19  赤金斧公ドルジは悩む

 その頃、弦月ハガスサラの城の赤金斧ゼフスフ公ドルジは、2通の手紙を前に悩んでいた。


 『 叔父上へ


  日女ひめを里に送りがてら、親善訪問してきます。

  里の大切な儀式もあるそうです。ユス先生と一緒だから心配ないです。

  3日で帰る予定。

  父上が城に戻る前には帰ります―― 』


 甥っ子の置手紙にも心臓、止まるかと思ったが、それはそれ。

 問題の2通とは。


 『 鋼鉄鍋ボルドゴゥ公シドゥルグ 

    そして 赤金斧公ゼフスフドルジ へ 

 

   わが兄上たちにおいては 御健勝か。 

   兄たちの働きで、属国の帝国への恭順も変わりない。

   ただ、こう変わりがないと見過していることもあるやも知れぬ。

   都への一時帰還の時期も近付いた。

   土産話を楽しみにしている―― 』          


 要約すれば、このような内容だ。都の帝からの手紙だ。



 そして、前帝の長女である公主こうしゅが降嫁した国からも手紙が来た。

 その国の国主は、2年ほど前に落馬事故で亡くなり、今は未亡人たる、その方が国主こくしゅを名乗っている。


『 鋼鉄鍋ボルドゴゥ公シドゥルグ 

    そして 赤金斧公ゼフスフドルジ へ


  金杭アルタンカザスの都へひざを折り、幾重にも拝礼する。

 

  わが甥たちよ。息災か。

  以前、こちらの地に立ち寄りし時より、だいぶの年月が立った。

  巡察使じゅんさつしの仕事は気苦労も多かろう。帝は無理難題を言うてくるからな。

  また、こちらへ立ち寄りしときは歓待する。来い―― 』


  そういう内容だ。国主たる未亡人は、シドゥルグとドルジには叔母にあたる。


(行間を読むと、こわいんだな。どっちの手紙も)


 シドゥルグとドルジが、現帝の異母兄ならば、現帝と属国国主未亡人ぞっこくこくしゅみぼうじんは甥、叔母の関係だ。


 この方は、龍眼ルーヌドゥ公主と呼ばれる女性だ。

 産まれたときに、身体からだの両脇に竜のうろこの形のあざがあり、神祇官寮しんぎかんりょうの占いでは、世継ぎの相と出た。

 帝の始祖は海の龍神の御子という言い伝えだったから、龍のうろこを持って産まれた公主こうしゅが、始祖から世継ぎとして示されたと。


 しかし、前帝は世継ぎは男子という決まりを崩さなかった。

 ただ、始祖と同じあざを持つ公主こうしゅとして、破格の権利や持参金を持って降嫁した。

 これにて、世継ぎ争いは決着したはずだが、現帝に世継ぎがいまだ産まれぬことで、さざなみがたちはじめた。


 ドルジの眉間のしわが深くなる。


 大陸の小国を前帝が武力多めの交渉で従え、まあまあ、のほほんと暮らせるようになったと思ったら、今度は内輪もめか?


人死ひとじにが出るのは、ごめんなんだよ)

 兄、シドゥルグの意見を聞こう。どちらにつくかで、大きく未来が変わってしまう。



 

 そして、かくれ里では真白月ましろつき布留音ふるね、トゥヤとユス先生が、弦月げんげつの城へ戻ろうとしていた。


 下り坂の帰り道は勢いがつき、行きより早足になる。

 顔のベールをたくし上げた真白月ましろつきが、大岩から大岩へひらりと飛び移ったので、ユスは仰天した。


「身体能力、高いな。日女ひめ

 何でもないように言うのが、精いっぱいだ。


 大岩に立っている真白月ましろつきを、布留音ふるねが青くなって呼びかける。

「降りてきてください」


 ふんわりと降りる真白月ましろつきを、ベールごと、布留音ふるねが受け止めた。

「無茶なことはしないでください」

 言葉に怒気が含まれている。


「ごめんなすって」

 真白月ましろつきが、しょげた。


「わかってくだされば、よいのです」

 己の腕から真白月ましろつきを降ろして、布留音ふるね真白月ましろつきの着衣の裾を直した。


(……ったぁっ)

 見ている方が恥ずかしくなって、ユスは顔を背けた。

「ユス先生……」

 横ではトゥヤが、打ちのめされている。

「トゥヤさま。あれはですな。神官騎士としての務めです」

(お役目以上)

「……、精進したいと思います。領主として、男として」


(がんばれー)

 ユス先生は、教え子にエールを贈る。

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