50 さすらいの旅芸人
おかげさまで厨房の者たちに、「あのふたり、部屋から出てこないぜ。新婚さんかい」と冷やかされ。事情を知るものは、「いや。宴会で披露するネタを練習しているらしい」と噂した。
「そのあげくの
「楽曲漫才だから。正統派だから。弾けないところはハナ歌でとおす」
「それって、おもしろいんでしょうか」
「少なくとも、わたしたちふたりは、おもしろいって信じようよ」
そして、その日の前座は盛大にすべった。
「ねぇ、
「不完全燃焼……」
「おまえたちは仮設定に本気でとりくむナイスガイだ」
ドルジは、その大きな両手をひろげて、
「母上には気晴らしになったようで礼を言う」
ドルジの母親だけは、盛大に笑ってくれたのだ。
「ここの暮らしは退屈らしくてな。なにせ、都会で育った人だから」
ドルジの母親は大きな街の商家の生まれだったという。にぎやかな街育ちで、日が暮れれば何の明かりもない、この辺境の暮らしは、ひと月で飽きたらしい。
「街暮らしの者が、すべてそうだとはかぎらないがね」
尼さまのテーブルに、
なんでも、同じくらいの年頃の孫がいるとかで、「あぁ、あの子も、
話の流れで、「これから、どこへ行くの?」と尼さまに聞かれて、思わず、
「じゃあ、あたしを息子のところへ届けてもらえないかしら」
急に、尼さまは真顔になった。
「息子?
「そう。あたし、もうひとり、息子がいるの。その子は街で商いをしているの。そっちへ行って生活できればなって。とにかく、あたしはやっぱり、街が性に合ってるのね。荷馬車が通りを行く音で目覚めるような都会で育ったの。田舎の人が川や山を恋しく思うように、あたしは石造りの建物が並ぶ街並みや、人込みが恋しいのよ。ねぇ、ドルジ。せっかく、
「いや、まぁ。母上の気持ちはわかるから」
いつもせっかちに動いているのが好ましいドルジの母親に、ゆっくりゆったりスローライフをと言っても無理があった。この城にいる限り、
「だが、兄貴のところへ行くなら、もうオレとは縁を切ってくれ」
ドルジは苦し気に切り出した。
「もとより尼ですよ。出家して、誰とも縁は切れているはずですけどね」
尼さまは平常心だ。
「また、身内を人質に取られてはかなわんのだ。兄貴もなぁ。商家の
「そうなのよね」
ふぅぅと、ドルジは大きな息を吐いた。
「よし! じゃあ。兄のところへ! 母上を連れて行ってやってくれんか。おひめさん」
「え? た、わし?」
「旅の芸人の家族ってことにすれば、あやしまれないだろう? わしか、わしの兵士を動かしてしまったら、足跡を残してしまうじゃないか。君らなら、強いし頼りになる」
「そうかな。てへへ」
「てへへ、じゃないですよ。
話の行方をうかがっていた
「でも」
「帝都に戻ったら後宮に入れって言われるよ。それに
「わたしに
「後宮にくっついてきたら、
ドルジと尼さまは耳をふさいで自主規制した。
「……なくなってもいいです。わたしの存在の意義は、
「その、た、わしが、いやだって言ってんじゃん! 自分のせいで、誰かが何かを損なうなんて、やなんだよ!」
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