15  かくれ里へ遠足

 地下迷宮の女神メイン・コンピューター六天舞耶ろくてんまいやの許しを、真白月ましろつきは得た。

 ただ、外での暮らしが長くなるほど地下迷宮へ戻れなくなる、という文言は気がかりだが。

 

 次の日の、まだ明けやらぬ時刻のことだ。弦月ハガスサラの城を、ひっそりと出立する4人の姿があった。


「よかったの? ついてくるって」

 真白月ましろつきが、トゥヤとユスを見た。


「父上の許しを得られたとしても、小隊つきですよ。それで、かくれ里に行ったら、もはやそれは、かくれ里ではない。私は領地に住む人と仲良くしたいのです」


 先頭を行く布留音ふるねが、ふりむいた。

「見上げた御心がけだが、自分が現地民に殺されるとは思わないのですか?」


「殺されるなら、あの晩、殺されていると思うので」

 トゥヤは、にっこり答えた。

「それに、私もユス先生も簡単には殺されませんよ? 私たちに何かあれば、父の全軍が、かくれ里に向かうでしょう。そんな危険なことをする必要は、あなた方にない。それに、私とユス先生は真白月ましろつきの名を知っている。女神の加護を受ける者ですよ、ね? 神官騎士さま」


「……」

 布留音ふるねが黙った。


(はい、トゥヤの勝ち~)

 ユスは心でつぶやいた。


「ごめんなすって……。何か、布留音ふるねさんを不利な立場にしちゃった」

 真白月ましろつきは、布留音ふるねの背中に謝る。その墨色のフード付きの長衣ちょういの肩が、はぁ、とため息をついた。


「いえ。日女ひめのお立場こそ。婚姻の実行は伴われなくとも、よいものですから、もう、これ以上は婿むこを増やさないでください」


「了解です」

 

 ところで、なぜ、あの転送システム〈四匹の力持ちの門〉を使わないのか。

 かくれ里は、徒歩だと一刻(2時間)以上はかかる場所だ。

 あえて、4人が歩いて向かっているのは、真白月を〈外〉に順応させるためだった。

えんそく遠足、というものですね」

 真白月ましろつきは、ごきげんだ。システムの映像で見たことがある。

 ふたり一組で手をつないで歩いて行くのだ。

 それを出発前に提案したが、どの組み合わせでも布留音ふるねに却下された。(真白月ましろつき布留音ふるねの組み合わせでも、はずかしいという理由で却下)

 それに、道は時折、せまくもなるから、一行は一列に隊を組んで歩いている。

 布留音ふるねが先頭で、真白月ましろつき、トゥヤ、ユス先生が、しんがりだ。


 ユス先生は水の入った竹筒や、もしものときの非常食の乾パンや角砂糖を厨房ちゅうぼうから拝借してきてくれた。

 それから、真白月ましろつきは陽ざし対策として、笠をかぶらされていた。その上からベール(シーツ)をたらしている。多少、歩きづらいが陽ざしに慣れるまでは、がまんだ。


「いや。かくれ里に泊まるから、これは、す、すでに、しゅうがくりょこう修学旅行っ」


「さっきから、真白月ましろつきの言っていることがわからないんだ。説明して?」

 うしろから、トゥヤが笑った。


しゅうがくりょこう修学旅行は、ばすに乗って行くんです。そして、小山のような神さまの像を訪ねたり、きらきら輝く家を観に行きます。その土地の部族と泊まり込みで交流します」


「言っていることが8割くらい、わからない」

「むしろ8割わかれば、すばらしい」

 トゥヤとユスは、とりあえず笑っとく。


 あとは4人とも黙々、歩いて行った。

 山路はけわしい。

 難所があって数回、迂回し、地表の細道や洞穴の通路を通った。

 これを何なく、かくれ里の者は行き来しているという。

 ユスは石の収集をしたり、古代の石碑を見つけるとスケッチしたりしながら考えていた。

(進軍してきたとしても大掛かりな武器は持ち込めない。馬も、この石だらけの道では、足をくじきかねない。まず、一頭ずつしか進めない)


 要するに天然の要塞。現帝の祖父が、この地の侵略を割に合わないとしたのも納得だ。


「ここを抜ければ、かくれ里です」 

 布留音ふるねの指した岩山ひとつを抜けたあたりに、人工の石壁が現れて来た。


 岩山を利用して、石壁に囲まれたむらがあるのだ。

 アーチ型の入り口の前で、女が待っていた。


「お帰りなさいませ。布留音ふるねさま」

 涼やかな声が、筆頭神官騎士の名を呼ぶ。すらりとした姿の女だ。


 その額に、みどりの濃淡の硝子管玉ガラスくだたまと小玉の髪飾りを巻いていた。両頬にたらされた硝子管玉ガラスくだたまと小玉の房がきらめいて、女の皮膚に光を照り返していた。

 衣は、生成りの貫頭衣のまであるもの。ただし、ももの辺りまでスリットが入っていて、非常に足さばきをよくしたものだ。その衣の腰を、朱の帯で一気にしめたのだろう。女の背筋はピンと伸びている。

 靴は、うすくなめした皮だ。爪を岩で傷つけないように、つま先は補強してある。

 一言で言えば、いい女だ。


 一行は、かくれ里の中へと進んだ。

 かくれ里の住居は、岩肌を彫りこんである。それでいて、時々、ぽっかりとした庭のような空間に出る。その空間に山羊などがいたりした。

 邑人むらびとらは、遠巻きに真白月ましろつき一行を見ている様子だった。

 トゥヤとユスに警戒したものかもしれない。


「頼む」

 布留音ふるねは女に、そう言って、どこかへ行ってしまった。


「こちらへ」

 その長身の女に伴われて、一行は洞穴の廊下を歩いた。二間続きの洞窟部屋に案内された。


 そこは、意外と日の光が入る場所だった。手織りのしっかりとした絨毯じゅうたんが敷かれ、竹で編んだ低座の椅子がしつらえてあった。

 真白月ましろつきとトゥヤ、ユスは竹で編んだ低座に座って、やっと一息入れた。

「あー。しゅうがくりょこう修学旅行の楽しみといえば、まくらなげだよね」

 また、突如、真白月ましろつきが言い出したから、トゥヤは笑う。

「ほんとに、真白月ましろつきの話はおもしろいよ。巡遊詩人じゅんゆうしじんのホラ話より荒唐無稽こうとうむけい


「そうなの? たわ、わたしも若干14歳だし、ロク……、の話とかシステムの観せるものしか、わかんないし」

 真白月ましろつきも困った様子だ。


「ろく、って、女神サマ、実はメインコンピューターだったよね」

「名前は、ないしょで」

 真白月が右手の人差し指を唇に当て、しぃ~の仕草をする。

「聞かないよ。名前を聞くと責任取らなきゃいけなくなるでしょう。真白月ましろつきの世界では」

「あの、トゥヤさん」

「トゥヤでいいよ」

「あれ、実行責任は伴わないって」

「え。ラッキーハプニングだと思っているのに」

 トゥヤが、うやうやしく真白月ましろつきのベール=シーツの裾を手にすくい口づけの真似をした。

鋼鉄鍋ボルドゴゥ公家の花嫁ということにすれば、手出ししてくるやからはいないはずです。いずれ、そうなる。私をお守り代わりにしてください」


「逆に狙われたらどうするのです」

 ユスが真顔で言った。


「とにかく、婚姻のことは、わからないので! システムでも、その分野は15歳以上となっていて、まだ視聴していないし!」


「そもそも、システムとは?」

 ユスが食いついた。


「システム、ミクスト・リアリティ複合現実は、ありがたい学習システムです。さも、実態がそこにあるように見せてくれる。それで、ひととおりの知識や武芸などは身についてるはず」


「身についてるかは別として。それほどの科学力を持っている天人ソラビトの国はどこにあるんだ?」

 ユスの質問に、「遠くなのかなー」としか真白月ましろつきも答えられないのだ。



「今度、に聞いてみようよ」

 トゥヤが、さっさと六天舞耶ロクテンマイヤとしてしまった。

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