27  表向きの恭順

 赤金斧ゼフスフ公ドルジが退出した後も、真白月ましろつきはトゥヤとともに謁見の間に残されていた。

 ゆるりと帝は、ほほえみ、「おまえたちは孔雀を見たことがあるか?」と、玉座を立った。おまえたち、というのは、真白月ましろつきとトゥヤのことらしい。

 ザッと、まわりのお付きの者たちが、次の帝の動きのために散って行った。


 帝のお付きの者に、真白月ましろつきとトゥヤは押し出されるように、帝のうしろをついて行くことになった。

 離宮の長い廊下の果ては、外へ続いていた。ユスもついて来ている。


 離宮の屋敷の周りは、なだらかな段をつけた庭園になっていた。石畳は青磚せいせん、灰色に見えるレンガが敷きつめてある。おそらく、本殿を一周できる小路なのだろう。所々に植えられた柳の枝が風にそよぎ、日陰を作る。その辺りに、白い孔雀が飾り羽をたらして、優雅に歩いていた。

 白変種はくへんしゅの孔雀だ。オス一羽にメス数羽のハーレムのようだ。


「おまえたちは運がよい。ちょうど繁殖期じゃ。オスが飾り羽を広げるとうつくしいぞ」

 帝は目をほそめた。

「孔雀は好きか。日女ひめ


「まだ食べたこと、ないです。おいしいんですか」

「……」

 真白月ましろつきの答えに帝は言葉につまったようだ。


 ユスが駆けてきた。

「〈サラ〉の部族はっ。山岳の厳しい環境下でっ。動物といえば貴重なタンパク源でっ」 


「……いまだ辺境では、現住の民は自給自足であったな。生き物を見れば、食料であるよな。われの想像が足りなかった」

 帝は、自らを恥じる言い方をした。

「生き物は愛でれば、かわゆいものじゃ。日女ひめ


「かわゆい。おいしいより、かわゆい」

 真白月ましろつきは、はじめての言葉、「かわゆい」をくりかえした。


「そうじゃ。なつかれると、かわゆいものじゃ」

 そして、帝は飾り羽のある白い孔雀に手を伸ばした。とたんに、飛び蹴りされた。


「なれてないじゃん!」

「そこが、また、かわゆいのじゃ!」

 よろけた帝は、ジト目になった。 

「……繁殖期のオスは気が立っておる。気をつけよ、日女ひめ


 オスの孔雀は真白月ましろつきを見ていた。


(え? 来る気?)

 逃げる間はなかった。やつは軽く飛びはねてきた。

 白きオスの孔雀は、その白き飾り羽を。

 広げた。


「おぉ」

 帝が思わず声をあげた。

「求愛されておるぞ。日女ひめ


「オトモダチからよろしくお願いします」真白月ましろつきは、ぺこりと頭を下げた。

「付き合う気があるのか」


 庭は湖を見晴るかす。

 なんだか向こうも騒がしかった。


 兵士らしい者が、あわてた様子で駆けてくる。


「何事だ」帝の側近がたずねた。兵士は、しどろもどろで答える。

「みっ、みっ、湖から異国の男神おがみが現れましてございますっ」

「なんと?」


 わぁっと声が上がるほうを見ると。

 剣一本かかえた布留音ふるねが、ふんどし一丁で堂々と歩いてくるのが見えた。


(あー、この絵面えづら、システムで観たことあるー)

 真白月ましろつきは思い出していた。でも、その絵は女神だった。貝に乗って現れるのだ。


日女ひめ、そこでしたか」

 真白月ましろつきを見つけると、きらきらの笑顔で布留音ふるねは近づいてきた。

 銀の髪は、おりからの風と日の光で、色を変えながら乾いていくところだ。着やせして見えた鍛えた身体からだは神の造形物のようで、男神おがみが現れたと思ったのも無理はない裸身だった。


「きらきらしいのぉ」

 思わず、帝も言ってしまったほどだ。


 そして、飾り羽を広げていたオスの孔雀に、布留音ふるねが一瞥を与えると、孔雀は、その飾り羽を急いで閉じてこうべをたれてしまった。

 布留音ふるねが勝ったらしい。


「あ~~。〈サラ〉の神官騎士もっ。常に天(ソラ)と交信中ゆえっ。理解しがたく見える行動もありますがっ」

 ユスが、すごい勢いで、また駆けてきた。


「……布留音ふるねさん、真白月ましろつきが心配で、湖、泳いできちゃったんだね」

 トゥヤは負けた、と思った。


「これは帝に恭順を示す行為ですっ。金杭アルタンガダスの衣服を与え、しもべと成してくださいとっ」

 ユスが叫んでいる。


「うむ。与えよう」

 帝は、しごく満足したようだ。

「その者に衣服を与え、公子と日女ひめとともに、この地に住まわせる」


「ありがたき、しあわせっ」

 ユスが、『お前らも言うんだよっ』という視線を真白月ましろつきたちに送ってきた。


「ありがたき、しあわせ。金杭アルタンガダスに幾重にもひざを折り、御礼申し上げます」

 トゥヤが百点満点をたたきだす。

「っす」

 真白月ましろつき布留音ふるねは、最後のところだけ調子を合わした。 



 真白月ましろつきたちを下がらせてから、帝は「トゥルフール」と、振り返らずユスを呼んだ。

「おまえの報告書には、〈サラ〉の部族のことは抜けておったな」

 さりげなく責めている。


「しょ、正体が知れぬため、不確実な報告は控えました。が、私が報告していないことを帝がご存じとしたら、私の他に密偵がいたのですね」

 ユスは、ゆっくりと語句を選ぶ。


「気を悪くするな」

 帝は閉じた扇で、ユスの頬に軽く触れた。

「ごくろうであった。今宵こよいは旅の話を聞こう」




 行きと同じく、小舟で真白月ましろつきたちは月鏡サラトリの離宮の岸辺の館へ戻された。


「あれ?」

 真白月ましろつきさえ気づいた。館が、やけに静かなのだ。うまやから馬のいななきもしない。人の声もしない。


「叔父上は」

 トゥヤは、赤金斧ゼフスフ公と、その配下が完全に館にいないのをたしかめると、「やはり」と。

「巻き込んでしまった。ごめん。わたしたちは、やっぱり人質だ」


「どういうこと?」

「推測だけど、人質交換されたのだと思う。ほら、尼君がいたでしょう」

 墨染の衣をまとい、尼僧頭巾をつけた女性のことだ。

「あの方は、伯父上の母上だ。在家出家して民間人として暮らしていたはずなんだ。それが、〈月鏡サラトリの離宮〉にいるなんて。帝が、からめとっていらしたとしか」

「あの尼君が人質にとられてて、トゥヤが交換されたってこと?」


「うん。帝にまでのぼりつめたお方が、自分の地位の安定に無関心なわけはない。いつか、父上が事を起こすと想定内であったのでは。叔父上は、それを説得しようと長年、努めておられたが、ついに、分かたれたということではないかと。父上の逆心は今のところは叔父上がごまかしてはくれたが、この先はどうなるか。ぼくが、ここにいることで父上への抑止力になるというところかな」


日女ひめとわたしが、ここから出て行ったとしましたら?」

 布留音ふるねが確認する。


「叔父上も言っていたでしょう。金杭アルタンガダスに歯向かうとみなされると。帝は、先代の帝らにくらべたら、ずいぶん異教徒にも理解のある御方だと聞いているけど。ぼくも、会ったのは今日がはじめてだ。そんな、気のいい人という感じじゃなかったよね」


「おじさんにしては、お肌つるつるだった」

 真白月ましろつきの人物評は、そこだ。


「――ここにいることを、日女ひめは納得されるのですか」

 布留音ふるね真白月ましろつきに従うつもりではある。


「ん。〈外〉に出たいって言ったの、だし」

「わたし、です」

「わたしだし。トゥヤを独りにしたくない」

「え……。ぼくのために、ここにいてくれるの?」

「独りは、さみしいよね」


 そう言われて、トゥヤは自分の気持ちを確信する。

「……真白月ましろつき。やっぱり、ぼく、君のことが好きだ。ねぇ、いつか、お嫁さんになってくれる?」


「お断りします」

 布留音ふるねが口出しした。真白月ましろつきの盾になった、その脇から真白月ましろつきは顔を出した。

「お嫁さんて。それは、あの白い着物を着て酒をあおる、ですか」

「よく、わからないけど、好きなだけ飲んでいいよ」

 それから、トゥヤが真白月ましろつきのほおに手を近づけると、ばぅんと阻止された。今度は鞍楽クララだ。

「未成年の飲酒は禁止っ。日女ひめの単独異性交遊も禁止っ」



「過保護だよっ」

 突き飛ばされたトゥヤが叫んだ。

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