9 日女は消える
こんな夜更けに城主
「はい?」
トゥヤは扉を開けずに返事をした。
「この夜中に、ふたり分の夜食を用意させたと聞いたぞ!」
ドルジの声はでかい。
「……夜中に目が覚めたら、おなかが減って」
トゥヤの眉間にシワが寄った。
「めずらしいな」
ドルジは引き下がらない。
「成長期でしょうか。叔父上、では」
「……どなたか、お客人かな? まさか! 召使いは、いかんぞ!」
言い方に含みがある。
「それは! 心に留め置いております。察して、遠慮していただけますか!」
トゥヤの声が大きくなった。
「監督不行き届きでシドゥルグ兄に叱られるのは、オレだぞ! も~、夜明けには客人を返すこと。いいな!」
いったい、いつ知り合った? とか、ドルジの声が廊下に響きながら遠ざかる。
とんでもない叔父のカン違いにトゥヤが苦笑いで、ふり返ると、
その目線の先には、
ユス先生だ。
「これは……」
ユスも
「すいませんね。ドルジ様では体格が良すぎて、この
「なんで、うちの身内はデリカシーがない人ばかりなのですか!」
トゥヤは怒りすら沸いてきた。
「暗殺騒ぎがあったあとですよ。後見人と教育係が知らぬことがあっていいわけがないでしょう?」
ユスは
「あなたは、先月の夜会に忍び込んでいた日女(ひめ)さまでしょうか」
「……む」
「トゥヤさま、おうかがいしてもよろしいですか。この方は」
「ま、しろ、つき、
トゥヤが翻訳する。
「
ユス・トゥルフールは大陸の古語にも明るい。
「いつ、ここまでお連れしたのですか」
「彼女が、やってきた」
「どう、やって?」
蒸し
「……あ~んど?」
はじめて聞く言語に、ユスは目が点になった。
「抜け道って言ったよね」
トゥヤが助け舟を出す。
「そぅ。この城の中のことは、おんじぃさまから聞いて、たわしも
「おんじぃさまとは?」
ユスは面食らいながらも、聞くべきことは逃すまいとする。
「
(参ったな……。なんか、わけわからんコが来た)
ユスの言語能力を持ってしても、理解ができない言葉が出てくる。
「――で、
「
「……そういう名前の店が、ふもとの
トゥヤが小声で、ユスに聞く。
「ないですよ」
真面目に答えたのち、ユスは赤面する。
「あの」トゥヤが、いちばん気になっていることを切り出した。「この城の祈りの間に、君に、とても似ている肖像画があるんだ。もしかして君は、それと関係ある人なんじゃないかな」
「それは、おそらく」
言いかけて、
右の耳元のピアス、〈かぼちゃの馬車〉が微振動で知らせてきたからだ。
『 夜明けまで あと5分 』を。
「――帰らないと」
まだ、全部食べ終わってないのに。
名残惜しいが、しかたない。
これは、この間と同じパターンだとトゥヤにはわかった。
「帰っちゃうの? また来れる?」
「次の新月の晩に」
そろそろと壁伝いに、
「3秒、目を閉じて。決して、こちらを見ないとお約束くださいませ」
「わかった」
トゥヤが目を閉じて3秒ほどたって目を開いたとき、もう、
「あの子、いなくなった? 扉を開けた音もしなかった。まさか! 窓から飛び降りたっ⁉」
あわてて窓辺に駆け寄った。
城自体は三層だが、岩山に張りつくように立っているから崖の高さがプラスされて、とても高所だ。
「――なるほど」ユスの声が、うわずった。「消えました。あの
「えっ」
「――見ました。
ユスは、寝台の向こう側の壁を指差した。
「目、3秒、閉じなかったの?」
トゥヤは信じられないといった面持ちで、ユスを見た。
「閉じてって言われたら、閉じるなと同義語ですよ」
「大人って、汚い」
「知恵です」
それにしても、とユスは思った。
(これは、また、帝にお知らせできないことが増えたなぁ)
夜が明けて、ユスはいつも通り、城のまわりの散策を兼ねた調査をした。
岩山の
調査のため、地元の村人を日雇いしようとしたが集まらない。
「城は聖なる山の入り口じゃ。近づいちゃいかんと昔っからの言い伝えじゃ。掘るなどもってのほか。罰当たりなことをすると呪われっど」
「城には、今でも幽閉された王さまの幽霊が出る」
「首なしの馬、首なし御者の馬車が城へ走っていく」
「森で女の笑い声がする」
ネガティブな話しかない。
「城の地下に古代の宝物が埋まっていて竜が番をしている」というのが、いちばんマシだった。
「昔なぁ。聞いた話だ」
年老いた男が話をしてくれた。
「この城のあたりでサ、兄弟が遊んでいたら、弟が木の根っこにつまずいて、目ェに枝サ、刺さってな。大泣きする子供の声で城から、おひめさんが出て来てくれたんじゃと。おひめさんは弟を城の中へ連れて行って、しばらくして帰ってきなすった。弟は数日、夢うつつで。でも、傷はきれーに治ったし、目ェは、ちゃんと見えとるし。あの城に住んでいたのは、幽閉された、お貴族さまだけだったはずじゃになァ」
「そこですか?」
思わず突っ込んでしまった。
そんな医術はありえるか?
つぶれた眼球を元に戻すだと?
この城に秘密があるのはたしかだ。
(新月の夜を待つことにしよう)
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