23  巻き添え

  布留音ふるねとユスに、真白月ましろつきが思念で無事を知らせたあと、ひと眠りぐらいの時間がたったはずだ。

 がちゃん、きぃと、トゥヤと真白月ましろつきのいる部屋の扉が開いて、何人かが入り込んできた。

 真白月ましろつきは寝台の上に体育座りして、シーツをかぶっていた。

 シーツを透かして、ぼんやりと男たちの姿が見える。


「やれやれ。おひめさんには香は効きませぬか」

 ドルジの声だ。


 トゥヤは、まだ、朦朧もうろうとしている。

 そこへ、車輪騎型を足にした輿こしが運び込まれた。輿こしは寝台に横付けされ、兵士二人がかりで抱きかかえられたトゥヤが運び込まれる。


「これ、洗って、ください」

 真白月ましろつきは、寝台に投げ出していたガウンをていねいにたたみ、ドルジに両手で差し出した。

 それから、ひらりと身をひるがえし、輿こしの中に横たえられたトゥヤの隣に座った。


「仲むつまじいことですな」

 ドルジは困ったような笑みを浮かべ、輿こしの竹製の蛇腹じゃばら構造の両開き扉を閉めた。


赤金斧ゼフスフ公」

 巡察使団じゅんさつしだん赤金斧ゼフスフ公配下の副隊長がひかえていた。もう一人の副隊長は鋼鉄鍋ボルドゴゥ公の配下だ。言わずもがな、ここにはいない。鋼鉄鍋ボルドゴゥ公と城を出た。


「あぁ。留守は頼んだぞ」

 巡察使団じゅんさつしだんが起ちあがって以来のつきあいだ。それだけ言えば十分だ。

「御意」



 その輿こしは日差しが強くならない内に、赤金斧ゼフスフ公配下の兵士と弦月ハガスサラの城を出た。

 車輪が砂利を踏む音がした。ひずめの音や、「しっ」と馬にむちを入れる音もする。


 目を覚まさないトゥヤに真白月ましろつきは寄り添って、うとうとした。

 はじめて乗る輿こしは、居心地がいいのか悪いのか、びみょうだ。

 どのくらいの時間がたったのだろう。一行は休憩に入ったらしい。輿こしは留め置かれ、少しばかり開けた両開きの扉から、瓢箪ひょうたんの水筒と、麻の小袋に入れた松の実が差し入れされた。尿瓶しびんも。


「――え?」

 ベール越しに真白月ましろつきが、低めの、明らかな不満の声をあげると、その係の兵士はびびった。日女ひめは、しゃべらないものと思い込んでいたらしい。

を呼んでもらえますか」


 真白月ましろつきは、頭の中のページを高速でくっていく。たしか、『 とっさのときの土地人とちびととの会話術 』の中には、〈クレームの付け方〉という章があった。


 やってきたドルジに尿瓶しびんを差し出し、ベールで表情は見えていないのは承知の上で、にこやかに(←重要とあった)言う。

「――これは注文していません」

「……」

「――女子トイレはどこですか」

「……わかった。ところがあれば、止まる」

 

 ところで、真白月ましろつきは地下迷宮で暮らし、誰かとくらべたこともないのだから、わかっていないのも当然、きわめて彼女は効率の良い身体からだを持っていた。腹に入れる量と出る量が見合わないのだ。


 そして、トゥヤは眠ったままだ。その横へ真白月ましろつきは転がった。輿こしの内部は縦長で、トゥヤと真白月くらいの体格なら、並んで横たわることができた。よい例えではないが、ダブルの棺桶といったところ。


(大丈夫かな)

 トゥヤの額に、自分の額をつける。

「うぅ」

 トゥヤが小さな声をあげた。

「気がついた?」

「……どこかへ移動中だね」

 トゥヤも、身体に振動を感じているのだろう。


「何があったの」

「父上を叔父上が斬った」

「……」

「意見が割れて。先に剣を抜いたのは父だし。挑発したのも父だ」

「……」

「最初は、いつものじゃれあいかと思ったんだけどな」


 ドルジは言い立て、シドゥルグが受け流す。

 昔から、兄のシドゥルグは虫も殺さぬ優等生、弟のドルジはガキ大将のように思われていたが、中身は、その真逆だった。

 大人になって、特に兄のほうは取りつくろうのがうまくなった。


「それが、昨日は叔父上が怒り狂っちゃって」

「何に、そんなに怒ったの?」

「うーん。『あのことだが』、『そのことだが』みたいな会話で、まったくわかんなかったんだけど。『堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れたっ!』みたいに、叔父上も剣を抜いて」

堪忍袋カンニンブクロって、素材、何ですか」

「皮、かな。――父上は、自分の側近の兵と城外へ逃げ切ったと思うけど」

「トゥヤは?」

「叔父上側の兵士、数人に押さえ込まれて……」

 それから、トゥヤは声を詰まらせた。

「あれ。なんで、真白月ましろつきがいるんだ」

 今、気がついたらしい。


「放っておけないし」

「え~と。ユス先生と布留音ふるねさんは?」

「置いてきた」


「……どこに」

「たぶん、地下迷宮と城の中継ポイント」


「……死んでない?」

「たぶん、大丈夫じゃないかな~?」

 真白月ましろつきは、〈四匹の力持ち〉の門番のことを打ち明けようとして、輿こしが1回、大きめに揺れたので黙った。


「ナラントゥヤ」

 輿こしの外でドルジの声がした。

「おひめさんも」

 輿の両開きの扉から、ドルジのヒゲ面がのぞく。

「今日は、ここで野営する」


 日暮れだろうか。


「……叔父上」

 トゥヤが体を起こす。

「おぅ」

 ドルジがヒゲ面の中の小さな目を細めた。


「説明していただけませんか」

「うむ」


 輿こしの側面の扉が全開され、両開きの竹で編んだ蛇腹じゃばら扉は壁に収納される。

 兵士が差し出した竹製の二段階段が輿こしの足元に置かれ、トゥヤは、かがみ込んで先に出た。真白月ましろつきはベールをととのえてから、二段階段に足を降ろした。


「ここは、どの辺りですか」

 トゥヤは辺りを見渡していた。

 日の光が落ちようとしていた。


「ホスタイだ」

 ドルジが答える。


 ホスタイは、弦月ハガスサラの城からは南にある地だ。

 山脈と平地の中間地点に当たる。山は、なだらかになりはじめる。

 森があるところには川か泉があるから、旅の一行は森に沿って移動する。

 まちがっても砂漠化しつつある草原には、馬を向けない。


 兵士たちは野営テントを張っているところだ。

 火をおこしている者もいる。

 焚火の上には太めの枝を三方にふんばらせ、鎖で鍛造たんぞうの鉄鍋をぶらさげ、その中では具が多めのスゥプが湯気をあげていた。


キャンプ野営だ! ひゃっほぅ!」

 真白月ましろつきが、ガッツポーズをした。


「……この状態で、キャンプって言うんだ。食べ物、前にするとメンタル強いね」

 トゥヤと真白月ましろつきは両脇と後ろを、がっちりと兵士に囲まれている。そのまま、ドルジのいる場所に連れていかれる。


 立木を利用して、風よけにたてられたオリーブ色のタープ。

 文様が織り込まれた敷物を張った折りたたみ椅子。

 焚火には、2つのⅤ字の枝を焚火の両脇にさして枝を渡してある。その枝に、干し肉を1枚1枚ひっかけてあぶっていた。肉から溶けた油が時々、火に落ちて香ばしい香りを放った。

 折りたたみ椅子に座ったドルジは、干し肉を細枝で、ひょいと火から持ち上げて、平たい雑穀のパンの上に乗せた。

 それを、まず、真白月ましろつきに差し出した。

 すぐさま、真白月ましろつきは受け取る。


「熱いから気をつけて。パンではさんで」

 すかさず、トゥヤが声をかける。


 パンの端から飛び出している、ちりちりの干し肉を、真白月ましろつきは用心しながら前歯でかじった。

 目の前の簡易テーブルに、兵士が木の椀にあぶりチーズを浮かせたスゥプの椀を置いていった。

 真白月は、次々、たいらげていく。

 シーツは鼻のところまでかぶせて、大口開けて食べる日女ひめを見つめるドルジの表情が複雑だ。


「……ばくばく食うなぁ。おひめさん」

 ドルジは、また、パンに干し肉をはさんで、おかわりを作ってくれた。


 トゥヤも真白月ましろつきにつられて、やっとパンを飲み込んだ。

「――ここがホスタイということは、私たちは都に向かっているということでしょうか」 

 弦月ハガスサラの城のある場所からホスタイは南にあり、その先に都がある。



「私たちは、人質ですか」

 トゥヤが切り出した。

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