32 それぞれの思惑
「勝手なことを~~」
お披露目が終わったあと、
「言っておいたではないか? よしんば
たしかに帝は、そのようなことを言っていたが、宣言することはないじゃないかということだ。
「こっちに
「その言い草」
「……実家に帰らせてください」
「トゥヤを見捨ててか?」
「ぐぅ」
それを言われると、
「
時間を厳守したいブグンが、口をはさんできた。
「そうか。今日の献立はなんだ」
「
「とり、なんば……?」
「知らぬのか。菜種の油で香ばしくあげた鶏肉に、甘じょっぱいタレをからめたものだ。そのうえに、たるたるとかける調味料が、また美味じゃぞ」
「たるたる……」
「この者たちの
帝の問いにブグンが答える。
「はい。もちろん。帝にあらせられましては、お披露目後に
「これ、このように、われの
「……いつでも」
「そんなことで
ひかえていた
「いや、揺らいでるよ」
「三時のおやつは?」
うっすら、
( そもそも。われらが介入すべきではないのだ。われたちは傍観者。われたちは流浪する者。水に意思はない。風に意思はない。ただ、小さき者たちが、己を慰めるために、われらを神と呼んだだけ )
まだ熱を帯びた風が、
イメール右大臣は
「おまえ、月の
「は?」
三男は、涼やかな目元をくもらせた。
「私は
「いや。今、このイメールの家で男子独身者は、お前のみだ。長男、次男は、すでに
「
「
「待ってください。後宮にいるツェレン姉上が懐妊すれば」
勝手に話を進める父親に三男はついていけない。生まれる前から三男は僧にすると決められていたときよりは相談されているだけ、ましなのだろうか。
「その兆しがないからじゃ。このうえは、懐妊するという確証もない」
イメールは、いらいらと言い捨てた。
「タショールも同じことを思うて、息子に言うであろうよ。あの成り上がりが我が家を差し置いて、
「
自分より年下だが
帝の甥御という立場なら、彼の方が格上であろう。
「帝のお許しが出ていないなら、無効同然。つまり、今のところ、日女の
(やれやれ。今までの修行を、不意にしろって言うのか)
心の中で三男は、ため息をついた。
タショール左大臣の屋敷でも、おおむね同じような会話が父と四男の間でなされた。
「月の
「後宮におられますサイハン姉上が懐妊すれば」
「帝のお渡りは滅多にないのだ。種を蒔かずば芽が出るか? 布石は打っておくからこそ価値がある。この大陸を平定したのは、このタショールの武の力あってこそ。
「えぇ? それは気づまりだなぁ」
四男は、妻を持つなら自分より下の階級だと考えている。父親のように尻に敷かれたくはないからだ。
それに女など、気が向いたときに抱くから楽しいのだ。義務になったら、ほとほと疲れること、まちがいない。
上に三人、既婚の兄がいる。ある年は、嫁たちの出産ラッシュだった。甥や姪は、ごろごろいる。血筋が絶える心配はない。突然、『タショールの〇〇さまの赤子が
(自分が妻を持つ必要など、ないじゃないか)
「おい。聞いているのか」
タショールが、上の空に見える四男を叱責した。タショールは、この四男をいささか自由に育てすぎた。三人、男子に恵まれたあとは女子が続き、やっと生まれた四男を甘やかしてしまった。
しかし、剣の腕は天性のものがある。武のタショールには、このうえない男子だ。『四男様に関しては型に
「とにかく、定期的に
(めんどうくさいなぁ)
四男は、
そして、
うつくしい調度品で彩られた館には、うつくしい、ふたりの妃が住んでいた。
「はい、われの勝ちですよ」
「まぁ、ツェレンさまは容赦ない」
もうひとりの名はサイハンという。
その名を呼ぶことを許されているのは、帝と家族のみ。ともに20代の半ばを過ぎた。
深窓の令嬢である
「そう言えば、ご存じですか。帝が養子を迎えられたと」
ツェレンが切り出した。
「召使いどもの注進で聞くとは。われたちも軽んじられたもの」
サイハンは
「山岳少数民族の
「山ザル?」
サイハンは駒を2手、進めた。
ツェレンはサイハンの言葉に軽く笑い出す。
「大臣家にはお披露目があったということです。弟から知らせがありました」
「ツェレンさまの弟御は、そのような便りもくださるのですね。わが弟など、なんの知らせもございませんわ」
「男子など、本来、そのようなもの」
「それにしても。後宮に挨拶なしとは無礼」
サイハンの眉間のしわが深くなった。
「わたくしたちが挨拶に出向くというのも、口惜しいですわ。秩序というものがございます。向こうが挨拶に来るのが礼儀でしょう」
ツェレンも同感だ。
「帝も不義理をなさっているのです。そのぐらいは聞いていただかなくては――」
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