21  オット登録

 〈四匹の力持ち〉の4つのアーチ門のある小部屋に、ユスが来たのは、はじめてだ。

「うわ」

 よろけて、ほの白い石の床に、かがみ込んだ。


「大丈夫?」

 真白月ましろつきがユスの顔をのぞき込んだ。

「なんか、はじめて船酔いになったときを思い出す……」

 かがんだままのユスは、口元を抑えた。


布留音ふるねは大丈夫なんだよね?」

 真白月ましろつき布留音ふるねの顔を見上げた。

「はい。ぐるぐる、体、振り回された感じではありますがね」

 布留音ふるね真白月ましろつきにベールを返した。


「お前たち、丈夫過ぎるだろ……」

 ようやく、ユスは視点が定まってきたので起き上がった。


「うん。そう言えば、地下迷宮にはカプセルに入って、ぐるんぐるん廻るアトラクションがあったから。それ、転送に耐えるための訓練だったのかな」


「私は岩場で連続回転とか、鍛錬していますから」

 布留音ふるねも、しっかり訓練済みのようだ。


「地下迷宮って、何なんなんだよ。もう」

 げんなりした様子のユスが、小部屋のドーム状の天井を仰ぎ見ると、「それは、六天舞耶ロクテンマイヤさまからお聞きくだサ」天井から灰滋ハイジの声が降って来た。

い止め薬を、お出シましょウか」


「ありがとう。それには及ばないかな?」

 真白月ましろつきが天井に答えた。


「お帰りなサ。トモダチとゴ一緒スか」


「て、天井が、しゃべってる?」

 ユスは、ぽかんとして上を見上げた。


「地下迷宮の入り口の番人だ」

 布留音ふるねは、おおよその知識はあるのだろう。


「ハィィ~!」

 灰慈ハイジが、いつもより元気よく、螺旋階段の下りのスイッチを入れたようだ。ぐが、ん、と、大きめの音がした。

「どぞ。下る間に、滅菌処理を行いマ」


「ついてきて」

 真白月ましろつきは先頭に立つ。男二人は従うしかない。

 まちがいなく、ここは彼女の縄張りだ。


 螺旋らせん階段を下りて石廊下。石廊下は直線。ずううっと向こうの引戸の前に、鞍楽クララが仁王立ちになっているのが、すぐに見えた。


「……なんか、デカいのいる。娘の朝帰りを玄関で待っている、お父さん」

 ユスが、つぶやいた。

「送ってきたボーイフレンドBFが、お父さんにボコボコにされるやつ」

 身に覚えがあるようだ。


「ただいま!」

 真白月ましろつき鞍楽クララの腕の中へ飛び込んだ。

「――お帰りなサ」

 鞍楽クララが抱きとめる。


 そのうしろで、ユスは声も出せずに、その半人コンピューターを凝視していた。

(デカ。見た目、戦闘用コンピューターだが? こういう型があったのか)

 

 鞍楽クララも二息ほどの間、ユスを頭から足まで見、次は、その横にいた布留音ふるねを頭から足まで二息ほど見た。

「双方、生殖機能、問題ナシ」


「な、なななな」

 ユスもだが、布留音ふるね狼狽ろうばいぶりがすごかった。


真白月ましろつきさまのオットさまデは?」

 鞍楽クララから、ちゃきっと機械音がした。


「ちがい――」

 否定しかけた布留音ふるねをユスが羽交はがめし、叫ぶ。

「オット候補です。オット候補!」


「……何を」

 布留音ふるねが、じたばたするのをユスが押さえる。

「このデカいコンピューター、オット以外なら排除するころす気だ」


 たしかに、鞍楽クララは、そう組み込まれてもいる。


「デは、真白月日女ましろつきひめのオット候補、そのいち

 鞍楽クララは、自分のメモリにユスを登録した。

「オット候補、その

 布留音ふるねも登録。


「あっ。あと、もう一人。トゥヤってコがいる」

 真白月ましろつきは言っておいた。


「おぉ、モテモテでんナ。おひめハン」

 鞍楽くららは、時々、どこか異国の言葉を話す。

あねさんが、お待ちですヨ」


「ねぇ。わ、たしの留守中、なんか、観てた?」

「ためてたのを一気観したんドスぇ。よごザんシた」


 真白月がいなくて寂しがっているかと思ったら、この機会に、『銀河任侠伝説』を、まとめて観たらしい。



 地下迷宮の中は薄暗いものの、空気は清浄だった。中心へ歩んでいるのか。ひとつの扉の前で止まる。扉の真ん中が分かれ、両脇にしまわれた。


「 帰ったか。真白月ましろつき 」

 声がドームに響く。城のホログラム三次元画像の女神像から放たれた声だ。


 そこは、螺旋らせん階段の小部屋を、もっと巨大にしたドームだった。中央にあるのが、六点舞耶ロクテンマイヤ、すなわち地下迷宮のメインコンピューターだ。

 ろくろで回したような、なめらかな円錐えんすい形の。


(古代の魔法ではなく、これは科学だ)

 ユスは、ため息をつく。


「 オット候補、その壱君いちぎみ、興味がおありか 」

 六天舞耶ロクテンマイヤの声が響く。


 鞍楽クララというデカい半人コンピューターと、メインコンピューター、六点舞耶ロクテンマイヤはつながっているのだろう。ユスは早速、そのいちと呼ばれた。

 では、布留音ふるねは、そのかと思えば。

 そこは六天舞耶ロクテンマイヤ


「 フルネ 」

 名を呼んだ。

「 ――ツブラ氏の一人は、この地下迷宮で、みまかった 」


弦月げんげつの城からいなくなった公子ですね」


「 代々の螺良つぶら氏と、ワレは契約を結び、この地下迷宮を守らせた。返礼として少しばかりの知恵を授けてきた 」

 六点舞耶ロクテンマイヤが懐かし気に言う。


(コンピューターだよな、これ)

 ユスは黙って、そのやり取りを聞いている。そばで聞いていると普通に会話だ。


「おんじぃのお部屋へ案内してもいいですか?」

 真白月ましろつきがメインコンピューターの側面に、甘えるように両手をついて話しかける。


「 許す。鞍楽クララ、案内を 」


(まるで、感情があるかのようだ)


「こちラへ」

 奥の通路へ、鞍楽クララいざなう。



 ここは、どのくらい地下なのだろう。

 想像もつかない。

 自然石ではない、黒っぽい真っ平らな廊下と壁が続く。


(この辺りの山脈で産出される、星石せいせきに似ているか……)


 廊下の突き当りのドアが、自動で開いた。

螺良つぶらさまの部屋でっス」


 その部屋は広くはない。書斎のようだった。コの字型の机の前に、背もたれが大きな椅子がある。壁は何も映さない窓と本で埋め尽くされていた。

 机の上はノートとペンが無造作に置いてあった。ふいに持ち主が帰ってきそうな、そんな風情で。

螺良つぶら氏はアナログなお方デしタ」


「『遺伝子』、『免疫』、『ウイルス』、『解剖学』」

 ユスが、本棚のタイトルを追っていく。

螺良つぶら氏とは、研究者だったのか?」

 机の上のノートをぱらぱらめくって、とあるページで、ぴたりと止まった。


「心臓の動きと血液、補充療法、遺伝子挿入療法」

 そこには、何かの治療経過が細かな字で書かれていた。


「ウ」

 そのとき、鞍楽クララ検知器センサーが、〈外〉の何かを感じ取った。


「何?」

「城でっ、ナニカあタっ」

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