16  巫女姉妹

 一方、異邦人を迎え入れた、かくれ里の娘たちはというと。


「あねさま、日女ひめは、どんなコだった?」

 客人を案内した姉が戻ってきたので、尓支にきは待ちきれず話しかけた。

「私より年下?」


 布留音ふるねがつれてきた日女ひめ、見た目シーツのかたまりに、妹は興味津々だった。

 にいっと笑う口元が、いかにも快活そうな娘だ。さっぱりと短い髪に、首に沿った色とりどりの硝子管玉ガラスくだたまと小玉を合わせた首飾りをつけている。 

 首飾りには、魔除けの石をひとつ、混ぜてある。

 この部族の風習として、持ち物に自分の決めた守り石をつけている。

 着ている衣は姉のと似ている。しかし、この娘の衣は、ひざ上で断ち切って、下履きを履いていた。


 姉妹は、そろって髪の色も目の色も薄い。それは、いろいろな大陸の血が交じり合った結果のように思えた。


「わからぬよ。日女ひめは女神のしろ。見かけでは判断できぬ。日女ひめの出現に出会ったものは、今世代こんせだいには誰もいないしな」


 姉の奈久矢なぐやは、年齢なりに落ち着いている。年下の娘たちの世話役のような立場も、自然にそうさせた。


 この、かくれ里の民は年を追うごとに減っている。

 目立つのは爺と婆。あと、成人前の子供たち。働き盛りの者たちはむらの外に出ていくからだ。

 例外は神官となった者たちだ。この者たちは騎士でもあるから里は守られている。


布留音ふるねさまから日女ひめがお出ましになるという御神託をうかがったときは、天から舞い降りてくるとか、そういうのかと思ったら、普通に歩いてきたね」

 

「口でなく手を動かせ」

 奈久矢なぐやは妹をいさめる。


 二人は主屋おもやと呼ばれる岩屋にいた。同じ並びに、異教徒一行を案内した部屋もある。尓支にきは、今日の夕餉ゆうげに使う豌豆エンドウをむいていた。

を親指で押さえて開き、実を取り出す。若草色の、ぷりっとした小さな実を、ころころと大きめの木の鉢に落としていく。豌豆エンドウは、春から初夏にかけてのごちそうだ。

 今日は客人もいるから、大鉢にいっぱいにむかないと皆の腹を満たせない。

 合わせる赤い根の人参ニンジンと、黄色い実の唐黍トウキビは、水場の桶の中に用意してある。

 順番に作業していく。


「つい、この間まで、異教徒撲滅運動を掲げていたのに、布留音ふるねさま、節操なくない?」

「それだけ、日女ひめの出現が想定外であったろ。弦月げんげつの城の公子が、われらより先に日女ひめに係わりを持ってしまったそうだ。われらも公子を客人として扱わねばならぬ」

「まぁ、異教徒男子というのも興味深いかなー」

「おまえこそ、節操ないぞ? 異教徒に殺されかけたのを忘れたか」

 姉が言っているのは肆月しがつの新月の夜、赤金斧ゼフスフ公を襲撃したときのことだ。

 あのときの三名の舞日女まいひめの中央にいたのが布留音ふるね。左右を守っていたのが、この姉妹だった。

「はは。あの夜、うちらに追いつく者はいなかったじゃん」

 ややハスキーな声で尓支にきが笑った。戦うとなれば、この娘は容赦ない。


布留音ふるねさまには、お考えあってのこと」

「そうだねぇ。もう〈乙女の旅立ち〉だし」


 〈乙女の旅立ち〉というのは、女子の成人儀式にあたる。

 かくれ里の娘は、婚姻できる年頃になると後見人と里を出る。商才のある者は商人として里で作った薬や織物を売り歩き、技芸に長けたものは遍歴の芸人を生業なりわいとした。もちろん、武芸に秀でたものは傭兵ようへいになりうる。

 この里の者は、基礎レベルの武芸は身につけている。


「里での区切りのお役目です。しっかり務めましょう」

 奈久矢なぐやは、布留音ふるねから渡された『 異文化交流ホームスティ一日の流れ 』と書かれたパピルスを手にして、尓支にきの目の前に広げた。


 『 起床:夜明け

  〈朝〉 水汲み ニワトリの世話 お祈り 瞑想

  〈朝食ののち〉 素振り 神殿掃除

          基礎民族語コミュニケーション

  〈昼食ののち〉 組ひも初級体験

  〈夕食〉 民族料理を作ろう   

  〈夜〉 お話し会

   就寝:9時                 』


「うっ。何、この田舎暮らし体験キャンプみたいなの」

 尓支にきは目をむく。


「公子は12歳だから。子供だから」

「どんだけ、こっちを田舎だと思ってんの……」

「黒髪眼鏡の異教徒がいたでしょう。あの青年の企画だそうで」

「あぁ、あの。あの異教徒。名前、なんつった?」


「ユス・トゥルフール先生です。トゥルフールは〈かぎ〉って意味だって」

「ふーん、て、あっ」「だっ」

 いつのまにか、となりにきて話に混ざっている見知らぬ女子に、尓支にき奈久矢なぐやの両方が、すっ飛んだ。豌豆エンドウの実の入った木の鉢がひっくり返るところを、その女子が押さえる。


「あ。地下迷宮ちかめぃきゅう出身。名前は、むやみに教えちゃダメだと神官騎士に、ねじこまれたところ。かくれ里は、はじめて~」


「……」

「……」

 姉妹は、カンはいい。

 背格好から、この見たことがない女子が、見た目シーツのかたまりの中身だと、すぐ気づいた。


(――どうする? あねさま。布留音ふるねさまから、直に声をかけてはならぬとか、言われてなかったっけ)

(言われた)


 姉妹は読唇術どくしんじゅつを使う。


「わー、おまめ?」が、木の鉢をのぞきこんで聞くので、「豌豆エンドウですよ」と、奈久矢なぐやが答えた。

「あっちに、ニンジンとトウモロコシあった。ミックスベジタブルにするのですか?」

「???」、奈久矢なぐやの頭が疑問符で、いっぱいになる。「み?」


 さらに、「すると、おぬしらが、きゅうしょくのおばさんですか?」と、が謎の発言を。

「きゅ?」奈久矢なぐやが声を詰まらせる。

「え? おばさん、つった?」尓支にきは、そっちに食いついた。


「システムで観たのです。ごはんの支度をしてくれる役職です」


(どうする? 言ってること、わかんない)

布留音ふるねさまを呼ぼう)


 奈久矢なぐやが腰を浮かせかけた、その時、布留音ふるねが、あわてた様子で現れた。

日女ひめっ」

 真白月ましろつきに駆けよるや、持っていたシーツを、ぼふんとかぶせた。


(いや、もう遅いて)

 尓支にきは、この神官騎士筆頭にツッコむ勇気は持ち合わせてないので、心の中だけでぼやいた。


「独りで出歩くなど言語道断。この〈外〉では、何が日女ひめにとって害なのか、まだ、不明なのですから」


「ご、ごめんなすって」

 真白月ましろつきは一部屋をあてがわれて、おとなしくしていたのだが、じっとしているのに飽きて、岩山に掘られた廊下伝いに主屋おもやにやってきたのだった。


「あぁ、ここにいたんだ」

 明るい声がして、トゥヤが入って来た。

「改めまして。鋼鉄鍋ボルドゴゥ公の嫡男ちゃくなん、ナラントゥヤと申します。お嬢さんたち」


 お嬢さんというのは、尓支にき奈久矢なぐやへ向けて呼びかけたものらしい。


(え、何。この小さな殿御ミ・ノモンタ

(懐に飛び込んでくる。できる)


「手伝います」

 トゥヤは腕まくりする。


 そのまま、〈民族料理講習〉へと流れ込んでいった。






※〈弦月の城〉 姉妹は原住民の言葉で〈げんげつ〉と呼び、

        侵略してきた金杭アルタンガダス側は、

        彼らの言葉で〈ハガスサラ〉と呼んでいます

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