27 表向きの恭順
ゆるりと帝は、ほほえみ、「おまえたちは孔雀を見たことがあるか?」と、玉座を立った。おまえたち、というのは、
ザッと、まわりのお付きの者たちが、次の帝の動きのために散って行った。
帝のお付きの者に、
離宮の長い廊下の果ては、外へ続いていた。ユスもついて来ている。
離宮の屋敷の周りは、なだらかな段をつけた庭園になっていた。石畳は
「おまえたちは運がよい。ちょうど繁殖期じゃ。オスが飾り羽を広げるとうつくしいぞ」
帝は目をほそめた。
「孔雀は好きか。
「まだ食べたこと、ないです。おいしいんですか」
「……」
ユスが駆けてきた。
「〈
「……いまだ辺境では、現住の民は自給自足であったな。生き物を見れば、食料であるよな。われの想像が足りなかった」
帝は、自らを恥じる言い方をした。
「生き物は愛でれば、かわゆいものじゃ。
「かわゆい。おいしいより、かわゆい」
「そうじゃ。なつかれると、かわゆいものじゃ」
そして、帝は飾り羽のある白い孔雀に手を伸ばした。とたんに、飛び蹴りされた。
「なれてないじゃん!」
「そこが、また、かわゆいのじゃ!」
よろけた帝は、ジト目になった。
「……繁殖期のオスは気が立っておる。気をつけよ、
オスの孔雀は
(え? 来る気?)
逃げる間はなかった。やつは軽く飛びはねてきた。
白きオスの孔雀は、その白き飾り羽を。
広げた。
「おぉ」
帝が思わず声をあげた。
「求愛されておるぞ。
「オトモダチからよろしくお願いします」
「付き合う気があるのか」
庭は湖を見晴るかす。
なんだか向こうも騒がしかった。
兵士らしい者が、あわてた様子で駆けてくる。
「何事だ」帝の側近がたずねた。兵士は、しどろもどろで答える。
「みっ、みっ、湖から異国の
「なんと?」
わぁっと声が上がるほうを見ると。
剣一本かかえた
(あー、この
「
銀の髪は、おりからの風と日の光で、色を変えながら乾いていくところだ。着やせして見えた鍛えた
「きらきらしいのぉ」
思わず、帝も言ってしまったほどだ。
そして、飾り羽を広げていたオスの孔雀に、
「あ~~。〈
ユスが、すごい勢いで、また駆けてきた。
「……
トゥヤは負けた、と思った。
「これは帝に恭順を示す行為ですっ。
ユスが叫んでいる。
「うむ。与えよう」
帝は、しごく満足したようだ。
「その者に衣服を与え、公子と
「ありがたき、しあわせっ」
ユスが、『お前らも言うんだよっ』という視線を
「ありがたき、しあわせ。
トゥヤが百点満点をたたきだす。
「っす」
「おまえの報告書には、〈
さりげなく責めている。
「しょ、正体が知れぬため、不確実な報告は控えました。が、私が報告していないことを帝がご存じとしたら、私の他に密偵がいたのですね」
ユスは、ゆっくりと語句を選ぶ。
「気を悪くするな」
帝は閉じた扇で、ユスの頬に軽く触れた。
「ごくろうであった。
行きと同じく、小舟で
「あれ?」
「叔父上は」
トゥヤは、
「巻き込んでしまった。ごめん。わたしたちは、やっぱり人質だ」
「どういうこと?」
「推測だけど、人質交換されたのだと思う。ほら、尼君がいたでしょう」
墨染の衣をまとい、尼僧頭巾をつけた女性のことだ。
「あの方は、伯父上の母上だ。在家出家して民間人として暮らしていたはずなんだ。それが、〈
「あの尼君が人質にとられてて、トゥヤが交換されたってこと?」
「うん。帝にまでのぼりつめたお方が、自分の地位の安定に無関心なわけはない。いつか、父上が事を起こすと想定内であったのでは。叔父上は、それを説得しようと長年、努めておられたが、ついに、分かたれたということではないかと。父上の逆心は今のところは叔父上がごまかしてはくれたが、この先はどうなるか。ぼくが、ここにいることで父上への抑止力になるというところかな」
「
「叔父上も言っていたでしょう。
「おじさんにしては、お肌つるつるだった」
「――ここにいることを、
「ん。〈外〉に出たいって言ったの、たわしだし」
「わたし、です」
「わたしだし。トゥヤを独りにしたくない」
「え……。ぼくのために、ここにいてくれるの?」
「独りは、さみしいよね」
そう言われて、トゥヤは自分の気持ちを確信する。
「……
「お断りします」
「お嫁さんて。それは、あの白い着物を着て酒をあおる、あれですか」
「よく、わからないけど、好きなだけ飲んでいいよ」
それから、トゥヤが
「未成年の飲酒は禁止っ。
「過保護だよっ」
突き飛ばされたトゥヤが叫んだ。
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