17  異文化交流会

 ユス先生が、〈サラ〉という仮名で呼んだ、かくれ里の民は、〈ラセン〉という部族名を名のっていた。

 金杭アルタンガダスの敵となった螺良つぶら氏の末裔であることを示しつつも、潜伏するためだった。つぶらという文字には、〈渦巻き状のもの〉という意味がある。


金杭アルタンガダスの先生が、〈サラ〉と、われらのことを呼ぶなら、それもいいでしょう」

 先程から布留音ふるねは、山羊の乳のクリームの入った革袋をふりまくっていた。しばらく、ふってから、トゥヤに渡す。トゥヤも疲れるまで、ふりまくってから真白月ましろつきに渡す。そのあとには、ユス先生が待っている。その次は布留音ふるねに戻る。

 『 異文化交流会 』の一環。〈バターを作ろう〉だ。


「それゃ、痛み入りますね」

 ユス先生が、へらっと笑っている。


 そばで見ていた奈久矢なぐやは、「布留音ふるねさま。お手伝いしてくださるなら、お袖を汚さぬように、たすき掛けなすったほうが」洗ったばかりの自分の腰ひもを、遠慮がちに差し出した。

「そうか」

 布留音ふるねは、奈久矢なぐやから腰ひもを受け取り、言うとおりにする。


(公子たちのことは、その、ユス何たらにまかせておけばいいのに)

 尓支にきが口をとがらせたのを、奈久矢なぐやが読唇術で読んだ。

(まぁ、日女ひめもいるから)

 奈久矢なぐやも、まさか神官騎士筆頭が、その腕をバター作りに使うなどは思ってもみなかった。

 生活そのものが祈りになのだと言えば、そうかもしれないと納得しておく。


「先ほど細切れにした野菜を、バターで炒めます。岩塩少々を、お好みでふります」

 里の者も加わって、主屋のつながった岩部屋では、いっせいに調理にかかる。

 かまどで汁物のために湯を沸かすもの。穀物をゆでる者。干し肉を、うすくそいで木の皿に並べる者。


 里の者たちは、皆、真白月ましろつきの出現をよろこんでいる。

 日女ひめの出現は吉祥である。


「てへへ」

 真白月ましろつきはベールの中で照れ笑いした。


 日光に当たり過ぎると、まだ、肌がぴりぴりするからベールはかかせない。プラス、ベールをかぶると謎めいた感が増す、と全員一致で賛同した。

 たしかに、真白月ましろつきはミステリアス感は皆無な容貌だ。しゃべったり動いたりすると、ちがった謎めいた感が満載になるだけだ。

 夕餉ゆうげ真白月ましろつきの意向で、「先生」のユスが先導し、みんなで「いたーだきます」と手を合わせろと、『合掌』なるものをさせられた。



 そして、夜になると一部屋に蝋燭ろうそくを灯して、お話し会がはじまった。

「スンブルの山が丘くらいのとき。スーンという海が池くらいのとき。ガルバラクチの樹が枝くらいのとき。宇宙や世界が卵くらいのとき――」

 ユス先生が、お話をはじめた。


 絨毯じゅうたんの上のクッションに、ベール(シーツ)をかぶった真白月ましろつきが、もたれかかっている。トゥヤが足を崩して座っていた。ユスと布留音ふるねも、まぁ、くつろぎモードだ。

 


 ユスが話したのは、七曜星しちようせいの伝承だった。

 天帝にさらわれた姉をとりもどそうと冒険する、兄弟の話だ。

「――さて、この兄弟と、兄弟を助けた〈山かかえ〉、〈長うで〉、〈聞き耳〉、〈速足〉、〈飲みつくし〉の5人と姉さんが、空にのぼって七曜星しちようせい極星きょくせいになったのさ」


 洞窟の外に出れば、本当に星空が広がっている。この夜のお話にふさわしいとユスは選んだのだろう。


「天帝は? どうなったの?」

 ほおづえついた真白月ましろつきが。

「……最初に、おねえさんをさらったとき出てきただけで、あと、いっさい出てこなかった。おんなの敵」


 知らねぇよ、とも言えず、ユスは教師らしく逆質問にした。

日女ひめなら、どうする?」

「そいつを地獄のカマく」

 即答である。 


「次は布留音ふるねさまのお話を」

 トゥヤが、うながす。

「お話」

 あの、とりすました布留音ふるねが、とまどっている。


(絶対、絵本とか読み聞かせしたことないタイプだろ、こいつ)

 ユスは言葉に出さず、にっこりと。

「ぜひ」


「――昔々」

 布留音ふるねが話し出した。

「ひとりぼっちでお城に幽閉されている公子がいました。ある日、小さな子供が森の木の根っこにつまずいて、ひどいケガをしました。公子は子供を助けたかったけど、自分の力ではどうしようもありませんでした」

 布留音ふるねは、うつむき加減で話している。

「そこで、公子は地下の国の女神に祈りました。子供を連れて行かないでくださいと。すると、地下の国の女神が現れて、おまえの血をすべて差し出せば子供を助けようと言いました。公子は、もはや自分の生きる意味も見出せぬ身。どうぞ、女神の御心のままにと、その血を差し出し地下の国へと下りました」


 ろうそくの炎がゆらぐ。 


「それは弦月ハガスサラの城の、おとぎ話ですか?」

 ユスはたずねた。


「そんなところです」



 布留音ふるねは、やはり、おとぎ話を話せるタイプではなかった。






※〈スンブルの山〉 世界の中心にあるとされた山

 〈ガルバラクチの木〉 想像上の木


 〈参考〉『古のモンゴル的宇宙観と霊魂観について』

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