・トゥルフール。
麦わら帽子に薄桃色のハーフマスクの子。
銀縁眼鏡、ぼん・きゅっ・ぼんの女。
銀髪、
早速、呼び止められた。
身分のありそうな女官である。
「
その衣の濃い緑の色、落ち着いた年齢から見るに、女官でも位が上のものだ。
そして、後宮に関することについては
「成り行きだ」
ユスは答える。
「まぁ。
モミ手でキィキィがすり寄って行った。
「キィキィ。後宮を素通りとはいかに」
女官長と呼ばれた女は眉をしかめる。
「今日は別件にて」
「あの者たちは? 見慣れぬいで立ちじゃ」
女官は、いちばん怪しげな
「〈
キィキィは、こっそりと小声で耳打ちする。
「何?」
初老の女が目をひんむいた。
「ならば、なおさら後宮を素通りとは許されませぬぞ……」
「ユス先生、もしや気まずい空気」
「空気、読めたんですね。
キィキィが戻ってきた。
「後宮に先にご挨拶した方がよさそうですよー。
「それ、怖いヒトたち?」
「ふ。……宮中で生きていくためには、敵を増やさないことですぅ」
「絶対、怖いやつやん」
「はぁ。そうだな」
ユスがため息をつく。
「だが、後宮には男は入れん。一年に一回、年末大掃除のときしか」
「七夕じゃないんだ」
「どこの行事だ、それ」
「1年に1回しか会えない恋人たちの話だよ」
「それは恋人と言えるのか」
「お話中すいませんけどー。後宮には寄っていただけるのかしら」
女官長を待たせていた。
「こうきゅう!」
「あいとよくぼうが渦巻くところ?」
「まーた! なんか、システムで観たのかよ!」
ユスは鋭い。
「お静かに!
女官長に叱責された。
さざめくような鈴の音がする。
イメール妃が。タショール妃が。それぞれ、お付きの侍女を従えてやってきた。
誰かが、
「――イメール妃さまから、お言葉を」
タショール妃がほほえむ。
「いえ、年上のタショール妃さまから、お言葉を。そのほうが重みがありますもの」
イメール妃が謙遜する。
(ふたつ。ふたつ年が上なだけよ)
タショール妃は笑顔だが心で毒づく。
「そうね――」
仕方なく、一歩前へ出る。
「タショール妃さまとイメール妃さまなるぞ。皆のもの!」
女官長の声で、辺りにいた者は、なお
タショール妃が、
「月の
「いえ。そのような。わたしは、神官騎士でございます」
タショール妃は
「その方は男、男です。
キィキィが
「あ」
実は、タショール妃は目が悪かった。眼鏡をかけるぐらいの視力のところを、裸眼で通していた。それにしても。
「老眼かしら」
イメール妃が、ぼそりとつぶやいたのは誰も気がつかなかった。
「――申し遅れました。はじめまして。生まれも育ちも地下迷宮。人呼んで月の
そうして、両の手の先が、ひざ頭につくほどの礼をした。
「あ、これから気をつけるように」
タショール妃は真っ赤になっていた。この場から立ち去りたかった。いちゃもんをつけようとしていたのも、うやむやにした。
引き下がらなかったのは、イメール妃だ。
「後宮を挨拶なしに通り過ぎようとしたのですよ。この者は連綿と続く後宮の歴史を侮辱したのです」
ちなみに後宮の歴史は、そんなに長くない。
どうやら、ただ謝っただけではダメなようだ。
「これはこれは」
そんな
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