11  排他的神官騎士

 〈四匹の力持ち〉のうち、玄獣げんじゅうの門は城外の谷へ続いていると灰滋はいじは言った。

 その心構えがあったとしても、目にした藍色の星空に、真白月ましろつきは飲み込まれるかと思った。


 巨岩の上に、真白月ましろつきはいた。ぐるりと夜空を見渡して、真白月ましろつき七曜星しちようせいを探す。

 真白月ましろつきがシステムで習ったのと、ひしゃくの形がちがっていた。


(星は、おのおのが動いていると、おんじぃは言っていた)


(この星空が、まるきり変わってしまうときに、ここに立っているのは、どんな人なんだろう)


 静かに話しかけられたのは、そのときだ。

「――白月はくげつの君」


 真白月ましろつきが動揺を悟られぬように、ゆっくりと、その声の方へふりむくと、墨色のフード付きの長衣ちょういの人影があった。

「その先は崖です。こちらへ。どうか」人影は左腕を差し出した。


「おぬし」

 真白月ましろつきは警戒した。


「わたしは女神をたてまつる神官であり、金杭アルタンカザスに滅ぼされた螺良つぶら氏の末裔まつえい。――乳白にゅうはくの心を持つ人よ。弦月げんげつの城では失礼しました」

 その背丈と身のこなしが、演武を舞っていた女に重なった。


「――あのときの舞日女まいひめ?」 


布留音ふるねと申します」

 フードからは、つややかな銀の髪が肩に流れていた。

 顔立ちは星明りでは、よくわからない。青年、だろうか。


「代々、螺良つぶら氏の傍系の家系が、地下迷宮の神官としてお仕えしてきました。ふたつ前の新月で日女ひめをみかけ、おそらくは、こちらへもお出ましになるのも近いと」


「ツブラ氏」

 真白月ましろつきは、灰慈はいじが言っていたことを思い出した。

「なぜ、城で土地人トチビトを襲った?」


「この地は、われらの神域であり、あの城も本来なら侵略者が立ち入るべきではない場所。——警告、です」


 〈外〉は異なった宗教の者同士が争う、まだ、そういう文明期らしかった。

 六天舞耶ロクテンマイヤが、地下迷宮から出るなというのも、そういうことなのだろう。真白月ましろつきは少し、ふるえた。


「夜気に冷えましたか? こちらへ」

 布留音ふるねと名乗った男が、もう一度、真白月ましろつきに手を差し伸べた。

「足元に、気をつけて」


 たしかに、足元は岩山で不安だった。真白月ましろつきは男の服の袖を指で、つかんだ。

「わたしの袖ごと、おつかまりください」

 男には弦月げんげつの城で見せた殺気が、うそのようにない。

 真白月ましろつきは、その腕に体重を預けることにした。鞍楽クララのアームとはちがう感触だ。

 岩場から奥へと石階段が続いていた。

「ここは、谷になっている岩山をくり抜いて作られています。空からの目でも持っていない限り気づかれることはないでしょう」


 洞窟の石階段を一段ずつ下りていく。

「地下迷宮に似ている」真白月ましろつきのつぶやきに、「地下迷宮を作った者たちが、ここを作ったと伝えられておりますから」と男は答えた。

「地下迷宮を知っているの?」

「おとぎ話程度には。ここは静かに」

 相手が黙ったので、真白月ましろつきも黙る。


 洞窟の中は目が慣れると少しは明るい。石の壁自体が光を蓄えているようにもある。

「壁のくぼみで、ニワトリが寝ているので」

 目をこらしてみると、3羽ばかりの茶色の柔らかな塊が見えた。

「本物。はじめて見た」

 ニワトリたちは眠っていた。

「明け方、卵を産みます。卵はといに落ちて。それから、ゆっくり転がって行きます。ほら、卵が割れないように、あそこにわらを敷いています」

「すご」

 真白月は、つかまった手に思わず力が入ってしまった。

「地下迷宮に比べたら、原始的な装置ですよ」


 青年は真白月ましろつきに左腕を貸したまま、向き直った。

 真白月ましろつきにとっては、男を見上げる形になった。

 相変わらず、ぼんやりとしか見えないが、その面差しは端正だ。その落ち着きのわりに若い。青年といえる。


「それは、〈かぼちゃの馬車》〉ですね」

 真白月ましろつきの耳元に、青年は目を留めた。

が、外に出ることをお許しになりましたか?」


「あの方? ロク……」真白月が言いかけると、右手の人差し指をたてて制された。「その御名を、外で口にすることはなりません。もちろん、日女ひめ自身の御名も」

 その声は夜のように静かだ。

日女ひめ、私を弦月げんげつの城へ連れて行ってくださいますか」

「……?」

 真白月ましろつきは、ふいに青年から、ちらりとした殺気を感じて離れようとした。が、その左腕に長衣ローブごと腰からすくいあげられた。軽々と、真白月ましろつきの足先は地面から浮いた。


「夜明けまでには時間があります」

 真白月ましろつきを抱えたまま、布留音ふるねは洞穴を崖へ引き返す。


 そして、崖の真白月ましろつきが現れたポイントに戻ると、二人の姿はかき消えた。あかつきの前の空に溶けたように。



 ふたりが転送されたのは、〈4匹の力持ち〉の4つのアーチ門の螺旋らせん階段の部屋だ。

 玄獣げんじゅうの門を出た布留音ふるねに、まだ、真白月ましろつきは抱えられたまま。 


白虎しろとらか竜ですね。城内に入るには――」

 青年はアーチのレリーフを確認した。

「――何、する気っ?」

 この男が不穏なことしか考えていないとは、真白月ましろつきにもわかった。

「異教徒を、血祭りにするんですよ」本気の声色だ。

「そういう宗教感のちがいで争いになるの、やだ。離せっ」

 真白月ましろつきは青年の肩に抱えられ、両足を拘束され、ぼかすか背中をなぐってみたが、その腕をはずせない。


 そのまま。ふたりは竜のアーチ門へ進んだ。


「トゥヤ!」

 真白月ましろつきの声も姿も、かき消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る