海運都市ダブソスにて

49  新人芸人としての夜

「召使い部屋。厨房に近くて、すぐ、ごはんのおかわりに行けるね!」

 真白月ましろつきは、ごきげんだ。

 弦月げんげつの城の召使い部屋は、基本、使役コンピューターの待機場所になっていた。太陽光発電で動いているらしい彼らは、寝台など必要ない。一部、人の使用人のために寝台、机を置いたワンルームタイプの部屋も残してあった。

 真白月ましろつき布留音ふるねは、その部屋をあてがわれたわけだ。


「ねぇ、布留音ふるね鞍楽クララはどこ?」

 半人コンピューターである鞍楽クララは、トランスフォーメーションして馬型をとっていた。

うまやへ通されましたよ」

 それはそうだろう。真白月ましろつきは、鞍楽クララのことは特に心配していない。彼は元々、戦闘系コンピューターだ。

「頃合いを見計らって、地下迷宮実家に、いったん戻るそうです。日女ひめも今夜あたり、いったんお戻りになられては」

 今回の出奔(里帰り)は、真白月ましろつきの健康チェックもかねている。


「そうする。六天舞耶ロクテンマイヤなら、おもしろいネタを知っていると思うし」

「ネタ……。女神に聞くんですか」

「だてに年取ってるわけじゃないっしょ」

 六天舞耶ロクテンマイヤが聞いたら、ぶっとばされそうなことを口にする。(女神ができたら、だが)彼女らにとって、年齢いじりは自虐ネタだ。真白月ましろつき自身、眠っている間をカウントしたら、14歳ではすまない気がした。



 その地下迷宮への帰り方は一択。

 真白月ましろつきの耳元のピアス、実は高性能通信機器の〈かぼちゃの馬車〉に帰還を願い出る。すると、この辺りの転送ポイントへの誘導がはじまる。まさに感覚受信されるのだ。


(帰還する)

 真夜中に出した願いに〈かぼちゃの馬車〉がさし示した中継地点は、厨房のスパイス棚の前だった。

 夜食係しか起きていない時間。その夜食係も、オーダーが入らない限りは厨房に来ないから、無人。


「目と鼻の先っ」

 ありがたいことこのうえない。


 真白月ましろつきは枕の上にケットをかけて、細工に余念がなかった。

布留音ふるね、枕によりそって横になって。もし、誰か来ても、日女ひめは、ここでお休み中ってことにしよう」

「え……。それじゃ、わたしが日女ひめ同衾どうきんしていることになってしまうではありませんか」

 布留音ふるねは、真っ赤になってしまった。


「アリバイ作りだよ」

 真白月ましろつきの知恵は、だいたいがバーチャル由来だ。こういう知恵は、『ドラマ』で得ている。

「いや、まずいです……。主従でつきあってるとうわさになったら」

「いや。もう、たしか布留音ふるね、わたしの婿ムコ2号だったよね」

 鞍楽クララによって、布留音ふるね婿むこ2号として登録されている。ちなみに婿むこ1号はユスだ。真白月ましろつきという名を知っているものは、ことごとく婿むこということにされるのだ。

 この事態を真白月ましろつきは、いいじゃーんとしか思っていない。


 

 そして、真夜中、真白月ましろつきは辺りに人気がないを確かめてから、厨房のスパイス棚の前に行った。待ちかねていたかのように、ほの白い光が少女を包んだ。瞬きのあとには、そこには誰もいない。


 そのあとは、いつも通りだ。中継地点の〈四匹の力持ちの門〉があるドーム天井の円形の部屋に移送。長い自動螺旋階段をめぐりおりた先に長い廊下。突き当りに地下迷宮の扉。


「ただいまー」と、真白月は地下迷宮の引き戸を元気よく、あけて帰ってきた。

「お帰りー」

 先に帰っていた鞍楽クララに出迎えられる。


 そこからは健康チェックがはじまった。

 合間に、真白月ましろつきはバーチャルにて芸事の学習をする。


「正統派でいきまっス?」

 鞍楽クララ興味きょうみを持ったようだ。およそ、すべての事物に鞍楽クララは興味があるようだ。

「今どきの若者に受けるネタがいいです」

「モノボケとか?」


「 前座なのでしょう。場をあたためるのが役割ですよ 」

 六天舞耶ロクテンマイヤのありがたいアドバイスが、地下迷宮の空間に響く。

「 コント。健康診断~ 」

 真白月ましろつきを椅子に座らせて、六天舞耶ロクテンマイヤ鞍楽クララが模範演技をはじめた。正しくは、メインコンピュータ前で鞍楽クララが実演する。


「 はい。採血しますよー。ちくっとしますよー 」

「看護師さん、それボールペン!」

「 はい。視力検査しますよー 」

「看護師さん、それ、おたま!」

「 胃カメラとりますよ~。台の上で、ごろごろしてくださいね~ 」

「コ、コークスクリューナイアガラボンバーァァ!」


「——おもしろくねぇっ!」

 真白月ましろつきは息荒く、立ち上がった。


「 ほら。頭に血がのぼって身体からだがあたたまったでしょう 」

 しれっと六天舞耶ろくてんまいやは言い放った。


「……無難に楽器演奏にしておく」

 片割れは布留音ふるねなのだ。彼にとって罰ゲームすぎることは避けたい。真白月ましろつきはアルトリコーダーの練習をすることにした。

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