26  帝は圧迫面接する

 小舟から桟橋に降りた者を、ドルジが陛下というからには、帝にちがいなかった。 


「月が美しゅうてな。こちらを優先することにした」

 帝は真白月ましろつきを見下ろしている。


 さすがに、布留音ふるねも剣を収めて騎士の礼をとった。

「顔を見たい」帝の言葉に、灯役あかりやくの供が手持ちのあかり真白月ましろつきに近づけてきた。


(しまった。ベールかぶるヒマ、なかった)

 真白月ましろつきは後悔したが、遅い。

 灯に照らされた真白月ましろつきの面差しに「まだ、子供じゃな」と、帝はつぶやいた。


(がっかりしたかい。もっと美少女かと思ったかい)


 真白月ましろつきは、お返しに帝をガン見した。

 帝の肌は、つるりとしていて真白月の〈おじさんセンサー〉が判定を迷う。まっすぐな明るめな色の長髪は、肩のうしろで結わえられているのも、年齢不詳だ。


「おいで」

 帝が長い袖にかくれた手を、真白月ましろつきに差し出した。


「陛下っ」

 ユスが声をあげた。

「月の日女ひめは人と、力を失いますっ」


(えぇ~?)

 真白月ましろつきも初耳だった。


鋼鉄鍋ボルドゴゥ公の子息と契りを結んでおるのではないか?」

 帝は目の端にトゥヤの姿を認めている。


「聖なる結婚です。。月の日女ひめの加護を得るための」


「なるほど」

 しごく納得した風情で、帝は「では明日、改めて」ときびすを返し、小舟に戻っていった。


 あとには、脱力した一同が残された。



「学者先生、、何だ⁉」

 布留音ふるねがユスをにらむ。さっき、だと言ったくだりのことだ。


「ああでも言わないと。帝の気まぐれで、こいつがとぎに呼ばれたりしたらどうすんだ!」


とぎ?」

 聞き返したのは、トゥヤだ。


 どう説明しようかと男ふたりが2拍考えている間に、真白月ましろつきが答えた。

「王さまレベルの男子が繰り出す接近方法アプローチです。くわしいことは、15歳になったら教えてもらえるそうで――」

「いや、教えねぇヨ」

 ガラの悪くなった鞍楽くららが、真白月ましろつきを部屋へ引っ張っていった。


 その寝不足気味の夜が明けた。



 湖の中央にある月鏡サラトリの離宮本殿から、小舟が向かってくる。

 真白月ましろつきたちを迎えに来た。当然のように乗り込もうとする布留音ふるねを、船頭が制した。 

参内さんだいを許されたのは、赤金斧ゼフスフ公と鋼鉄鍋ボルドゴゥ公子、月の日女ひめさまだけです」


「昨夜のことで、警戒されたね」

 トゥヤが、不憫ふびんそうに布留音ふるねを見やった。


 ユスが進み出た。

「私は、いいだろう? ユス・トゥルフールだ。帝に報告したいことがある」 


「はっ、はい」

 船頭は丁重に、ユスへ道を開けた。


 真白月ましろつきは憮然としている布留音ふるねを慰める。

「本殿は、すぐそこだから。鞍楽クララと留守番、お願いします。お土産、持って帰るから」

 鞍楽クララは奥の部屋に隠れていることとする。



 今日は、おだやかな日和ひよりだ。

 小舟は、すいと湖面をすべるように湖の中央の本殿へと進んだ。

 人力だけでなく補助的な発動機を船尾につけた小舟は、船頭一人で操作できる。船首に船頭、船尾にいるのは補助の船頭か。

 日差しをさえぎるために、今日も真白月はベール(シーツ)を被った。


 月鏡サラトリの本殿は、湖の中央の小さな島を基盤に構築されている。船着き場は、本殿に引き込まれた中にある。アーチ型の石造りのトンネルに小舟は入って行った。

「帝の元へじかに行く水のみちです」

 ユスが説明してくれた。


「よく知ってるな、あんた、やっぱり」

 言いかけて、ドルジがやめた。トゥヤと真白月ましろつきがいるのを思い出した。


 トンネルの最後は開けたところに出た。屋敷の地下部分のようだ。外光は、よく入る。

 船頭が、ほいと縄を岸壁で待っていた者に投げ、縄を受け取った者が、岸壁のでっぱりに縄のわっかをかける。

 小舟を可能な限り岸壁に横付けし、今度は岸壁の者が板を小舟に渡してくる。

 この板の上を歩いて、上陸しろということだ。


 ユスが大丈夫だという見本のように、たっと渡ってみせる。しして、「日女ひめ」と手をさしのべてくれた。


OKおぅけぃ」その手も借りずに、真白月ましろつきは、とん、たん、たっと、3歩で渡ってみせた。

「げっ」という顔を船頭がした。おそらく、そんな日女ひめは見たことがなかったのだろう。

 そのあとを、トゥヤとドルジが渡る。ドルジが渡った時だけ、板が、みしりときしんで、まわりをあわてさせた。



 さて、帝は、すでにお待ちかねであるらしい。

 謁見の間。上座が一段高くなったところに、帝座がしつらえてあった。

 下座に臣下の礼で4人が待っていると、ほどなく、衣擦れの音がして従者を伴い帝が現れた。

「くつろぐがよい。ここは離宮じゃ。かまわぬ」


 そう言われて、くつろぐものはいない。


赤金斧ゼフスフ公、久しぶりの都じゃ。ゆっくりしてゆけ。鋼鉄鍋ボルドゴゥ公はどうした?」

 それは知っていて聞いている節がある。

鋼鉄鍋ボルドゴゥ公は風土病でありましょうか。しばし、隔離が必要な状態で」

 ドルジが苦しい言い訳をした。顔色が優れない。基本、いい人なドルジは嘘が下手だ。

「――龍眼ルーヌドゥ公主のところへでも行ったか」

 帝は、かるく言ってみせた。


「……兄、鋼鉄鍋ボルドゴゥ公に、私の思いは伝えました。私は、帝位を継ぐのは直系の男子、であることが、安寧あんねいな国を作る、いしづえだと思っております」

 精一杯の誠意で、ドルジは答えている。


「皆が、おまえのようであればなぁ」

 帝は、おおげさに、ため息をついて見せた。


 それから、「御前ごぜん」と、小姓が広間に現われた。「尼君をお連れいたしました」

 小姓のうしろには、墨染の衣に尼僧頭巾の初老の女がいた。


「来たか。赤金斧ゼフスフ公、母と会うのは久しぶりであろ?」

「はい。数年ぶりにございます」

「約束じゃ。連れて行け」

 ドルジは、帝に深く頭を下げると退室した。


(え、ドルジさん、帰るの?)

 真白月ましろつきは横目でトゥヤをうかがった。お互い、伏しているので表情は見えない。


鋼鉄鍋ボルドゴゥ公の息子、名はなんと申したかな」

「ナラントゥヤです」

「われに尽くせ」

御意ぎょいに」


「さて、月の日女ひめ

 帝が玉座から降りて、真白月ましろつきの目の前にかがみこんだ。無遠慮にな目は昨夜と同じだ。

「――われにも加護を与えぬか」


 帝の言っていることが、真白月にはわからなかった。

 ただ、何か、試されているのだということだけはわかった。


(――あ、あっぱくめんせつ圧迫面接だっ)

 ひらめいた。

 真白月ましろつきは、システムで観た精神技を思い出した。

 とにかく威圧的に相手を極限に追いつめ、その素養を見抜かんとする技だ。


「そ、そのような機会があればっ。ぜひとも、チャレンジしてみたく思いますですっ」

 顔を上げて、ベール越しだが元気に返してみた。


「……」

 帝、沈黙。


(ちがった?)


「恐れながらっ」

 うしろから、ユスの声だ。

「月の日女ひめは世間と断絶された場所で育ちっ、常に天(ソラ)と交信中なためっ、受け取りようによっては不敬ともっ。ですが邪心はないのですっ。どうか、お許しをっ」


 何やら、真白月ましろつきのまわりには電波が飛んでいるらしい。


「ふむ」

 帝は、その説明で納得したようだ。

「ユス・トゥルフール。そちが、公子と月の日女ひめの世話をしてやれ。両人は、このまま、月鏡サラトリの離宮の館に住まわせる」


御意ぎょいに」


(えー、帰れないじゃん)

 困惑顔の真白月はベール(シーツ)越し、帝と目があってしまった。


「なんぞ言いたいことがありそうだな」

 帝は見る人が見れば冷汗が出る、ほほえみを向けた。


「えぇと」真白月ましろつきは迷った。が、「どのくらい……、その、ここにいることに」と、続けてみた。

「あまり長く、ウチを留守にするつもりはなくて。こういう状況は、『おウチの方が心配する』ですよね」


「おまえの親が心配すると」

 帝の口角が少しあがった。笑ったのだろうか。


「どこに誰と何日、出かけるぐらいは言っておくべきかと」

「――今のところ、〈未定〉と伝えよ」

「それ。三泊四日より長いのですか」

「長いな」



(……結局、帰れないんじゃん)


 布留音ふるねに何て言ったらいいんだ。真白月ましろつきは困った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る