28  これからどうなる

 月鏡サラトリの離宮、岸辺の館は点在する離れを渡り廊下で繫げているような造りで、使用人との距離が保てるのがありがたい。

 昼下がりの刻を、真白月ましろつき布留音ふるねとトゥヤ、やってきたユスと過ごしていた。

 さっき、館付きの召使いが茶を用意してくれた。 

 こういうとき、鞍楽クララは部屋の隅で箪笥たんすのふりをしているのだ。


 置き畳の部屋には、栗の材を張り合わせた丸い座卓が置かれており、4人は、そこで一服しながら、これからのことを話し合った。

 

「ぼくは学び舎の寮に入ることになると思う」

 トゥヤの予想だ。

 都には貴族の子弟が学ぶ学舎があり、属国の子弟などが、その寮に入り学生としての生活を保証される。

「いずれは、その学び舎に入ったことだろうから。父上のことがなけりゃ、もっとのんびりした気分でいられたけど」

「わ、たしと布留音ふるねも、そこに入る?」

 トゥヤの正面に座った真白月ましろつきが身をのりだした。


布留音ふるねさんは、いい大人だし。女子の学び舎ってあったっけ。ごめん。あまり知らなくて。都から離れたところの子供なんか、学ぶ機会もなく働いている子も多いしね。ユス先生?」


「女子学舎があったとしても、日女ひめはダメだ」

 トゥヤの右隣に座ったユスは即、却下だ。

「自覚ないのか。あんたは、この世界の最高機密トップシークレットだぞ。わけわかんなさで言ったら、ぶっちぎりの一位だ」

「おありがとぅ」

「ほめてない。それに女子学舎っつーか、女子の集まる場所は、たいてい男子禁制。裸族なんて、もってのほか。アヤシイ大人のおもちゃも、持ち込み禁止っ」

 布留音ふるね鞍楽クララのことを言っているらしい。


「そんなところへ、日女ひめを行かせるわけがない……」

 ユスの正面に坐した布留音ふるね星灰色せいはいしょくの瞳に、影が差す。

「こっちかラ、ごめんこうむりまスでっス、ヨ」

 部屋の角から声もした。


「とにかく。帝の気分次第なんだから。おとなしくしておくこと」

 ユスは真白月ましろつきに向かって釘を刺す。この日女ひめがやらかすと踏んでいる。

「帝って、気分屋さんなんですか」

 真白月ましろつきには自覚がない。


「いや、それどころか勤勉な人だよ。辺境の領土の整備や、民の生活向上も気にかけている人だ。仕事は淡々とこなす。月曜日から金曜日まで猛烈に働いて、土日、趣味にいそしむタイプ。その興味は多岐に渡っていてね。国家予算を脅かすのかと思いきや、民の生活向上に役立つものに昇華していくという循環。だから、水路も浄化施設などの建設で、都の生活レベルは地方とは雲泥うんでいの差がある。きっとシャタル帝は、金杭アルタンガダスの帝史の中でも後世に語り継がれることになるだろう」

 帝の名はシャタルというらしい。


「えっ。すてきなじゃないですか」

 真白月ましろつきの目が尊敬の念に輝いた。

「えっ。真白月ましろつきにとっては、あの帝で、もう、なの」

 帝は若く見える。


「ヒゲは濃くないけど、おにいさんではない」

 真白月の〈おじさんセンサー〉の判断はヒゲだ。あと、すね毛。


「……オレ、は、どうなん?」

 ユスは、恐る恐る聞いてみた。

「んー」

「そのが、こわいぞ」

「おにいさん!」

「おぉ」

 ユスは思わず、ガッツポーズをしてしまった。


真白月ましろつき、……布留音ふるねさんが聞きたがってるよ」

 トゥヤが気を利かせた。


布留音ふるねは」真白月ましろつき、一拍考えた。「おねえさん?」

「わぁ」

 ユスが、ひーひー、笑い出した。

「しかも、本人、まんざらでもない……。うれしそうじゃん……」それから、大真面目な顔に戻って、「とにかく。週末になったら帝は、この離宮にいらっしゃるから、粗相のないようにしろよ」と、注意された。




 週末、ユスの言ったとおり、帝が月鏡サラトリの離宮を訪れた。

 岸辺の館の船着き場に、真白月ましろつきとトゥヤを迎えに小舟が着いた。

 布留音ふるねは意地でもついてくる気だった。置いて行っても、また泳いで来るんだろうとは、真白月ましろつきにも想像できた。

「何泳ぎで来たんだっけ?」

「気にするところ、ソコ?」と、鞍楽クララが。


 そうだ。鞍楽クララは残すことになる。


「心配だー」

 真白月ましろつきが言うと、鞍楽くららは鼻で笑った(できたなら)。

日女ひめに心配されちゃあ、おしまいダ」


 そして、鞍楽クララは部屋の隅に丸くなると、また箪笥たんすのふりをした。これは〈お休みモード〉ともいう、いちばんエネルギーの消費が少ない形だそうだ。


 小舟に乗るために船着き場に行くと、船頭ペアがいて、「へぇ。今日は神官騎士さまも舟で」と、わざわざ言う。

「ダメ?」真白月ましろつきが確認すると、船頭が首をふる。

「奥働きの者が、こないだ、神官騎士さまの、見損ねて、『見たかったァ』『また、泳いで来るんじゃね?』なんて、楽しみにしてましてね……」


「……置いてく?」

 真白月ましろつきはトゥヤを振り向いた。

「容赦ないね」

 トゥヤが止めたので、布留音ふるねは船に乗ることができた。




 さて、湖の中央の本殿、御座所に行くと、「白黒遊びをしよう」と、帝は遊ぶ気満々だった。

 その一言で、侍従が二人がかりで重そうな大理石の遊戯板ゆうぎばんを運んでくる。


「白と黒に分かれて。表裏が白黒の、この石をじゃな。こうして」

 帝は8かける8の方眼のマス目を書いた盤の中央の4マスの右上に、まず黒面を1個を置き、その隣には白面、その下には黒面、いちばん最初の黒面の下には白面石を置いた。

「はさむと自分の石の色にできる」

 帝は黒面の石を打って、黒と黒で白をはさんでみせた。

「そら。白を打ってみろ」


「うー。これ、勝ったことない」

 眉間にしわを寄せる真白月ましろつきに、帝は余裕を見せる。

「ふふ。公子と二人がかりで来てもよいぞ。神官騎士殿は手出し無用」

 先手を打たれた布留音ふるねは、ぐっと押し黙った。


 で、真白月ましろつきとトゥヤが勝った。はっきり言えば、真白月ましろつきが勝った。


「なんと」

 帝は絶句だ。

「はじめて勝った……!」

 真白月ましろつきは、うれしさのあまり涙ぐむ。

「まだ強いものがいるのか?」

 帝は驚く。そこそこ帝は強いはずなのだ。忖度そんたくして負ける部下はいるが。

ロク、は決して勝たせてくれないんです。大人げないと思いませんかー」

「ろく、とは誰ぞ。あ。神官騎士殿は口をはさむな」

 布留音ふるねは、ことごとく阻止される。


「えーと、なんだろう。養い親? こわい、おねえさん?」


 帝が納得していないのを見て、トゥヤが続けた。

「女神ですよ」




 月曜日になり、帝はユス・トゥルフールを執務室に呼び出した。

「トゥルフール、おまえの報告は穴だらけじゃの」

 右手の爪で黒檀の机をコツコツこづいている。不機嫌なときの癖だ。

ロク、というのが日女ひめの養い親らしいが。何者ぞ」


「あー、ロク

 ユスの目が泳ぐ。


弦月ハガスサラの城で何を見た?」

「……古代の女神の壁画などありまして。興味深い城です。詳しい調査はこれからです。現場に帰していただけると、次回、御報告もできることと」


「女神とは、原始宗教の神か」

「代々の螺良つぶら氏がまつっていたらしく」

「あの日女ひめ螺良つぶら氏につながる者か?」

「はっきりとは、まだ」

「祖父帝は、螺良つぶら氏征伐の折りは煮え湯を飲まされたと聞く。直系が絶えたので、辺境過ぎる領は父帝も、うっちゃっておくことにしたようだが」


(はい、はい。だから、腹違いの兄にくれてやったんですよね)


御前ごぜん

 内務のおさを務めるブグンが、一礼して入ってきた。この男は帝の幼いときから仕えている。先日、〈月鏡サラトリの離宮〉にもついてきていた。〈不眠不休公務〉という二つ名を持つ男だ。

公卿会議くぎょうかいぎで集まりました議題について、午後から御審議を願います」


「おおよそ、鋼鉄鍋ボルドゴゥ公のことか。それとも後宮のことか」


「両方にございますよ」






※真白月は 「わたし」と言うところを しばしば 「たわし」と言いそうになって   

 「わ、たし」と言っている

 鞍楽クララが「たわし」と言っていたせいである

 半年ぐらいたてば直ると思う

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る