33  都見物へ行きたい

 捌月はちがつを迎えた。

 学舎寮に居を移すように、鋼鉄鍋ボルドゴゥ公ナラントゥヤ公子宛てに正式な書状が来た。同時に見習いとして、従騎士団じゅうきしだんへの配属も決まった。


「人質だろうが貴族の子息としての処遇だ。ユス先生のいる第さん従騎士団に配属されたから心強いよ」

「あれ? ユス先生って従騎士なの?」

「うん。籍は置いていて、巡察使じゅんさつしに派遣されていた扱い。家庭教師兼、考古学者兼、従騎士――」

「きようびんぼうなんだね」

「それ、ほめてないから」


「……さみしい。トゥヤがいないと」

 真白月ましろつきの目が急に、うるんだ。


「ぼくもだ。学舎に入ったら、なかなか会えないだろうしね。だからさ」

 トゥヤが、にこ、と笑う。 

「今のうちに都見物に行こうよ。二人で」


 がっ。

「とんでもないクソ坊主ダ、コイツめ」

 真白月ましろつきとトゥヤの間に、鞍楽クララが割り込んできた。


「二人っきりでなんて、行かせませんよ」

 布留音ふるねも。


「じゃ、じゃ。みんなで行こう。やっほう! しゃかいかけんがく社会科見学!」

 こういうときの調整は、やはり真白月ましろつきの役目だ。

「何か、わからないけど。やっほう!」

 トゥヤが合わせてくれる。


「……それなら、まぁ」

 布留音ふるね真白月ましろつきの笑顔に譲歩した。だが、鞍楽クララはちがった。

「タワシゃ、留守番は、もうヤダっ」


「あ……。そうだよね」

 ここのところ、ずっと鞍楽クララは自粛生活だった。〈箪笥たんすモード〉で過ごして、この館の奥で過ごしてもらってきた。ずっと隠れて暮らすのも無理があるだろう。

 館の使用人たちの間で、誰もいないはずの日女ひめの部屋から、押し殺した笑い声が聞こえるという怪談話が広まりつつあった。

 

「じゃ、鞍楽クララ、寸法、計らせて。布留音ふるね、縄か紐、用意できますか?」

「何に御入用で?」

鞍楽クララに服を作ってもらうの。鞍楽クララ、とらんすふぉーめーしょん、して。その寸法で、お針子隊にマント、作ってもらおうよ。お針子隊長から『ぜひ、ぜひ。またのオーダーを』って、名刺もらってたんだー」

 真白月ましろつきは身につけているポシェットから名刺を取り出し、あらためて、その小さな紙片を見た。


『 金杭アルタンガダス御用達 仕立職人団

   銀の針ムングズー 代表


    アン・ケセ・ナーメン・イヴ・シュト・レン・バー


     ♡キィキィと呼んでください 』


「名前、ながっ。いや、キィキィって、一文字もかぶってない。このニックネーム、どっから来た?」

 

「とにかく。発注をかけましょう。王族特権で大至急」

 布留音ふるねが名刺を受け取った。




 ほどなく。特急の飛脚便が、〈銀の針ムングズー〉に顧客のオーダーを届けてきた。

 代表のアン(以下省略)、通称キィキィは、早速、封書を開ける。

 先頃、お披露目会の礼服を納品した、辺境の日女ひめからだ。


(どれどれ。今度のご注文はと)



「……このサイズで、のマントですか」

 お針子隊隊長は、銀縁眼鏡の縁を指で、くいとあげた。

「なんだか、秘密のニオイがしますねぇ」




 それから、布留音ふるねとトゥヤが計画を練った。


「行くとしたら、平日の午前中だよね」

「平日なら、帝は月鏡サラトリの離宮には来ませんからね。トゥヤさまが学舎に入る準備をすると言って出かけるのも、ウソではない」

「服は、できたの?」

「今日、納品です」



 〈銀の針ムングズー〉のキィキィは、機転のきく人だ。


『それと、神官騎士と公子と日女ひめのサイズで、出かける用の気軽な服を』と、布留音ふるねが書き添えたのを的確に理解し、仕上げてきた。

 もちろん、のマントもだ。


「馬のマントについては、仰せのサイズより少しばかり余裕をもって仕上げました。最後の仕上げは、お馬さまに着せかけてサイズ確認をしてから行いたいと存じます」

 月鏡サラトリの離宮に納品に来た、お針子頭、アン(以下省略)は申し出た。


 彼女は、日女ひめの居室の続き部屋にいた。

 いつものことなのだろう。人払いがされている。


「……大体、合ってればいいんだ」

 布留音ふるねが断るのを、

「それは職人としてのプライドが許しません」

 ぴしゃりと、この三十路みそじ間近の女は言い切った。


「お許し願えないのなら、これは持ち帰らせていただきます」

 キィキィは馬のマントをしまいはじめる。


「待って!」

 柱の陰で聞いていた真白月ましろつきが走り出してきた。

「お願いします。それがないと、トモダチがお出かけできないんです」

「あら。日女ひめさま? お元気でしたか。お披露目会の衣装はいかがでしたか」


 真白月ましろつきはベールを被っていなかった。

 この間の採寸のときは、ベールをつけて顔を隠していた。

 アンは、その少女の面差しに、ちょっとほころぶ。逆に、おつきの神官騎士の眉間のしわが深くなった。


「――この商売は信用がいちばんなんです。顧客情報は決して他言いたしません」

 神官騎士が言いたいであろうことを、アンは先回りした。

日女ひめの顔立ちなど個人情報は、ノーコメントを通しますわよ)


「あぁ。とっても、きれいだって、みんなにほめてもらいました。着心地もとてもよかったです」

「今回の衣装も、きっと、お気に召しますよ。おしのびでお出かけになる、おひめさまをイメージして作りました」

のきゅうじつ、ですね」

老婆ろうばの? そこまで年齢詐称ねんれいさしょうしなくても大丈夫でしょう」

「んー? キィキィさんて、いくつなんですか?」

「ふふ。いくつに見えますか」

 絵踏えぶみのような問い、出た。

「わ、たしよりは、おねえさんだから、じゅうはっさいくらいかな」

「まぁ」

 アンは満面の笑顔になって、ぐにぐにと身もだえした。


「じゃあ。この馬のマントは置いて行きます」

「やった!」

「そのかわり。おしのびには同行いたします」

「え!」

「そのときに馬のマントの直しをさせてください。今回は仮縫いなしの特急便でしたので、後日、完全版をお持ちします」

「わぁ。ごていねいに面目ない」 


 ここまで言われたら、おしのび当日の同行を許すしかない。






 ※真白月たちの被服費は金杭アルタンガダスへ請求されます

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