20  日女、帰還したい

 その夜の弦月ハガスサラの城は鋼鉄鍋ボルドゴゥ公の帰還で沸いていた。

 騎士団は久しぶりに全員がそろい、お互いの不在の間を埋めるのに忙しい。

 もっぱらの注目は、公子の客人として紹介された山岳の民〈サラ〉の日女ひめ君だ。

 風習でベールをすっぽりかぶっておられるが、うつくしいらしいと、兵士は浮き立っている。


(かくすことで、妄想が爆走している)

 真白月ましろつきはベールの効果に満足したが、一方でベールをとったときの反応が心配になった。


「月の日女ひめとお呼びください」

 その言葉も、お付きの神官騎士が伝えるから、ありがたさ倍増。


 騎士団への紹介ののち、真白月ましろつき布留音ふるねは大広間を、うす布のカーテンで仕切った一角へ案内された。

 そして、鋼鉄鍋ボルドゴゥ公自らがカーテンを開けて招き入れてくれるというサプライズ歓待の演出。トゥヤの人たらしな性格は、父親譲りとうなずける。

日女ひめは上座にお座りください」


 テーブルには、どーんと料理が積まれていた。

「皆に食べさせたくてね。諸国の名物を持ち帰ったよ。おススメは、非加熱の生ハムかな。干しイカも珍味だよ。――おや、ふるえておられる」

 真白月ましろつきが小さく、ふるえているのに鋼鉄鍋ボルドゴゥ公は気づいた。

「私どもが怖いかな? かつての敵ともいえる我らのところへ来るのは、並々ならぬ御決意だったことでしょう」


 崩れるように、真白月ましろつき布留音ふるねが引いてくれた椅子に座った。


「トゥヤ、日女ひめのお側に」

 そう言って鋼鉄鍋ボルドゴゥ公自身は、向こうにいるユスの隣に座った。

「公、下座ですよ、ここ」

 ユスが、半分本気で迷惑そうに指摘する。

「いいんだ、いいんだ」

 その息が酒臭い。


「もう、騎士たちと飲んじゃってますね」

「ところで、あれはあれなのか?」

「何ですか」

「トゥヤが、見初みそめたのか」

「あー、結果的にはそうですか」

「月の日女ひめとは。興味深いな」

 鋼鉄鍋ボルドゴゥ公が、ふっと笑った。


(こういうときの公は、何か企んでいる)

 長い付き合いで、なんとなくユスはわかる。



……、日女ひめ、寒いの?」

 トゥヤが、真白月ましろつきと呼びかけそうになって止めた。


(遠くない将来、まー、って呼び名にされそう)

 真白月ましろつきはベールの中で両腕をさすっている。

「見たことない、ごちそうの山で鳥肌たった」

 トゥヤにベールをくっつけて、小声で打ち明ける。


「あ、そうね」

 真白月ましろつきってこういう人だった、と、トゥヤは思い出した。

 

「月の民との友好を願って、乾杯」

 鋼鉄鍋ボルドゴゥ公が、今宵、何杯めかの杯で音頭をとる。



 1時間ばかり、御馳走ごちそうを堪能して真白月ましろつきは、そろりと席を抜けた。

 外廊下を抜けて、最初に、この城に出た中庭を探す。

 右の耳元、〈かぼちゃの馬〉につぶやくように思念を送る。

(帰還する。道筋を示せ)

 視覚の奥で、きらめくような了解を受け取る。そのまま、中庭をめざそうとした時だ。

「まー、さま」

 呼びかけられた。振り向くとユスがいた。


(まー、って呼んだね、今)

 予想通りだ。


「どちらへ」

 ナチュラルな笑みで聞いてくる。

「女子に、それを聞きますか。やんごとない用事です」

 真白月ましろつきはベールに、しわを作って答える。


「遠慮しろ。異教徒」

 いつの間にか布留音ふるねも来ていた。

「公子のほうがよっぽど大人だ。日女ひめが退出される理由なぞ聞かれない」


「じゃ、そーゆーことでっ」

 最後まで聞かず、真白月ましろつきは駆け出そうとした。が、右にユス、左に布留音ふるねにまわられ、それぞれ腕をとられた。


「どどどど、ぅいぅ?」

 真白月ましろつきは、じたばたするが2人ともが離さない。


「私は日女ひめの神官騎士ですから、どこまでもお供いたします」

「オレは、考古学の生き資料を観察する義務がある」

 こいつら、まったく気が合わないくせに、こういうときだけ息、ぴったりだ。真白月ましろつきはわめいた。「ごめんこうむるっ!」

 勢いよく、二人を振りほどこうとして、ベールが足元にずり下がって落ちた。布留音ふるねは、それをひらうのに真白月ましろつきの腕をつかんだ手を少しゆるめたが、ユスは「はいはい」と、口では言って手はゆるめない。


(むかつく~)

 しかめっ面の真白月ましろつきに、ユスが横顔を近づけた。

「これか? 何か通信しているのか?」

 真白月ましろつきの耳元の銀色のピアス=〈かぼちゃの馬車〉に気がついた。

「気をつけて。転送ポイントだからっ」

 何に気をつけるのかは、真白月ましろつき自身もわからなかったが。


 次の瞬間、白い光に包まれ——。


 

 そして、3人は、〈四匹の力持ち〉=4つのアーチ門の螺旋らせん階段の小部屋に運ばれた。

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