22  城で何かあった

灰慈ハイジカら通信。弦月げんげつの城で何カあタ」

 〈四匹の力持ち〉の門の番人からの緊急信号を、鞍楽クララは受け取ったらしい。


「戻ろう」

 真白月ましろつきは駆け出した。ユスと布留音ふるねも、そのあとを追う。

鞍楽クララ。待機しといて」

「ヨごさんス!」


 3人は、螺旋らせん階段を登って、4つのアーチ門の小部屋まで一気に駆けて来た。


灰慈ハイジ!」

 天井を仰ぎ見る。


「――城デ何かあタ。ショウサイ不明」


「見てくる! 待ってて!」

 すい、と真白月ましろつきは、ユスと布留音ふるねから離れた。

 思えば、無謀だったかもしれない。


 竜の門を、すばやくくぐる。

 真白月ましろつきには、自分一人ならまたたきの時間で状況確認できる確信があった。

 白い光に包まれて、真白月ましろつきの姿が消えた。

 トゥヤの部屋へ。

 転送が終わり切らない内に見えた。寝台にぐったりと横になっているトゥヤ。そばにいる兵士たち。


 (戻る)

 〈かぼちゃの馬〉〉に、転送中止を知らせる。

 一瞬、螺旋らせん階段の小部屋に戻って、ユスと布留音ふるねの姿を見たが真白月ましろつきは、もう、白虎びゃっこの門をくぐっていた。


 ぐるんと風景が変わる。

 中庭の転送ポイントの周囲は、暗く誰もいなかった。そこから城の中をうかがう。大広間には誰もおらず、使役型コンピューターが、うたげの後片付けをしていた。

 先ほどまで、皆が夕餉ゆうげをとっていた場所の、うす布のカーテンが荒々しく引き裂かれ、赤く点々とした染みがあった。


 ――血。


(何が、あった?)

 トゥヤのぐったりした様子を真白月ましろつきは思い出し、あの螺旋階段、使役コンピューター用の通路から、トゥヤの部屋の様子をうかがおうと思いついた。

(トゥヤの部屋は召使部屋が下にある。召使部屋は調理室の隣。調理室は大広間の階?つまり、この階かも)

 真白月ましろつきは、すばやく城の間取りを推察していた。

(時計まわりに探っていけば、きっと見つかる)


 使役コンピューターの動きを目で追った。彼らは、きっと調理場へ皿を戻す。それから召使部屋へ待機するはず。そうっと、真白月は1体の使役型コンピューターについて行った。使役型コンピューターは真白月ましろつきを意にも介さない。人が命令を下さない限り、作業に特化する初期型タイプだ。

 はたして、使役型コンピューターは調理室へ行った。

 調理場のそばに小部屋が並んでいる。

 小部屋をのぞくと上に続く、螺旋らせん階段がある。


(たぶん、3階は城の主人の家族の居住区)

 今、真白月ましろつきは机上で得た知恵を総動員している。


 螺旋らせん階段を、そっと登る。上の部屋は暗い。目が慣れるまで待つ。応接間のようなしつらえが、だんだん見えてきた。トゥヤの部屋ではない。でも、近いはず。

 背中に窓のある壁、その他、三方向に扉。だとすると、目の前の扉は廊下に続くだろうと真白月ましろつきは考えた。左右の扉のどちらかが、たぶんトゥヤの部屋へつながっているのではないか。


(鍵穴から中が見えれば)

 扉にかがみ込んだ。


 ばさり。

 そのとき、うしろから衣をかけられ、しっかりと押さえ込まれた。

「おひめさん。迷子になられたかな」

 ドルジの声だった。

 そのまま、真白月ましろつきは衣ごと抱えられて、真白月ましろつきが開けようとしていた部屋に入った。 

「ゆるめに拘束させていただきますよ。おひめさん」

 衣にくるまれたまま、ひもか何かで縛られた。そして、寝台に横に転がされた。


「よく眠れる香をいておりますから。ゆっくりお休みください。お側にはトゥヤもおりますので」

 そう言って、ドルジは部屋から出て行ったようだ。


 真白月ましろつきは、もがいた。

(せめて、おじさん臭くない衣にしてほしかった……)


 ドルジは自分の着ていたガウンでも、真白月ましろつきにかぶせたのだろうか。衣に染みついた言いようのない、おじさん臭に気力を奪われ、しばらく倒れたままになった。

 ――ダメ! がんばれ、たわし!

 このままでいたら、このおじさん臭を、ずっとずっと嗅いでいなくてはならない。 

 

 そばにトゥヤがいると、ドルジは言った。

 真白月ましろつきは、ころりと体を転がすと、右側に人の体の気配があった。頭をずらして、その体に乗せてみる。冷たくはない。

 ようように真白月ましろつきの耳が心臓のありかを突き止めて、人の鼓動を聞いた。


(生きてる)

 とりあえず、ほっとする。その間もトゥヤは起きない。

(よく眠れる香)

 そういうものがあると、システムで学んだ覚えがある。しかし、真白月ましろつきは眠くならなかった。

(効かない? わたしには?)

 それもあるかもしれない。たぶん、おじさん臭のほうが勝った。


 そこで、ごそごそ身体を動かしてみる。本当に、ドルジは、ゆるくしか拘束していなくて、真白月ましろつきは蛇の脱皮のように足元から抜け出していった。


 まず、香の火を灰をかけて消す。


「トゥヤ、トゥヤ」

 小さな声で呼んでトゥヤの頬を軽くたたくが、目を醒ます様子はない。

 枕元のソルトランプのだいだい色の光が横たわるトゥヤを照らしている。血の匂いがした。服に飛び散ったものらしい。トゥヤ自身はケガはしていないようだった。


(何が起こったのだろう)

 ぐったりしているトゥヤの額に手の甲をあてて、熱がないかたしかめる。

赤金斧ゼスフス公がいて、鋼鉄鍋ボルドゴゥ公がいない?)


 トゥヤの体を抱えてみる。

(転送、大丈夫そう? でも)


 真白月ましろつきは、トゥヤの体が耐えられるかを危ぶんだ。

 大人のユスがダメージを受けていたではないか。今の状態のトゥヤでは耐えられないかも。香だけでなく、何か薬を飲まされている可能性もある、この混濁こんだく具合は。


(1回、地下迷宮へ帰って、ここへユス先生と布留音ふるねを連れてくる? つかまっちゃうよね)


 ――今は、トゥヤのそばにいよう。


 この状況も、たぶん六天舞耶ロクテンマイヤは見ている。



布留音ふるねとユス先生に伝えて。今のところ大丈夫)

 真白月ましろつきは、耳元の〈かぼちゃの馬車〉に思念を送った。

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