31  お披露目

 湖の中央にある月鏡サラトリの離宮本殿へ、四方の岸辺から、さざ波をたてて舟が向かう。身分によって使うことのできる船着き場は決まっていて、真白月ましろつきたちが滞在している岸辺の館、つまり船着き場は上から2番めに当たる。


 今日の、月の日女ひめのお披露目には星之位オドノコルの貴族と、その子息が集まってくるはずだ。 


 真白月ましろつきも舟上の人となっていた。

 銀細工のかんざしで頭上に留めた薄布のベールが、風にそよぐ。


 彼女が本殿の船着き場にひるがえるように降り立つのを、ユスが待っていた。

日女ひめにも衣装だな」

 からかい交じりのユスの口調に、真白月ましろつきは笑う。自分でも化けたなと思っていたところだった。

 繻子しゅすのなめらかな衣。手を隠す長い袖の絽の上衣は、くるぶしまであるが、両脇にスリットが入っているから動きやすい。腰は倭文布しずりの様々な色糸で織った帯を前で結び垂らした。その下には、上衣から透けることを計算した中衣。下衣は、くるぶしですぼませた、ゆるやかな下履きを合わせている。

 生地は光の角度で、かすかに、その乳白にゅうはくの色をなめらかに変えた。靴も同じ素材で、同系色のビーズがあしらってある。張りのある白いベールは銀細工のかんざしで髪に留めた。

 今朝早く、お針子隊の銀縁メガネの女隊長が館に来て、髪から化粧から、ととのえてくれた。


「ねぇ、布留音ふるねのことも見てっ」

 真白月ましろつきが、舟から降りた布留音ふるねの手を引いてきた。

「いっそのこと、布留音ふるねして」


 その、ゆるくうねる銀の髪は首の後ろでくくりたらし。

 絶妙な光沢の青鈍あおにび色のひざ丈の長衣は、大きめの唐花丸からはなまる文様を、ひとつ、ふたつと織り込んだ薄い。下に着た乳白にゅうはくの衣を透かしている。真白月ましろつきの衣にも使われた生地だ。

「ご勘弁を願います」

 そう言う布留音ふるねが、うるわしい。


真白月ましろつきも、よく似合ってるよ」

 トゥヤが、いちばん最後に船から降りてきた。

 その長衣ちょうい布留音ふるね青鈍あおにびよりは明るい青だ。 


鞍楽クララは留守番か」

 ユスは一応、確認を取る。

「ん。〈お休みモード〉です」

 

 岸辺の館で、鞍楽クララは、また、箪笥たんすのふりをしている。

 日女ひめの部屋には立ち入り無用と、館の使用人には言ってある。

 いらぬ好奇心でもって、その戸を開けるなら――。

 鞍楽クララといっしょに、『銀河任侠伝説リターン』を観る羽目になるのかもしれない。




 そして、タショールとイメール。

 金杭アルタンガダスに仕える名家二家、彼らは、それぞれ末の息子を伴い今日のお披露目に参じた。


日女ひめとは、如何いかなる人物か)

 先日の帝の話より、両人の頭の中は、お披露目される日女ひめのことでいっぱいだった。

 シャタルが帝になってからというもの、この二家は気が休まらない。

 仕事はできるが、世継ぎ問題に無頓着。その後宮に見向きもしない帝に、養子にすると言わしめる日女ひめとは。

 傾国の美姫か。いや、待て、それなら、なぜきさきとして迎えぬ? 

 まことしやかにささやかれる、あの噂は本当なのだろうか? 帝の御興味は、ユス・トゥルフールのような青年にしかないと。 

 堂々巡りする、いろいろだ。


 やっと、小姓が帝の御成りを広間の面々に伝えた。

 皆、臣下の礼で迎える。


 衣擦きぬずれの音がして、帝が近衛このえの従騎士を従え大広間に入ってきた。帝のうしろにベールをかぶった小柄な姿がある。あれが、月の日女ひめにちがいない。

 帝は、こころなし、ゆっくりと歩を進めている。日女ひめに合わせているのだ。これだけの配慮を帝に差し出される女とは。やはり、只者ではないのであろうと、集まった者たちに思わせた。


(演出力、すごいなー)

 真白月ましろつき自身は、ベールの下で苦笑いしている。

 

 広間の上座には几帳きちょうを配置して、しつらえた空間があった。真白月ましろつきは、帝とともにいざなわれる。そのことが、すでに誰よりも、この日女ひめを高く扱うという、現帝、シャタルの意向。

 布留音ふるねは、その上座の側に控えた。近衛このえと同等の位置だ。


鋼鉄鍋ボルドゴゥ公の嫡男ちゃくなん、ナラントゥヤさまであります」


 トゥヤは、大臣家の席近くにいざなわれた。

 現帝の兄の子であるトゥヤの立場は、名目上は大臣家に匹敵する。

 品定めするような目線が上品にではあるが、トゥヤに注がれた。タショールの子息などは、実に遠慮なくトゥヤを見て来た。

 軽く一礼し、トゥヤは伏し目がちに受け流す。そうすると、とても殊勝に見えることを知っている。

 イメール家の子息は、ちらりと見ただけで、あとは無関心という風情だった。


「本日は、月の日女ひめさまのお披露目に佳き日となりました」

 神祇伯しんぎはくのトゥルフールが、代表して寿ことほぐ。

 帝が答える。

「これなる日女は、月の日女ひめという。大陸の少数民族の巫女である。金杭アルタンガダスの保護を求めて参上したゆえ、預かることにした。希少な才のある日女ひめである。われが乾親かんちんとなり、迎える」


 今まで、帝が乾親かんちんとなった例はなかった。

 シャタルという帝は、前例がないことを好む性質ではある。

 世継ぎのないことも、前例がない。

 このままでは、次の帝は、少しでも金杭アルタンガダスの血筋に近しい者が名乗りを上げていくことにもなりかねないが、そのことを、帝自身がどう考えているのか読み取れない。

「――そして、思いついた。この日女ひめに、ふさわしい男子を迎え婚姻させるのはどうかと」


 場が静まり返った。


「恐れながら」

 りんと響いたのは、末席にいるトゥヤの声だった。

「わたしと約束のある方です。日女ひめは」


「そうであるか。母腹は違えど我が兄の子、不足はない」


 ベールの陰で真白月ましろつきは、小さく「げっ」と声をあげた。



 ――そんなことまでは約束してなぁぁぁい!

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