34  お粥屋

 当日の、真白月ましろつきらの行動は素早かった。

 布留音ふるねは、馬のマントを着せた鞍楽クララに手綱をつけて、館の門までひいて来た。寝ずの門番しか起きていない刻だ。とはいえ、この世界の人たちは夜明けとともに起きるから、総じて早起きではある。


 トランスフォーメーションを終えた鞍楽クララは四足歩行となり、マントからは足しか見えない。頭部も馬らしき被り物となっている。

 馬、と言い張れば、馬だ。


 キィキィ(おそらく、今日のいちばんの早起きは彼女)は、そのさまを見て一拍、黙ったが、すぐに、マントのだぶついているところをつまんで補正しはじめた。

「はい。ありがとうございました」


「こちらこそ、ありがたい」

 にっこり笑った真白月ましろつきは今日はベールをかぶっていない。目元だけのハーフマスクをつけている。薄桃色で、ひかえめなラメ入りだ。それに、つばの広い麦わら帽子。飛ばないように、あご紐もついている。亜麻色の衣は使用人が着る作務衣さむえに似ていた。

 布留音ふるねの衣も、枯色かれいろの光沢のない地味なものだ。腰のベルトに長剣をつけているから騎士ではある。何を着ても結局、布留音ふるねは目立つ。

 トゥヤの衣は青系統のくず糸を織った、ざらりとした感触の夏の生地。あと、総じて寒色系で目に涼しい。


「今日、月の日女ひめは〈祈りの日〉のため、おこもりになる。部屋には近づかぬように。食事もとらぬ」

 布留音ふるねが館の使用人のおさに申し渡し、一行は出立した。


 麦わら帽子、なぜにハーフマスクの子は、鋼鉄鍋ボルドゴゥ公子ナラントゥヤの従者ということにした。

 しかし、総出で出かけるのであるから、嘘はバレバレであるかと思える。館の使用人が、とんでもないオトボケでない限り。

 そのうえ、馬上、主人であるはずの公子のうしろに、従者が乗っているのだから。

 従者が馬に乗るにあたっては軽く、ひと悶着あった。


 〈主人〉のトゥヤが馬に乗らないわけいかない。

 でも、〈従者〉を神官騎士は歩かせたくない。

「わ、たし、歩くよ。キィキィさんも歩くんだし」

「ダメです」

「トゥヤのうしろに乗る」 

「ダメです」(密着するから)

 薄桃色のハーフマスクの従者の申し出を、ことごとく却下する。


「じゃ、じゃ、間に、お座布団ざぶとんをはさめばぁ」

 キィキィの一計で、どうにか。




 さて、月鏡サラトリの離宮から都までは、ゆっくり馬が進んで四半刻(30分)ほど。朝早く、人通りは少なかった。

 都に入る城門には兵士がいて、馬のマントを見ると何も言わず、道を開けてくれた。


「あぁ、そうか」

 トゥヤが、わかったというふうに。

「その馬の被り物の眉間のところ。金杭アルタンガダスの頭文字が縫い取りしてある」

 見れば、そこに金文字で刺繍が。


 キィキィは知っている人が見れば、この一行は、あやしいどころか重要人物。余計な手出しは無用ですよと、おまじないをかけたのだ。


「このもんどころが目に入らぬかってやつ?」

「目には何も入れないで?」

 相変わらず、真白月ましろつきの言ってることは謎で、トゥヤの対応が、ぞんざいになってきた。



「さぁ。朝市に参りましょうか。お寺の参道に、お店が出ているんですよ」

 先頭を歩くキィキィは、先導する気まんまんだ。


 家屋が途切れ、木々が多くなってきた。寺院がある場所は、都でも神域となっているのだろう。大木が多い。

 一行の行く先に、寺院の正門が見えてきた。石畳の参道は、その奥まで続いている。参道沿いには子院も立ち並んでいる。


「参詣者目当てで、参道沿いには天幕張りの出店が出るの。出店料は大通りで店を持つより安いから若い店主が多くて、おもしろいのよ」


 こんな朝早くでは、やっている店も少なそうだが。


「それが、朝食を外でとる習慣が都人みやこびとにはあるから。この参道沿いは、けっこう穴場。まだ俗物どもが気がついていないうちに、ゆっくり楽しめるってわけ」


「――そこに、わたくしたちが来て、よかったんでしょうか」

 布留音ふるねは、たずねた。

「注視されているような」


 そうだった。

 真白月ましろつきとトゥヤは素通りできる感じ。(ラメ入り薄桃色のハーフマスクについては言及されていない)布留音ふるねも目深に、夏仕様のフードつきマントを被って、目立たないように努力した。 

 だが、やはり、がデカすぎる。


「目立つの?」

 上、真白月ましろつきが前に座っているトゥヤに聞く。

「いや、……、マーは、鞍楽クララ、見なれてるから、そんな反応だろうけど」

 トゥヤは、キィキィの手前、小声で名前をにごした。


 馬型にトランスフォーメーションした鞍楽クララは、ゆっくりとした歩調で、参道を歩んでいる。

 参道にいた人は、まばらだったが、それでも、この一行に気がつくと、ぎょっとして脇によけた。


「それでさ。キィキィさんの、おススメはなぁに?」

 真白月ましろつきは馬の側を歩いているキィキィに話しかけた。

「おなか、空いてます?」

「それは、もう」


 とある出店の前で、「ここです」とキィキィは止まった。

「おかゆがおいしいの。最近、できたお店で」


「うわぁ!」

 店から、ハスキーな叫び声がした。

 その声に、皆が出店をのぞいた。

 長身の女二人が藍色の前掛けをつけて、カウンターの中に立っていた。


「ニキ! ナグヤ!」

 真っ先に声をあげたのは、真白月ましろつきだった。

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