26 帝は圧迫面接する
小舟から桟橋に降りた者を、ドルジが陛下というからには、帝にちがいなかった。
「月が美しゅうてな。こちらを優先することにした」
帝は
さすがに、
「顔を見たい」帝の言葉に、
(しまった。ベールかぶるヒマ、なかった)
灯に照らされた
(がっかりしたかい。もっと美少女かと思ったかい)
帝の肌は、つるりとしていて真白月の〈おじさんセンサー〉が判定を迷う。まっすぐな明るめな色の長髪は、肩のうしろで結わえられているのも、年齢不詳だ。
「おいで」
帝が長い袖にかくれた手を、
「陛下っ」
ユスが声をあげた。
「月の
(えぇ~?)
「
帝は目の端にトゥヤの姿を認めている。
「聖なる結婚です。聖なる。月の
「なるほど」
しごく納得した風情で、帝は「では明日、改めて」と
あとには、脱力した一同が残された。
「学者先生、あれ、何だ⁉」
「ああでも言わないと。帝の気まぐれで、こいつが
「
聞き返したのは、トゥヤだ。
どう説明しようかと男ふたりが2拍考えている間に、
「王さまレベルの男子が繰り出す
「いや、教えねぇヨ」
ガラの悪くなった
その寝不足気味の夜が明けた。
湖の中央にある
「
「昨夜のことで、警戒されたね」
トゥヤが、
ユスが進み出た。
「私は、いいだろう? ユス・トゥルフールだ。帝に報告したいことがある」
「はっ、はい」
船頭は丁重に、ユスへ道を開けた。
「本殿は、すぐそこだから。
今日は、おだやかな
小舟は、すいと湖面をすべるように湖の中央の本殿へと進んだ。
人力だけでなく補助的な発動機を船尾につけた小舟は、船頭一人で操作できる。船首に船頭、船尾にいるのは補助の船頭か。
日差しをさえぎるために、今日も真白月はベール(シーツ)を被った。
「帝の元へ
ユスが説明してくれた。
「よく知ってるな、あんた、やっぱり」
言いかけて、ドルジがやめた。トゥヤと
トンネルの最後は開けたところに出た。屋敷の地下部分のようだ。外光は、よく入る。
船頭が、ほいと縄を岸壁で待っていた者に投げ、縄を受け取った者が、岸壁のでっぱりに縄のわっかをかける。
小舟を可能な限り岸壁に横付けし、今度は岸壁の者が板を小舟に渡してくる。
この板の上を歩いて、上陸しろということだ。
ユスが大丈夫だという見本のように、たっと渡ってみせる。しして、「
「
「げっ」という顔を船頭がした。おそらく、そんな
そのあとを、トゥヤとドルジが渡る。ドルジが渡った時だけ、板が、みしりときしんで、まわりをあわてさせた。
さて、帝は、すでにお待ちかねであるらしい。
謁見の間。上座が一段高くなったところに、帝座がしつらえてあった。
下座に臣下の礼で4人が待っていると、ほどなく、衣擦れの音がして従者を伴い帝が現れた。
「くつろぐがよい。ここは離宮じゃ。かまわぬ」
そう言われて、くつろぐものはいない。
「
それは知っていて聞いている節がある。
「
ドルジが苦しい言い訳をした。顔色が優れない。基本、いい人なドルジは嘘が下手だ。
「――
帝は、かるく言ってみせた。
「……兄、
精一杯の誠意で、ドルジは答えている。
「皆が、おまえのようであればなぁ」
帝は、おおげさに、ため息をついて見せた。
それから、「
小姓のうしろには、墨染の衣に尼僧頭巾の初老の女がいた。
「来たか。
「はい。数年ぶりにございます」
「約束じゃ。連れて行け」
ドルジは、帝に深く頭を下げると退室した。
(え、ドルジさん、帰るの?)
「
「ナラントゥヤです」
「われに尽くせ」
「
「さて、月の
帝が玉座から降りて、
「――われにも加護を与えぬか」
帝の言っていることが、真白月にはわからなかった。
ただ、何か、試されているのだということだけはわかった。
(――あ、
ひらめいた。
とにかく威圧的に相手を極限に追いつめ、その素養を見抜かんとする技だ。
「そ、そのような機会があればっ。ぜひとも、チャレンジしてみたく思いますですっ」
顔を上げて、ベール越しだが元気に返してみた。
「……」
帝、沈黙。
(ちがった?)
「恐れながらっ」
うしろから、ユスの声だ。
「月の
何やら、
「ふむ」
帝は、その説明で納得したようだ。
「ユス・トゥルフール。そちが、公子と月の
「
(えー、帰れないじゃん)
困惑顔の真白月はベール(シーツ)越し、帝と目があってしまった。
「なんぞ言いたいことがありそうだな」
帝は見る人が見れば冷汗が出る、ほほえみを向けた。
「えぇと」
「あまり長く、
「おまえの親が心配すると」
帝の口角が少しあがった。笑ったのだろうか。
「どこに誰と何日、出かけるぐらいは言っておくべきかと」
「――今のところ、〈未定〉と伝えよ」
「それ。三泊四日より長いのですか」
「長いな」
(……結局、帰れないんじゃん)
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