50  さすらいの旅芸人 

 真白月ましろつきが地下迷宮から弦月ハガスサラの城に戻ってきたのは、まる一日たっての夜更けだった。

 布留音ふるねは召使い部屋で、真白月ましろつきの留守を守っていた。

 おかげさまで厨房の者たちに、「あのふたり、部屋から出てこないぜ。新婚さんかい」と冷やかされ。事情を知るものは、「いや。宴会で披露するネタを練習しているらしい」と噂した。

 

「そのあげくの楽器アルトリコーダー演奏ですか」

「楽曲漫才だから。正統派だから。弾けないところはハナ歌でとおす」

「それって、おもしろいんでしょうか」

「少なくとも、わたしたちふたりは、おもしろいって信じようよ」

 


 そして、その日の前座は盛大にすべった。

「ねぇ、布留音ふるね。また、がんばればいいんだからさ」

「不完全燃焼……」

 布留音ふるねが落ち込んでいる。彼は、けっこう完璧主義者だった。


「おまえたちは仮設定に本気でとりくむナイスガイだ」

 ドルジは、その大きな両手をひろげて、真白月ましろつき布留音ふるねの肩をまとめて、ぽんぽんとたたいて慰めてきた。

「母上には気晴らしになったようで礼を言う」


 ドルジの母親だけは、盛大に笑ってくれたのだ。

「ここの暮らしは退屈らしくてな。なにせ、都会で育った人だから」

 ドルジの母親は大きな街の商家の生まれだったという。にぎやかな街育ちで、日が暮れれば何の明かりもない、この辺境の暮らしは、ひと月で飽きたらしい。

「街暮らしの者が、すべてそうだとはかぎらないがね」


 尼さまのテーブルに、真白月ましろつきは話し相手として呼ばれた。

 なんでも、同じくらいの年頃の孫がいるとかで、「あぁ、あの子も、肉入り饅頭ボーズが大好きなのよ」とか、「そのピンクのハーフマスク、えそうね?」とか、話は尽きなかった。

 話の流れで、「これから、どこへ行くの?」と尼さまに聞かれて、思わず、真白月ましろつきは自分で設定したキャラに酔いしれて、「風の吹くまま。気の向くままですかね」と答えた。

「じゃあ、あたしを息子のところへ届けてもらえないかしら」

 急に、尼さまは真顔になった。


「息子? 赤金斧ゼフスフ公じゃなくて?」

「そう。あたし、もうひとり、息子がいるの。その子は街で商いをしているの。そっちへ行って生活できればなって。とにかく、あたしはやっぱり、街が性に合ってるのね。荷馬車が通りを行く音で目覚めるような都会で育ったの。田舎の人が川や山を恋しく思うように、あたしは石造りの建物が並ぶ街並みや、人込みが恋しいのよ。ねぇ、ドルジ。せっかく、とらわれの身から解放してもらっておいて、こんなことを言ってごめんなさい」


「いや、まぁ。母上の気持ちはわかるから」

 いつもせっかちに動いているのが好ましいドルジの母親に、ゆっくりゆったりスローライフをと言っても無理があった。この城にいる限り、城主名代じょうしゅみょうだいの母親という立場上、召使いがするようなことに手を出すわけにもいかず。近くに修道院でもあれば、慈善活動もできるかもしれないが、あいにくとなく。


「だが、兄貴のところへ行くなら、もうオレとは縁を切ってくれ」

 ドルジは苦し気に切り出した。

「もとより尼ですよ。出家して、誰とも縁は切れているはずですけどね」

 尼さまは平常心だ。


「また、身内を人質に取られてはかなわんのだ。兄貴もなぁ。商家の婿むこに入って名を変えた。赤金斧ゼフスフ公ドルジの父違いの兄だとは知られぬようにな。母上に便りをよこすときも、出入りの商人を装っていただろう」

「そうなのよね」


 ふぅぅと、ドルジは大きな息を吐いた。

「よし! じゃあ。兄のところへ! 母上を連れて行ってやってくれんか。おひめさん」

「え? た、わし?」

 真白月ましろつきは、ぴょんと跳ね上がった。動揺して、定着しつつあった〈わたし〉が〈たわし〉に戻ってしまった。


「旅の芸人の家族ってことにすれば、あやしまれないだろう? わしか、わしの兵士を動かしてしまったら、足跡を残してしまうじゃないか。君らなら、強いし頼りになる」

「そうかな。てへへ」


「てへへ、じゃないですよ。日女ひめ! めんどうごとに巻き込まれないでください」

 話の行方をうかがっていた布留音ふるねが、がたんと席から立ち上がった。

「でも」

 真白月ましろつきには、めずらしく言い返す。

「帝都に戻ったら後宮に入れって言われるよ。それに布留音ふるねがくっついてくるのは困る。わたしが帝都に戻るなら、布留音ふるねは、かくれ里に戻ってほしい」

「わたしに日女ひめの護衛としての役目を放棄しろと」

 布留音ふるねは青ざめた。


「後宮にくっついてきたら、布留音ふるね、●●なしにされちゃうんだよ!」


 ドルジと尼さまは耳をふさいで自主規制した。


「……なくなってもいいです。わたしの存在の意義は、日女ひめを守ることです」

「その、た、わしが、いやだって言ってんじゃん! 自分のせいで、誰かが何かを損なうなんて、やなんだよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る