29  御前会議

 金杭アルタンガダスの宮殿、会議の間には星之位オドノコルの面々が集まっていた。それは帝の縁戚関係にも当たる貴族たちである。現帝の母后の遠縁であるタショール左大臣家と、それを補佐するイメール右大臣家が、並び立つ二家だ。


 本日の御前会議は緊急ではない。定例のすりあわせと言える。

 大臣家の他には、神祇伯しんぎはくトゥルフール。内府の、貴族に準ずる者たちも書記として参じていた。 

 シャタル帝は、ゆらりと、鷹揚おうような様子で会議の間に入ってくる。内務長ないむちょうのブグンが影のようについてくるのも、いつものことだ。

 起立して待っていた貴族たちは、帝が黒檀こくたんの長テーブルの、いっとう上座の席に着座したところで着席した。



 いくつか、下からあがってきた諸問題に各々意見を述べて、会議も後半に入る。

 そして、これからが本題なのだろう。


 タショールがたんでもからんだのか、咳払いする。それに応ずるかのように、イメールは両手を胸元で交差し、「――鋼鉄鍋ボルドゴゥ公のことでありますが」と切り出した。丸腰であると同時に敬意を表す、戦に明け暮れた時代の名残だ。

「このたび、帝兄ていけいであらせられます鋼鉄鍋ボルドゴゥ公が、謁見に参じなかったことは重大でございます」


 タショールも同じく両手を胸元で交差し、意見を述べる。

鋼鉄鍋ボルドゴゥ公子が名代として赴き、都に留まることで一応の恭順の意を示したともいえますが、いかがでございましょう」


 両名が、金杭アルタンガダスの左右の要である。今のところ、臣下の最高職である大将は、名誉職でもあり不在。しいていうなら、皇太子時代の名残で帝自身が大将か。次官が、タショールとイメールだ。


 タショールの、やや低めの声がさらに低くなる。

「風土病にて療養中とうかがいましたが、実は鋼鉄鍋ボルドゴゥ公は、赤金斧ゼフスフ公とという噂が耳に入りまして。よもや」

 タショール独自の情報網が、辺境にも存在していそうだ。

「時に、龍眼ルーヌドゥ公主様におきましても降嫁してのちの、金杭アルタンガダスへの対応が、いささか不遜ふそんなきらいがあるのではないかという意見も、ちらほら、ございましてな」

 およそ、タショール本人の意見だと思われる。


「伯母上に関しては、もともと、そういう方だからな」

 そう、帝に言われてしまうと、誰も打開策があるわけでなく。


鋼鉄鍋ボルドゴゥ公が、龍眼ルーヌドゥ公主のおわすダブソスへ保護を求めたのではないかと」

「それは、あるやもな。鋼鉄鍋ボルドゴゥ公にとっても伯母であるからな」

 

龍眼ルーヌドゥ公主が鋼鉄鍋ボルドゴゥ公をかばうとしたら由々しき問題ですぞ」

「それに対しては使者団を遣わそう」


「恐れながら手ぬるいのでは」

 タショールは強気に出る。

龍眼ルーヌドゥ公主さまにおきましては、いささか。亡きダブソスの国主の一子が側室の子である上に、まだ幼いとはいえど、龍眼ルーヌドゥ公主自らが国主を名乗る言い訳にはなりますまい」


「ついては、ダブソスへ視察を行おう。では、タショール、お前が行くか?」

「え」

 タショールは、やや動揺した。ダブソスまでは遠い。山脈を越える羽目になる。

「いや。その目で確かめずにはいられないのかと」

「は……」

 そこまでは考えていなかった。

 都以外の地は、いまだ開発途上で医療技術も文化水準も低い。ダブソスへ視察とならば半年ほどの長旅を覚悟せねばならないだろう。

 老年に差し掛かった身には堪えそうだ。


「おまえに都を留守にされては、国の守りがおろそかになる。できれば、他の者がよい。イメール」

「はっ」

 今度はイメールが、ぎょっとした。イメールとて、都以外の土地へ行きたくない理由はいろいろある。

「おまえにも都を離れられては、国政が立ち行かぬ」

「はっ、はい」

 内心、ほっとする。


「ダブソスへの視察団は適任者を選定し、準備でき次第ということでよいか?」

「御意に」

「御意に」



「――そして、次の議題は後宮の事であります」

 内務長ないむちょうのブグンが会議の進行を務めている。

「世継ぎのことであるか」

 かぶせ気味の帝の言葉に、ぴんと空気が張りつめた。


「陛下、どうか後宮にお運びくださいますよう」

 イメールが遠慮がちではあるが、内心、食いつかんばかりである。


「まあまあ。陛下も、お考えなのじゃ」

 タショールが、なだめにかかる。


「この5年で、試せるものは試してみた――」

 帝は、なぜかの、ほほえみを浮かべた。


「このままではまつりごとが落ち着きませぬ。属国諸侯に付け入る隙を与えぬためにも、お世継ぎは必要です」

 イメールが、さらに詰め寄る。


「それでじゃ」

 帝は思いついたという風に切り出した。実際、思いついたのは昨日だ。

「われは〈乾親ガンチン〉となり、月の日女ひめを養子に迎えようと思う」


乾親ガンチン、にござりまするか」

 イメールもタショールも、同時に目をむいた。


 乾親ガンチン。それは疑似的な血族関係を結ぶことだ。


 たとえば、子供のない家庭が子を養子とする。

 あるいは一人息子や一人娘の家庭が、男女双全を望んで、別の家から子女を迎える。不完全な人倫関係の一種の補充をせんとすることだ。

 養子をいただいた家庭と、出した家庭の関係が良好ならば,交情を深め友誼ゆうぎを結ぶこともできる。


 どちらにしても、幼児の死亡率の異常に高い、この時代に父母が気持ちの安寧を得るための手段であった。

 嬰児えいじの死亡率は、この都でも高い。5歳前に死亡することも多い。人の寿命は平均して、50歳に満たない。

 また、子供のためには父母以外の後見人を指定し,もって父母の不慮の死に際しても後顧こうこの憂いなからしむのである。


 しかし、それを帝がなさば。

「その月の日女ひめとやらを、お世継ぎにということですか」

 イメールとタショールのあわてようは。


「いや。まじない的にだ。月の日女ひめは、この大陸の原始の女神のしろ。その女神に近しい巫女を我が子に迎えれば、この都を天が寿ことほぐであろう?」


 その言葉に、イメールとタショールは、いったんは胸をなでおろす。



「子々孫々のさかえを、金杭アルタンガダスに願おうぞ――」

 御前会議は、帝の言葉で締めくくられた。






〈参考〉『中国における乾親(干親)習俗』

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