35  姉妹との再会

 粥屋かゆやのオーダーは、キィキィが仕切ってくれた。

「基本メニューで。 あ! アレルギーがある人! ここのかゆは、干しホタテ出汁だし! はい? いません? オーダー! 朝粥あさがゆ、4つ! 前払いで!」


「都に来ていたのか」

 カウンターテーブルに添えられた長椅子に座ってから、布留音ふるね奈久矢ナグヤに話しかけた。

 席は、無塗装ホゾ組の木材長椅子だ。大人3人が座るには、きついかもしれない。コの字型のカウンターを囲むように置いてある。

 さっき、真白月ましろつきが左奥の端に進んだら、布留音ふるね、トゥヤ、キィキィの順で座ることになり、

(やっぱ、間に入るんだ)

と、トゥヤは、あきれ顔で布留音ふるねを見た。


「――はい。まず、都に行ってみようと。いろいろな民が集まる地ですし。出会いも多いでしょうし」

 奈久矢なぐやは頬がゆるんでしまう。こんなに早く、神官騎士筆頭に再会できると思っていなかった。


奈久矢なぐやかゆはうまかった。商売は、宇志うしが心得あるから、うまくいくだろう」

 布留音ふるねは、二人の後見としてついていった男の名を言った。


「……えぇ。ですから出店までは、とてもスムーズに。ここからは、わたしたちの力次第です」


 夜のうちにかゆを仕込んで、温めるだけにして運んでくるのだという。


「平日のほうが場所代が押さえられて、お客さんが殺到しないので、わたしたちのような初心者には、いい場所です」


「すでに、女子うけいいのよ。この店。飲んだ翌朝なんて、おかゆ、サイコー!」

 キィキィは常連らしい。


「はい。どぞ。今の季節は、にしてるから。ご希望あれば熱々にするよ。汗、止まんなくなるけどね」

 尓支にきが、次々と皆の前に粥の椀を並べて行く。粥をすくうさじは、テーブルの上の太い竹筒に、まとめてさしてあって客がとる仕組みだ。

「水は御自分でついでセルフサービスね。ゆっくりしてって」



「――尓支にきは、客商売がしょうに合ってるみたいだなぁ」

 布留音ふるねは独り言のようにつぶやいて、安心した表情を浮かべた。やはり、かくれ里を出たばかりの乙女のことは気になるのだ。元気にやっていっていけているなら、それ以上のことはない。


 そうして、まったりしていると、だんだんと粥屋かゆやの前に人だかりができてきた。

 店頭にいるに、皆が一様に立ち止まるからだ。

 そのうち、お粥を注文する人も出てきた。


「看板になってる……」 

 列ができはじめたので最後の一口をたいらげて、真白月は椀を持ってカウンター席から立ち上がった。


「手伝お」

 トゥヤも食べ終わって、同じく空の椀を持って立ち上がった。

 尓支にきが参道脇の小さな水路にかがんで、そこで食器を洗っているのが見えたからだ。

 布留音ふるねも続こうとしたが、「めめ滅相もないっ」、小さな悲鳴をあげて奈久矢なぐやが止めた。


布留音ふるねはさー。鞍楽クララの隣りに立っていてよ。看板騎士」

 真白月ましろつきが思いつく。


「それ、いいですわっ」

 と、キィキィが、のってきた。

「ぜひに、あとで1枚、スケッチさせてくださーい。店の宣材センザイにさせてくださーい」

 どうやら、彼女の狙いは、そこだ。



 そのとき。

 わらわらと長剣を携えた者どもが、粥屋かゆやを取り囲んだ。

「その馬、改めさせてもらう」


 やって来たのは寺院の僧兵らしかった。墨染の長衣の者が数名。

「あやしい馬がいると聞いたぞ」

 誰かが粥屋かゆやの前に、デカ過ぎる馬がいると通報したらしい。


 囲まれた鞍楽クララが、ヴォンと気迫を込めたのが真白月ましろつきだけにはわかった。


「待て!」 

 聞き覚えのある声がした。

 駆けてきたのはユスだった。

「その者たちは、あやしい者ではない!」

 鞍楽クララと僧兵の間に立つ。

「それに、馬具に金杭アルタンガダスの頭文字が刺繍してあるぞ。この者たちは金杭アルタンガダスの保護下にあるということだ。検分無用」


「あっ」

 僧兵どもは、とたんに低姿勢になった。


「――ここは、まかせてくれ。トゥルフール神祇伯しんぎはくには、私から報告しておく」

 ユスの言葉に、僧兵は帰って行った。

 そして、薄桃色のハーフマスクの真白月ましろつきに気づいて、ユスは思わず脱力しかけた。

「オレ抜きで何、楽しそうなこと、おまえら、やってんだよ……」

 

「ユス先生こそ。なんで、ここにいるの?」

「なんでって。この寺院は、オレの実家だよ。寺院イコール、トゥルフール家管轄地」

「トゥルフール。苗字、おんなじっ」

「今、気づくか」


「ぼくは、ユス先生と神祇伯しんぎはくの家名、同じだなって思ってたよ」

 トゥヤは、お披露目会のときに気づいていたそうだ。



 そのとき、まただ。

「恐れながら」

 呼ぶ者がある。


 声の方向を見ると、かくしゃくたる男が粥屋かゆやの前にたたずんでいた。墨染の長衣。さきほどの僧兵たちと同じだ。

 

「父上」

 あのユスが、あわてていた。

「父上のお手をわずらわすようなことでは」


「――鋼鉄鍋ボルドゴゥ公公子」

 男はトゥヤに目を留め、胸元に両手を交差させる礼をした。

「お披露目会でお目にかかりました。神祇府しんぎふおさ、トゥルフールと申します。よろしければ、わが屋敷にお招きいたしたいのですが。食後の珈琲こぉひぃを進ぜよう」


「行きましょう!」

 キィキィと真白月ましろつきは、行く一択で声を合わせた。

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