12  朝焼け

 真白月ましろつきが布留音と竜の門をくぐったとき、トゥヤは、まだ、まどろんでいた。


 トゥヤの部屋の寝台の前の壁が、ほの白く輝いた。

 次に。

 男にかかえられた黒髪の少女が現れる。


 しゃ、と布留音ふるねが剣を抜く隙で、真白月ましろつきは床に転がり落ちるように、その腕から逃れた。


「ま、ましろつき!」

 トゥヤが寝ぼけながらも叫んだ。


「……」

 布留音が剣を抜いたまま、ぴたりと止まった。

「――日女ひめさま。異教徒に御名を?」


「そう、だったかな?」

 真白月ましろつきは転がった体勢から身を起こした。


日女ひめ……」

 布留音ふるねから殺気が弱まった。

日女ひめが自分の名を教える意味をご存じですか」


「自己紹介だよね」


 真白月ましろつきの言葉で布留音ふるねから、どーんと殺気が減った。

「……求婚に応えるという意です。または求婚する」


「え?」


 やるせないような沈黙のあと、まず、「うわ~」と、トゥヤが、ほおを赤らめた。


日女ひめの名を知る者は、異教徒とはいえ神官の私は手出しできません」

 布留音ふるねは本当に脱力したようで、螺旋らせん階段からのぼってきた影に気づくのが遅れた。


「――そうか。よかった。では、私も助かったわけだ。ねぇ、真白月日女ましろつきひめ

 すでに剣を抜いていたユスが立ち上がった。

「新月だからと、見張っといてよかったよ。どこぞの騎士さま? それとも刺客の舞日女まいひめさま?」


「!」

「——」

 真白月ましろつきとトゥヤをはさんで、ユスと布留音ふるねは、にらみ合った。

 お互いが、お互いの力量を読まんとする。


真白月日女ましろつきひめ、お連れの銀の騎士をとりなしてくださいませ」

 また、わざと、ユスは真白月ましろつきの名を口に出した。


日女ひめさま……」

 布留音ふるねはユスをにらんだままだ。

「この男にもこたえられたのですか」


「そ、そうかな?」

 申し訳なさそうな真白月ましろつきに、布留音ふるねは、ふかーく、ため息をついた。

 どうやら、異教徒を血祭りにする気は失せたようだ。


「ごめんご。お休みのところ。来ちゃった!」

 真白月ましろつきは、システムの何かで見た、『 アポイントを取らずやって来た場合の謝り方 』を実行した。それから、布留音ふるねを手のひらで指し示して、

「このヒトは、布留音ふるねさんといいます。過去に、そちら側にしてやられて、大変遺憾いかんに思っているそうです。仲良くしましょう」

 と、ムリかもしれないことを言ってのけた。


「うん。そうだね。仲よくしよ」

 トゥヤが、無責任な相づちを打つ。

「ところでさ。真白月ましろつき、今日は帰らなくていいの」


 トゥヤが窓の外を指した。

「もう夜明けだよ。日がのぼって来た」


 空の色が。

 山岳を明けに染めて、まもなく太陽がのぼってくるところだった。



 いつのまにか、真白月ましろつきは、すっかりスルーしてしまったのだ。

 〈かぼちゃの馬車〉の帰れコールを。


「どどどうしよう。ロク……、もう起きたよね」

 その名は、どうにか飲み込んだ。

「帰ったら、メッチャ怒られる。二度と地下迷宮から出してもらえなくなるかも……」


(どうしよう……)

 そう思いながらも、真白月ましろつきは、はじめて見る明けの空に目を奪われていた。


「いけません。日女ひめ。急に日の光を見ては」

 布留音ふるねが、寝台のシーツを引っぺがして、真白月ましろつきの頭からかけた。

「わ、うん」

 たしかに、朝日の一筋で真白月ましろつきは目の奥が、くらくらとした。

「うーん」そして、真白月ましろつきは。決めた。「交渉する。これからのことは」

 真白月ましろつきはシーツをかぶったまま、トゥヤとユスに向き直った。

「しばらく、この城に、ごやっかいになってよござんすか」



 それで、朝っぱらから、弦月ハガスサラの城の副将、赤金斧公ゼフスフドルジは、山岳民族の代表が表敬訪問に来ていると知らされたのだ。

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