9  日女は消える

 こんな夜更けに城主名代みょうだいたる赤金斧ゼスフス公ドルジが甥の部屋を訪ねてくるとは。

「はい?」

 トゥヤは扉を開けずに返事をした。


「この夜中に、の夜食を用意させたと聞いたぞ!」

 ドルジの声はでかい。


「……夜中に目が覚めたら、おなかが減って」

 トゥヤの眉間にシワが寄った。


「めずらしいな」

 ドルジは引き下がらない。

「成長期でしょうか。叔父上、では」

「……どなたか、かな? まさか! 召使いは、ぞ!」

 言い方に含みがある。

「それは! 心に留め置いております。察して、遠慮していただけますか!」

 トゥヤの声が大きくなった。

「監督不行き届きでシドゥルグ兄に叱られるのは、オレだぞ! も~、夜明けにはを返すこと。いいな!」


 いったい、いつ知り合った? とか、ドルジの声が廊下に響きながら遠ざかる。

 とんでもない叔父のカン違いにトゥヤが苦笑いで、ふり返ると、真白月ましろつきが2個めの蒸し饅頭ボーズにかぶりついた形で固まっていた。

 その目線の先には、螺旋らせん階段から顔を出した黒髪の青年がいた。

 ユス先生だ。 


「これは……」

 ユスも真白月ましろつきを見て、一瞬、言葉を失ってはいた。

「すいませんね。ドルジ様では体格が良すぎて、この螺旋らせん階段をのぼれなかったもので」


「なんで、うちの身内はデリカシーがない人ばかりなのですか!」

 トゥヤは怒りすら沸いてきた。


「暗殺騒ぎがあったあとですよ。後見人と教育係が知らぬことがあっていいわけがないでしょう?」

 ユスは真白月ましろつきに向き直った。

「あなたは、先月の夜会に忍び込んでいた日女(ひめ)さまでしょうか」


「……む」

 真白月ましろつきは、2個めの蒸し饅頭ボーズをほおばりながら、うなずく。ただものではない感は伝わった。


「トゥヤさま、おうかがいしてもよろしいですか。この方は」


「ま、しろ、つき、日女ひめだ。ツァガーンサラ

 トゥヤが翻訳する。


はくげつ。少数民族の言語でしょうか」

 ユス・トゥルフールは大陸の古語にも明るい。

「いつ、ここまでお連れしたのですか」


「彼女が、やってきた」

「どう、やって?」


 蒸し饅頭ボーズを食べ終わった真白月ましろつきが、話に加わる。「だだ、だだ~と。あ~んど、ぱっと」


「……あ~んど?」

 はじめて聞く言語に、ユスは目が点になった。


「抜け道って言ったよね」

 トゥヤが助け舟を出す。


「そぅ。この城の中のことは、おんじぃさまから聞いて、たわしも大大体だいだいたいのことは了解済みさ」真白月ましろつきは、どこか誇らしげに語った。


「おんじぃさまとは?」

 ユスは面食らいながらも、聞くべきことは逃すまいとする。


六天舞耶ロクテンマイヤが連れて来た。元々はこの城に住んでいた人。六天舞耶ロクテンマイヤと共通の話題で盛り上がって、されたとな。鞍楽クララに言わせると六天舞耶ロクテンマイヤは、だ」


(参ったな……。なんか、わけわからんコが来た)

 ユスの言語能力を持ってしても、理解ができない言葉が出てくる。

「――で、真白月日女ましろつきひめは、いらっしゃいましたか?」


地下迷宮ちかめぃきゅぅです」真白月ましろつきは正直者だ。


「……名前の店が、ふもとのむらにありましたっけ?」

 トゥヤが小声で、ユスに聞く。

「ないですよ」

 真面目に答えたのち、ユスは赤面する。


「あの」トゥヤが、いちばん気になっていることを切り出した。「この城の祈りの間に、君に、とても似ている肖像画があるんだ。もしかして君は、それと関係ある人なんじゃないかな」


「それは、おそらく」

 言いかけて、真白月ましろつきはベンチから飛び上がった。

 右の耳元のピアス、〈かぼちゃの馬車〉が微振動で知らせてきたからだ。


『 夜明けまで あと5分 』を。


「――帰らないと」

 まだ、全部食べ終わってないのに。

 名残惜しいが、しかたない。真白月ましろつきは壁に向かう。


 これは、この間と同じパターンだとトゥヤにはわかった。

「帰っちゃうの? また来れる?」


「次の新月の晩に」

 そろそろと壁伝いに、真白月ましろつきは歩いた。そして、お願いした。

「3秒、目を閉じて。決して、こちらを見ないとお約束くださいませ」


「わかった」

 トゥヤが目を閉じて3秒ほどたって目を開いたとき、もう、真白月ましろつきの姿はなかった。

「あの子、いなくなった? 扉を開けた音もしなかった。まさか! 窓から飛び降りたっ⁉」

 あわてて窓辺に駆け寄った。

 城自体は三層だが、岩山に張りつくように立っているから崖の高さがプラスされて、とても高所だ。


「――なるほど」ユスの声が、うわずった。「消えました。あの日女ひめ」 


「えっ」

「――見ました。かすみのように消えました。そこの壁の前で」

 ユスは、寝台の向こう側の壁を指差した。


「目、3秒、閉じなかったの?」

 トゥヤは信じられないといった面持ちで、ユスを見た。


「閉じてって言われたら、閉じるなと同義語ですよ」

「大人って、汚い」

「知恵です」


 それにしても、とユスは思った。

(これは、また、帝にお知らせできないことが増えたなぁ)





 夜が明けて、ユスはいつも通り、城のまわりの散策を兼ねた調査をした。


 岩山の窪地くぼちにたまった、わずかな土に木は根を張っている。土の層は深くない。数米突メートル掘削すると、硬い黒々とした岩盤の層に当たる。今のところ、持ち合わせのスコップは、すべて欠けた。硬すぎるのだ。なのに、城の土台、たぶん古代の神殿の石垣は、その石で組まれているというのはどうしてなのだ。

 調査のため、地元の村人を日雇いしようとしたが集まらない。


「城は聖なる山の入り口じゃ。近づいちゃいかんと昔っからの言い伝えじゃ。掘るなどもってのほか。罰当たりなことをすると呪われっど」


「城には、今でも幽閉された王さまの幽霊が出る」


「首なしの馬、首なし御者の馬車が城へ走っていく」


「森で女の笑い声がする」


 ネガティブな話しかない。


「城の地下に古代の宝物が埋まっていて竜が番をしている」というのが、いちばんマシだった。


「昔なぁ。聞いた話だ」

 年老いた男が話をしてくれた。

「この城のあたりでサ、兄弟が遊んでいたら、弟が木の根っこにつまずいて、目ェに枝サ、刺さってな。大泣きする子供の声で城から、おひめさんが出て来てくれたんじゃと。おひめさんは弟を城の中へ連れて行って、しばらくして帰ってきなすった。弟は数日、夢うつつで。でも、傷はきれーに治ったし、目ェは、ちゃんと見えとるし。あの城に住んでいたのは、幽閉された、お貴族さまだけだったはずじゃになァ」


「そこですか?」

 思わず突っ込んでしまった。


 そんな医術はありえるか? 

 つぶれた眼球を元に戻すだと?

 この城に秘密があるのはたしかだ。



(新月の夜を待つことにしよう)

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