13  表敬訪問

 苦しまぎれにユスとトゥヤは、真白月ましろつきと布留音を山岳民族の代表で、弦月の城に表敬訪問に来ているとした。


 赤金斧ゼフスフ公ドルジの前に、異教の少数民族は歩んだ。

 そのふたりは、ちっこいのと、しゅっとしたの、という具合にドルジには認識された。ふたりとも白いベールをかぶっていたからだ。

 ちいさいほうが少数民族の日女ひめであり、背の高い方が神官騎士であると、甥のナラントゥヤ公子から紹介があった。


 一同は、広間の次に広い応接の間で、大テーブルに着席した。

 トゥヤとユス先生もだ。


 ユスは通訳と議事進行を兼ねた。

「この山岳の奥地に住む一族です。彼らは金杭アルタンガダスに反意はなく、今まで通りの暮らしを保証されたいと」


「なるほど」

 ドルジはヤギの乳を飲みながら、うなずいた。


「古代の風習を残す貴重な種族です。山のガイドとしても優秀です」

 ユスが説明するうちに、テーブルには朝食の用意がととのえられた。


 小ぶりな丸パンと山羊のミルク。スゥプは、じゃがいもと根菜が入っていて、茴香ういきょうの香りがする。それと羊の塩ゆで肉。

 軍人である彼らは、朝から肉を食す。


「いにしえの土着信仰というのは女神信仰かね」

 ドルジがが察するに、代表は年若い日女ひめのようだ。

 すっぽり白いベールをかぶっていて、顔はわからない。

 ただ、ベールのほつれたすそから白い細っこい手が伸びて、テーブルの丸パンをひとつ、つかんではシーツの中へ消える。


「我々、学者の間では山岳の部族のことを、その信仰からも〈サラ〉と呼んできました。この城の名も、もともと彼らの言葉で弦月げんげつと呼ばれていたのを、われらの言葉で《ハガスサラ》と」


「なるほどな。それで、このちっこい方は、お日女ひめさんか。かぶっているのはシーツに見えるんだが」


 正解だ。


「婚姻前の娘は、風習で顔を見せないのです」


 なるほど。神官騎士という男もシーツに見えるベールをかぶっている。


「〈サラ〉の一族はむらにいる間は皆、何がしか神に仕える役目を負っているので、神に仕える身として黒子に徹するという意味合いでしょうか、顔を見せないのです」


 なるほど。と、ドルジは納得した。


 実は、布留音ふるねが顔を見せると、武闘会ぶとうかいでドルジを襲った舞日女まいひめだとばれる可能性をユスが示唆しさして、彼もシーツをかぶる羽目となった。だから正しく、トゥヤの部屋にあったシーツを、取り急ぎ、二等分した。さっきのことだ。


 ドルジは、そんなことだは気づかずに甥のナラントゥヤが、日女ひめばかりを気にしていることを気にした。

 なるほどと。

 この日女ひめ、わしに顔は見せなくても甥には、いろいろ見せてるんじゃないか、と。

 シーツの裾から、また白い細っこい手がのびて、スゥプの鉢をたぐり寄せた。


「――で、折々、トゥヤさまに、あちらへうかがっていただいたり、日女ひめさまに、こちらへ滞在していただいたりはいかがでしょう」


「いいんじゃないか? 兄上も反対しないだろ? 自分の居城の地盤を固めるのは大事なことだ」


 甥に関してはユスの判断に従っている。

 現帝の覚えよろしい男だと、うすうす思うところもあった。


「了承する。だが、兄上がお戻りになってからにしてくれ」



 そして、赤金斧ゼフスフ公ドルジは城外の役目に出向き、トゥヤ、ユス、真白月ましろつき布留音ふるねの4人は公子の部屋に戻った。


 やっと、真白月ましろつきは、かぶっていたシーツを脱ぎすて、窓辺に駆け寄る。

 そして、差し伸べられるだけ手を伸ばし、光を受けた。あたたかい。地下迷宮の人工のあたたかさとは、何か違う。

(なんとまぶしいものなのだ) 


日女ひめ

 布留音ふるねが、あわてて真白月ましろつきを引き寄せる。

「いけません。お身体からだにさわります」


「えーと、ですね」  

 ユスが咳払せきばらいした。

「神官騎士殿にうかがいたい。本当に金杭アルタンガダスに恭順なさる気持ちがおありなのですか」


 布留音ふるねが笑顔で答える。

「心底からと問われると、ない」


「ま、そんなところですね」ユスは苦笑いにとどめた。「それから、真白月日女ましろつきひめ

「へはい!」

 急に呼ばれた真白月ましろつきは、ぴょんと跳ねあがった。


「なぜ、君は警備の目をくぐって、この城に出入りできる? 私の目の錯覚なのかな。君は消えたり現れたり——」

「地下迷宮とつながっているせいだと思います」

 しれっと、真白月ましろつきは暴露した。


「ひ、め」

 布留音ふるねが静かに、あわてている。

 真白月ましろつきは、布留音ふるねに向き直った。

「た、わしこそ知りたい」

日女ひめ、そこは、

「ご指摘、痛み入ります。わ、た、し、は、……に聞きたい」


「おそらくですが、その」

 布留音ふるね真白月ましろつきに向かって、右の耳を示した。

「それでもって日女ひめのいる位置は、はご存じだと。新月の晩に抜け出すことも想定されていたのではないかと」


 真白月ましろつきは、はっとして、右の耳の〈かぼちゃの馬車〉を抑えた。

 布留音ふるねの言葉を待っていたように、意識下で方向指示が点滅したからだ。



「――呼び出されています、。『 反省室に来い 』って」

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