10  3回めの新月

 陸月りくがつとなった。

 伝承には、『 雨が多く降る 』という記述が残されている。ただし、どの地域かによって報告例は様々で、あてにはならない。


 そもそも、最初の地下迷宮の住人達には、この〈星区〉の気候など関係なかった。 ただ、それに関しての資料は膨大ぼうだいにある。

『 陸月りくがつは雨、多し。時に豪雨ともなれば河が氾濫はんらんむら一つ流された 』とあれば、『 日女ひめらの出立に雨の日は避けるべし 』という禁忌が生まれるのも納得だ。


 ここ、地下迷宮に季節はない。

 ただ、土地人トチビトの故事に従い、一年を十二等分した月名を模倣している。

 昔から土地人トチビトとの交流は、六天舞耶ロクテンマイヤの気分次第で発現したものらしい。

 真白月ましろつきは季節の行事をシステムで学習した。1ケ月という時間感覚は、新月から新月とカウントしている。

 

 

鞍楽クララの顔も三度サンドと申しましテね」

 引き戸を開けるのを鞍楽クララは、しぶっていた。


「行くって約束したから」

「トモダチは選ばねば、いけないス」

「そういえば、城に灰慈ハイジってコンピューターがいた」

「ああ、灰慈ハイジダすか」

「トモダチ?」

「コンピューターのコンピューターは、皆、コンピューターでス」


鞍楽クララも来ればいいのに」

「〈外〉の住人にとって、我々は〈異端〉です。スクラップにされまっス」

「そんなの、六天舞耶ロクテンマイヤが許さないでしょ」

「我々の目的は、ひっそり暮らすことダす」

「もう十分ひっそり暮らした」

「んダすね」


「外に出た日女ひめはいるのでしょう?」

 鞍楽クララはうなずくも、「ですが、〈外〉の気は日女ひめを弱らすのダす。〈外〉では長く生きられヌ」と。

 

 やはり、結局、異世界から来たような真白月ましろつき身体からだに、この大陸の気候はベストではないのだ。

「うん、わかってる。でも、行っていい? ね?」

 真白月ましろつき鞍楽クララのメタルな腰に抱きついた。


「……ワかりまスた」

 あきらめ顔で(たぶん)、鞍楽クララは引き戸を開けた。

あかつきまでには帰ってきてくだサ。〈かぼちゃの馬車〉を忘れズに」


「了解」

「オや、どぅしまシ」

 真白月ましろつきの返事が、いつもの、うわっすべりの「りょーかい」ではないのに、鞍楽クララは動揺した。


「いろいろ、鞍楽クララには面倒かけるなーって」

「なら、あそびなんてしないでくだサィ!」

 それには、もう応えず、「行ってきやーっす」、ひょいと真白月ましろつきは引き戸をすり抜けていた。


 石廊下をスキップして行く。

 螺旋らせん階段のある部屋に着くと、真白月ましろつきは天井に呼びかけた。

灰慈ハイジ?」


「はぁイ」

 ドームの天井から、まのびした返事が落ちてくる。


灰慈ハイジは、わたしのこと、知ってた?」

 今さらながらだが、真白月ましろつきは物おじしない性格だ。

「ゾンじあげておりマ。私の記憶の一部は六天舞耶ロクテンマイヤさまと共有さレておりまスのでェ」

「教えてほしいことがある」


「まず、お乗りくださいマ」

 うながされて、真白月ましろつき螺旋らせん階段の1段めにのった。

静かに階段は動きはじめる。


灰慈ハイジは、いつから、この城にいる?」

螺良ツブラさまの代からになりマ」

「ツブラさま?」

 真白月ましろつきは、聞いたことがあるような気がした。


螺良ツブラさまは、この地の王であった。六天舞耶ロクテンマイヤさまをまつる神官でイらスた」

六天舞耶ロクテンマイヤって神だったの」

「この地の、かつての宗教感にのッかったデっす。それが、イちばん自然に、そのに溶け込めたデっす」


 のぼっていく階段の内壁で、描かれた青白い星が、またたいている。


「わたしたち、どこから来たの」


「遠い、遠い、トコロから。スンブルの山よりも。スーンの海よりも。ガルバラクチの大樹が枝くらいのときから。世界が卵くらいのときから――」

 灰慈はいじは、むかし語りでもはじめる気だろうか。


「ナオ、この螺旋らせん階段を巡っている時間で、日女ひめの健康チェック及び、外への適合力テキゴウリョクを図り、さらに、菌に対する抵抗力テイコウリョクをつける薬剤を散布してオリマス」


「すご。抜かりないー」

 たしかに、そういう装備なく、いきなり〈外〉に出るのは心配だ。

「もしかして胃もたれの薬とか、灰慈はいじ、持ってる?」

「ありまっス。ガ、胃がもたレるほど食べる必要が日女ひめにあるデしょか?」

「ある」

「……」

 コンピューターにも、あきれるという感情があるらしい。



 そのうち、螺旋らせん階段終点、〈四匹の力持ち〉の4つのアーチ型の門の部屋に着いた。

 

 西を示す白虎しろとらのアーチ門は城の中庭へ。東を示す竜のレリーフのアーチ門はトゥヤという少年のいる部屋へ、つながっていることはわかった。


「もう、びっくりするのは、ごめんなすって。だから、どこへ、つながっているのか教えて」

 今、目の前の入り口のアーチ門の上に彫られているのは、北を示す甲羅こうらを背負った獣。

 うしろの入り口のアーチ門の上に彫られているのは、南を示す翼を広げた鳥。


玄獣げんじゅうの門は城外の谷へ。朱鳥あけどりの門は、関係者以外立ち入り禁止でっス」

「立ち入り禁止?」

 真白月ましろつきが朱鳥のアーチ門へまわって見ると、たしかに、『 関係者以外立ち入り禁止 』の黄色の置き看板が置いてあった。



「では、城外へ出る」

 真白月ましろつきは、玄獣げんじゅうのアーチ門をくぐった。






 ※〈陸月〉 この世界の6月らしい

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