金杭の都

25  月鏡の離宮 

 赤金斧ゼフスフ公ドルジの一行が歩んでいくほどに、まわりの風景も、山も、なだらかになっていく。

 この大陸は、はるか昔には、いくつかに分かれていたという。今は、その中心に大きな内海を持つ、ひとつの大陸となっている。


 その昔、金杭アルタンガダスは西方にあったが、侵略により大陸の東をも平定した。高くそびえたつ山脈が自然と人の行き来を阻み、それぞれの藩領を形作っている。

 都は内陸側にある。

 山脈を下れば、緑豊かな台地が広がる。気候温暖な地だ。

 

 

 数日はかかったものの、一行は、どうにか連帯を形作っていった。

 途中参加してきた鞍楽クララにドルジの配下は、びびりまくったのだ。たしかに、鞍楽クララの成り立ちは彼らにとって異様だった。

 

 それで、鞍楽クララは、まず兵士の馬がこわがらないぐらいに、擬態をはじめた。

「馬を隠スには馬の中と申しましテね」


「どういう造りになってんだ?」

 ユスが感心するくらいに、鞍楽クララは微調整を続けて行った。


 この大陸の馬も古来よりの原種は、すでに存在するはずもなく、それなりに個々に個性がある。四脚とは限らないし、大きさも様々だ。ただし、兵士の馬は統率を取るために、四脚、成人男子が乗りやすい体躯たいくの馬を集めている。


 真白月ましろつきは、そのまま輿こしに乗っていた。日差し対策だ。輿こしの両開きの扉は、ほぼ開けて、その縁に、ユスとトゥヤが器用に腰を下ろした。布留音ふるねは移動中は鞍楽クララぎょした。


「本来は日女ひめの乳母君に、それは不敬では」と、布留音ふるね鞍楽クララにまたがることを躊躇ちゅうちょしたが、「乗ってたじゃーん」の真白月ましろつきの一言で、乗ることにした。

 布留音ふるね鞍楽クララに乗ることで、長衣の裾で鞍楽クララが多少、隠れるし、布留音ふるねが銀の髪をなびかせれば、たいていの人は、そっちにみとれるという利点がある。


「おモチもたれる」

「それは、持ちつ持たれつ、ナ」

 真白月ましろつき鞍楽クララのやりとりは、誰にも理解されていない。 

 

 

 そうして、ようやく、一行は都の近くまで来た。

「離宮で待てとのことだ」

 ドルジが帝からの伝令を受けていた。


 この緑豊かな平地には帝の離宮の一つ、月鏡サラトリの離宮がある。


「宮中で帝は公務に忙殺されているからな。週末は離宮で休養するのさ」

 ユスが教えてくれた。

「この月鏡サラトリの離宮は、現帝は幼い頃、暮らしていたこともあって、お気に入りなんだ」

 そう言えば、彼は、もともと帝に仕えていた。


「あ、湖!」

 真白月ましろつきが歓声を上げた。急に視界が開け、林の向こうに青く水をたたえた湖が現れたのだ。


「湖の中にあるのが月鏡サラトリの離宮だよ。見えるかい?」

 ユスが言うとおり、湖にある島を土台にした壮麗な屋敷があった。

「湖の岸に控えの館がある。オレたちは、たぶん、そこで帝のお召しを待つことになる」


 ひかえの館も、それなりに広い敷地の山荘だった。まず、高く厚い練り土の塀に囲まれている。

 一行が、十二分に入れる広さの館。うまやもある。台所もある。召使いも待機していた。


 真白月ましろつきがあてがわれたのは、水辺にいっとう近い奥まった部屋だ。鞍楽クララをそばに置くには、うってつけの場所だ。


「帝のお召しはいつになるかわからない。伝令が来るまでは、ここで休めということだ」

 ドルジの言葉に、ようやく、皆の間に、ほっとした空気が流れた。

 今宵は寝台に布団で眠れる。


「ふぁぁー」

 真白月ましろつきも部屋の置き畳の上で、のびをした。

「疲れたカ」

 二人きりになったところで、鞍楽クララがしゃべった。今は乳母型に戻っている。


「あ。何も言わないから、怒っているのかと思った」

「〈そのいち〉に、黙っテろって。〈外〉のコンピューターは、ソんなにベラベラしゃべらなイって」

 〈そのいち〉というのは、鞍楽くららがユス先生に与えた〈日女ひめ婿ムコ候補〉のための識別番号だ。


鞍楽クララのトランスフォーメーション、久しぶりに見たねー」

「タワシもダ。やり方、忘れてルかと思っタが、昔行ったタカラヅカ」


日女ひめさま」

 引戸を閉めた次の間から、布留音ふるねの声がした。

「この部屋の周辺、離宮付きの使用人は、すべて退しりぞかせました。ですが、注意は怠らぬように願います」

 布留音ふるねは警戒している。

 真白月ましろつきは、しゃべらなければ、ただの小娘ともごまかせるが、鞍楽クララは、ちょっとした異様だ。伏せておくに越したことはない。


「りょーかい」

日女ひめ……。私の目を見て言ってください」

 布留音ふるねが、澄んだ星灰せいはいの瞳で見返してくる。

「りょ、了解でっす」

 だんだんと、布留音ふるね真白月ましろつきの適当な性格をつかみつつある。



 さて、弦月ハガスサラの城から、どのくらい離れているのだろう。この地は。


(それでも、月は同じだ)

 夜、真白月ましろつきのいる部屋からは、月がよく見えた。

 満月を過ぎて、また欠けていく月だ。


 外の渡り廊下に出てみた。

 真白月ましろつきにとって夜は怖くない。むしろ、夜とは旧知の仲。地下迷宮は、すべてが眠っている夜のようだったから。

 そして、月は湖にもうひとつ、その姿を落とし、その水面の月を横切る小舟がいた。岸辺の館には、桟橋があり、小舟は、真白月ましろつきの目の前の船着き場に、するりと、すべり込んで来た。


日女ひめさま」

 布留音ふるねが、いつの間にかそばにいて、真白月ましろつきを背に守りの姿勢をとった。

 鞍楽クララは、物陰に潜む。


 小舟から桟橋に降りた者は、明かりを灯した供の者を連れて渡り廊下に入ってきた。

「名乗れ」

 布留音ふるねは、すでに剣を抜きかけ静かだが重い声を発する。


 返って来た声も、また静かだった。 

「――銀の髪。では、お前が神官騎士か。おまえがいるということは、月の日女ひめもいるな」

 男は布留音ふるねの後ろにいる、真白月ましろつきに視線を移した。

「そなたか」


「名乗らぬか」

 じりっと、布留音ふるねは距離を詰める。


「ははっ」

 まことに愉快だという風に、男は笑った。

 いくつか、ばたばたと足音が近づいてきた。ユス、トゥヤ、ドルジが、渡り廊下に飛び出してくる。



「陛下……」

 ドルジがひれ伏した。ユスもだ。

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