30  帝は乾親ならんとす

 週末、真白月ましろつき月鏡サラトリの離宮に呼ばれる。

 顔を合わせるや否や、帝は切り出した。

日女ひめよ。われの子になれ」


 真白月ましろつきのうしろで、トゥヤと布留音ふるねも聞いていた。


 ぽかんとしている真白月ましろつきあごに、帝は閉じた扇をあてて、くいと上向かせた。帝は長身だ。真白月ましろつきの首の前側の筋肉は、めちゃくちゃ伸びた。

のーNO、という選択肢は?」

 なさそうだ。


「お断りします」

 布留音ふるねが、沈んだ声で答える。

「ふ。われは日女ひめに聞いておる」

 帝が笑っているところを見ると、こういう事態をたのしんでいるようだった。真白月ましろつきは言うだけは言ってみる。

「わ、たしは、いずれ、自分のに帰る身。都へあがるわけには参りません。なんなら、ここに来る気もありませんでした」


「だが、公子のことが心配であろ? 鋼鉄鍋ボルドゴゥ公の所在が知れぬ今、属国と結託していないという確たる証拠はなく……。親の不始末で不遇の処置とは不憫ふびんではないか? われも、甥御をむざむざつらい目に合わせたくはない……」

 話が物騒になってきた。


「トゥヤを、どうするつもりなんですか?」

 心配は、その一点だ。

日女ひめが、われの子になれば。公子を婿むこに迎えることもできる。父親が潔白だった場合はな。われの甥じゃ。不足ない」

「えぇ……? そこまで決める?」

日女ひめが選んだ婿むこでもよい」


「お断りします」

 また、布留音ふるねが言うが、帝には無視された。


「わ、たしが養子になったら、トゥヤの安全は約束してくれる?」

「あぁ」

「2カ月に1回は、実家に帰らせていただきますよ?」

 鞍楽クララも〈外〉に出ずっぱりで、いいとは思えない。

 六天舞耶ロクテンマイヤは、『 〈外〉に居続けると寿命が短くなる 』と言っていた。

「多くないか」

「半年に3回」

「同じじゃ」

適宜てきぎ、相談の上」

「許そう」

「約束ですよ? もし約束をやぶったら――」

 真白月ましろつきは、強い決意で帝をにらみつけた。

「やぶったら?」

「牛乳千本飲ます」




 3人が岸辺の館へ戻ったところで、ユスが待っていた。


「ユス先生、大変なことになった」

 トゥヤが駆け寄る。

「あぁ、オレは内府長ないふちょうから報告を受けて――。まさか、そんな風に話が転がって行くとは」

 ユスは頭を抱えているようだった。

「異教の日女ひめだぞ。金杭アルタンガダスの信仰する神とは、相反する部分もある。いくら現帝が異教に寛容だと言っても、ほどがあるだろ。、まー自体は宗教色、まったくないけど。変なだけだけど」

「ユス先生? 真白月ましろつきって呼んでくれてもいいよ?」

 一応、〈婿ムコそのいち〉殿だし、と真白月ましろつきは思っている。

「びみょうに長いんだよ」

「じゃ、まー、で、もういい。で、質問です」

 真白月ましろつきは小さく挙手する。

「帝には、お子さまが、いないんですか?」


 館の軒に差し込む光は、夕暮れに近くなっていた。

 そのまま、渡り廊下で4人は話し込んだ。


「いない。後宮においては、大臣家二家からきさき入内じゅだいされているが、帝は、あまり、その、御熱心ではなかった。ここ数年も、その調子だったのだろうな」

 ユスは、ため息交じりだった。


 もともと、後宮は帝の祖父が作った。当初の目的は従属国にした国の王族の子女を住まわす屋敷だった。それが、前帝の時代に女子限定となり、〈お世継ぎ部門〉を担当することとなった。前帝は、おおいに後宮を楽しんだようだが、現帝はちがうようだ。


「それで今後のことだが。内輪で日女ひめのお披露目会をするそうだ。鋼鉄鍋ボルドゴゥ公子、ナラントゥヤさまの歓迎会も兼ねてと、ブグン内務長ないむちょうが言っていた」

「人質じゃないんだ?」

 トゥヤが、意外という顔をした。

「はっきり、叔父上と取引していましたよね。叔父上が父君と対立せざるを得ない状況に陥ったのも、帝が、叔父上の母上をかどわかして脅したのではないでしょうか?」

「なぜ、そんなことを?」

「私なら、そうするからです」

 きっぱり。


「わ、たしを養子にして何がしたいのだろうね。帝は」

 真白月ましろつきも困っている。


「わからないの? 所有欲だよ」

 真白月ましろつきを見るトゥヤの目に、甘ずっぱい光が宿る。

(おいおいおい)と、ユスは混ぜっ返すことにする。

「お人形ごっこがしたいんだと思うよ。その、お針子を連れてきてるんだ。今から採寸だ」


 宮廷おかかえのお針子の一団が来ていた。

 お披露目会の礼装を作るのだという。


 


日女ひめ女体三位寸法にょたいさんみすんぽうを測るなど、罰当たりめ」

 布留音ふるねは、お針子の女子一隊をにらんだ。きゃーという、ちがう効果の悲鳴が女子から沸く。


「すっとーんとした服、作っときゃいいじゃーん……」

 自分で言って、真白月ましろつきは物悲しくなった。


「服には時好じこうというものがございまして」

 お針子隊の隊長らしい年かさの女が、くいと銀縁の眼鏡をあげて言った。


「宮中女性のモード服装は、全女子のあこがれ。長らく宮中には年頃の日女ひめがおられず、われら、技術を腐らすばかりでしたが、このたびの御用命。お針子隊、皆、打ちふるえ涙をしとど流しながら針を刺しましょう」


「いや、針に集中して」

 お針子に取り囲まれた真白月ましろつきは、真顔で頼む。


 その横で、「動きやすく、すそを踏まぬものがよい。あと、頭上よりかぶるベール絶対。日女ひめの顔が外から見えぬが、日女ひめは息苦しくない素材にしてくれ。衣装の色目は、つや消しで、ひかえめ。胸元は強調しない。肌は見せない。手の甲もかくれるほどの袖丈だ」と、指示を出したのは布留音ふるねだ。

「あと、靴と小物も忘れるな」と言い添えた。


「なんで、そんなに詳しい」

 ユスが皆の気持ちを代弁した。



 真白月ましろつきの採寸が終わると、「さ。次は神官騎士さまですよー」 、年かさの女隊長の指示に、お針子隊の女子が、きゃあきゃあと声をあげて、今度は布留音ふるねを取り囲んだ。

「肩幅とか、お胸回りとか、お腰回りなんかも測らせていただきますわよー」


「なんでっ」 

 布留音ふるねは逃げようとしたが、お針子隊のディフェンス防御、固い。ねらった獲物は逃さない陣形。


「えー。おにゅう新品の服、作ってくれるっていうんだから、もらっとこうよ。布留音ふるねの王子さまっぽいの、見たいー」

 真白月ましろつきの発言に、お針子女子たちは、うんうんとうなずく。



「おまかせください」

 銀縁メガネのお針子隊長は、どんと請け負った。

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